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ボン・イヴェールが魅せた、重厚で美しい“秋”のハーモニー
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Bon Iver(ボン・イヴェール)の『i, i(アイ、アイ)』をレビュー。
凍てつく孤独を手放す勇気が生み出した、色鮮やかであたたかな歌たち
秋、それは景色があたたかな色に染まっていく季節。アメリカ・ウィスコンシン州の山奥でその活動を始めたBon Iverことジャスティン・ヴァーノンの4枚目のアルバム『i, i』を、彼自身は季節の円環の最後にあたる“秋”のアルバムだと喩えている。凍てつく冬の『For Emma, Forever Ago』の孤独から始まり、『Bon Iver, Bon Iver』で春の息吹が訪れ、そして前作『22, A Million』では気の狂ったような夏のエネルギーが炸裂していた、という。 成熟と実りの“秋”の作品である今作は、冒頭こそ前作の続きのようなノイズがかったサウンドから始まるが、それらは次第に薄れてゆき、緊張がほどけていくように美しくも重厚なハーモニーが届けられる。アルバムのちょうど真ん中にあたる、日曜礼拝の讃美歌のような「U(Man Like)」では、モーゼス・サムニーやWye Oakのジェン・ワズナー、盟友ブライス・デスナー(The National)から、ブルックリン・ユース・コーラスらまでもが歌を繋ぎ、それを境に、アルバム後半はあたたかな歌に満たされてゆく。また、この作品でもう一つ驚かされたのが、今作が整然としたビートから限りなく自由であるということ。もちろんビートはあるにはあるのだが、どちらかと言えば、聖歌のように歌のメロディそのものが楽曲の輪郭を自由に描いている。それは、ある種原初的な音楽の在り方でもあり、同時に、円環し元に戻る季節の最後としてもふさわしい。
『Bon Iver, Bon Iver』から自分の名を極小化したようなタイトルの『i, i』。冒頭の歌詞はこうだ──「孤独な生き方をしていたから/違う道を見つめてみた」。今作はテキサス州のスタジオで6週間のうちに完成させたそうだが、エゴを捨て、仲間と時間と空間を共にし、彼は自身の出発点であった孤独をやっと手放すことができたのだろう。孤独の外側へ踏み出し、他人と手を繋ぎ合うには勇気がいる。けれどそれが見せてくれた景色は、今までにないほど色鮮やかであたたかかい。
そして来年1月には4年ぶりの来日が決定。今のジャスティンやその仲間たちがライブでどんな景色を描いてくれるのか、今から期待が高まるばかりだ。
Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue
Profile
井草七海Nami Igusa
東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。