おいしい本に心も体も満たされて【#私の土曜日16:00】
食いしん坊で、お腹がすくとなにも手につかなくなる私は、日々食べることに活力をもらっています。だからでしょうか、食を生き生きと描く小説やエッセイにどうしようもなく惹かれてしまうんです。土曜の昼下がりに読んだ、おいしい本を紹介させてください。
4月28日発売のヌメロ・トウキョウ6月号では『お腹がすく物語』という企画を担当し、作家の柚木麻子さんにインタビューしたり、映画や本に詳しいライターさんに食の表現に思わず引き込まれる作品を紹介してもらいました。
柚木麻子さんの小説では、登場人物たちが本当においしそうにご飯を食べるんです! ベストセラーとなった『BUTTER』のエシレバターで作るバター醤油ご飯は、いったい何人の読者がマネしたことでしょう。
『らんたん』で道先生が鰻の蒲焼きをわしわし食べるところは道先生の帰りを今か今かと心待ちにしながらそれを用意していたゆりとの絆を感じて大好きなシーンだし、『マジカルグランマ』で主人公・正子の息子の孝宏が丁寧にコーヒーを淹れ、その味わいや香りに正子が感動するところは、恋人に養ってもらっていることに負い目を感じていた孝宏を男らしさの呪縛から解き放つようで大好きです。
おいしそうな食の表現にはダイレクトに胃を鷲掴みにされ、思わずぐいぐい読みすすめてしまいます。それになにより登場人物がしたたかに生きるための栄養になっていたり、誰かを喜ばせる材料になっていて、とても前向きな気持ちになるんです。
さて、そんな食の表現に魅了されている私が、先日渋谷の書店、SPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)で素敵な本に出合いました。くどうれいんさんの『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)です。
なんて強いタイトル。表紙だけで即購入。「わたしを空腹にしないほうがいい。もういい大人なのにお腹がすくとあからさまにむっとして怒り出したり、突然悲しくなってめそめそしたりしてしまう」という冒頭から一気に引き込まれました。
これは作家で歌人のくどうれいんさんの食にまつわるエッセイ集で、ある6月の1か月間が日記と俳句で綴られています。
むしゃくしゃしたときに大きな肉を豪快に焼くと元気になること、かつて恋人と食べていたサービスエリアのソフトクリームを一人で食べる切なさ、認知症のおばあちゃんが覚えていたラディッシュの酢漬けのレシピ。
くどうさんの言葉は端的で美しく、等身大で、するすると体に入ってきます。
私は空腹だと集中できなくなったりイライラしたりしてしまうし、一度に一つのことしか取り組めないので、忙しいときは料理を諦めてとにかくコンビニご飯を放り込んでしまうのですが、例えば冷凍うどんにショウガやミョウガ、ゴマを添えるだけで元気になれること、みずみずしいカブに田楽味噌をつけてかじるだけで笑顔になれること、そんな些細な一手間で体だけではなく心も満たすことできることを思い出しました。
この本はBOOKNERDという盛岡の書店から2018年に出版されたそうですが、じわじわ人気を呼び今年(2022年)の2月には11刷めの重版がかかったそうです。ぜひ手にとってみてください。