チャン・イーモウが中国から届ける映画愛の詰まった『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』 | Numero TOKYO
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チャン・イーモウが中国から届ける映画愛の詰まった『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』

これまでに3度、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、多くの映画祭で華々しい受賞歴を誇る巨匠チャン・イーモウ。彼が長年、映画化を熱望していた企画から誕生した映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』がついに完成。広大な砂漠を大胆に映し出す圧倒的な映像美で、文化大革命時代の中国を舞台に繰り広げられるノスタルジックで普遍的な物語を描く。

巨匠チャン・イーモウ監督が描く、中国版『ニュー・シネマ・パラダイス』。
古き良き映画愛に捧げるビタースウィート・メモリーズ

まるで新たに届けられた『ニュー・シネマ・パラダイス』! 監督・脚本を務めたのは、名実ともに中国を代表する世界的巨匠であるチャン・イーモウ(張芸謀)。『紅いコーリャン』(1987年)で衝撃の監督デビューを飾ったあと、『秋菊の物語』(1992年)、『活きる』(1994年)、『HERO』(2002年)など数多くの名作を放ち、2008年と2022年には北京オリンピック開会式・閉会式の総監督を務めた。この2020年作品『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、そんな彼が長年、映画化を熱望していた企画。物語は創作だが、内容には自身の映画体験や時代の記憶が色濃く反映されており、「子どもの頃に観た映画の光景がいつまでも忘れられない。あの言い表せないほどの興奮と喜びはまるで夢のようだった」と公式コメントに寄せている。私的な思い入れがたっぷり詰まったうえ、「映画を愛するすべての人に捧げる作品」だと語る本作は、まさしくチャン・イーモウ渾身の一作。彼の映画で近年ベストとの呼び声も高い。

物語の舞台は文化大革命真っ只中の時代、広大な砂丘のある中国西北部。1969年、ちょっとした喧嘩が原因で強制労働所に送られた男(チャン・イー)が、その数年後(おそらくは1973年)、すべてを投げ打って施設から脱走する。なんでも、映画本編の前に流されるニュース映画の「22号」に、今や疎遠となってしまった彼の最愛の娘が1秒だけ映っている──という情報を手紙で知ったのだ。男はひと目だけでも娘の姿を観ようと、22号のフィルムを求め、砂丘の中を無我夢中で突き進んで小さな村の映画館を目指す。

この「逃亡者」と呼ばれている主人公の男と、それ以外にもうひとり、フィルムを狙っているのが「リウの娘」と名乗る孤児の少女(リウ・ハオツン)。貧しい暮らしを送る彼女は、勉強の好きな弟のために電気スタンド用の新しい笠をフィルムで作ってあげようとしていた。当時は使用済みのフィルムを使って美しい笠を作ることが流行っていたらしい。

かくして奇妙な出会いを果たし、一見本物の父と娘のような「逃亡者」と「リウの娘」は、やがて村の映画館の騒動に巻き込まれていく。国民的な人気作品『英雄子女』(1964年)のフィルムが運搬係の不手際で地面にばらまかれてしまい、ドロドロに汚れてしまった。その中にはニュース映画22号のフィルムも交ざっているらしい。そこで村人たちから尊敬を集める「ファン電影」こと映写技師のファン(ファン・ウェイ)が指揮する形で、村をあげてのフィルム洗浄作業が行われる。
「映画の上映はこの辺じゃ一大事で、数カ月に一度の夜をみんな心待ちにしている。まるで正月のようにな。だからフィルムは我々の宝だ。一巻たりとも失くせない」──。

映画館を取り仕切るファンは、『ニュー・シネマ・パラダイス』でフィリップ・ノワレが演じた映写技師アルフレードを思わせる、小さな村にとっての映画の神様のようなおじさんだ。「ロバの腸」のように絡まった剥き出しのフィルムを、大勢で救出しようと一致団結する光景など、村人にとって映画がどれだけ大切な娯楽かを象徴するようなシーン展開でワクワクさせる。汚れたフィルムの洗い方、すすぎ方、乾かし方などの取り扱い方は、チャン・イーモウが撮影を独学する中で覚えたものらしい。またフィルムが傷つきやすく、燃えやすいという有限性や儚さが、宝物感を増幅させる。デジタルシネマ全盛となった今では、データではなく「モノ」としてのフィルムが貴重なアンティークに思えてくる。

タイトル(邦題)にある「24フレーム」とは、映画において1秒映し出すためのフィルムのコマが24個だということ。1秒間の動画が何枚の画像で構成されているかを示す単位を「フレームレート」(fps)と呼び、一般に映画は24fps(コマ/秒)の基準が採用されている。

フィルムの中にわずか1秒だけ映し出されているという娘の姿を追い求める父親と、幼い弟を連れた厳しい生活を懸命に生き抜こうとする気丈な少女。ふたりの運命が激動の時代の中で交錯し、思いがけない方向へと進んでいく。また娯楽の少なかった時代に、映画という最高のエンタテインメントに熱狂する人々の姿。こういった現在の繁栄とは遠いところにある中国の姿が、甘美かつ哀切なノスタルジアを持って表情豊かに描かれていく。

主人公の「逃亡者」を演じるのは『山河ノスタルジア』(2015年/監督:ジャ・ジャンクー)や『オペレーション:レッド・シー』(2018年/監督:ダンテ・ラム)などのチャン・イー。そして孤児の少女を演じるのは、本作がデビューとなる2000年生まれのリウ・ハオツン。『初恋のきた道』(1999年)のチャン・ツィイー、『至福のとき』(2000年)のドン・ジエ、『サンザシの樹の下で』(2010年)のチョウ・ドンユィなど「イーモウ・ガール」と呼ばれる歴代の“ニューヒロイン”たちに堂々連なる逸材だ。次世代を担う新星として国内外から熱い注目を浴び、第15回アジア・フィルム・アワードでは最優秀新人俳優賞を獲得した。今回の劇中ではずっとタフでボーイッシュな扮装なのだが、2年後と示されるエピローグで見せるガラッと変わった可憐な姿も必見!

『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』

監督・脚本/チャン・イーモウ
出演/チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ
5月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ ほか全国公開
onesecond-movie.com

© Huanxi Media Group Limited
配給:ツイン

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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