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People Interview

レアンドロ・エルリッヒにインタビュー
現実(リアル)の向こうへ

森美術館にて、アーティストのレアンドロ・エルリッヒ(Leandro Erlich)による過去最大規模の個展が2018年4月1日まで開催中。習慣や惰性、既成概念を疑い、さまざまな仕掛けで私たち自身の気づきを導いてくれる、彼の非凡なる才能の素顔とは。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年1・2月合併号掲載

Portrait : Kousuke Matsuki Interview & Text : Naoko Aono Edit : Keita Fukasawa

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『窓学展―窓から見える世界―』の展示作品前でポーズの1枚。

あり得ない光景が誘(いざな)うもの

レアンドロ・エルリッヒの名前を知らなくても「金沢21世紀美術館にある不思議なプール」といえば、ああ、それ、と思う人もいるだろう。水の中なのに普通の服を着た人が歩き回っているプールだ。その作者、レアンドロ・エルリッヒは今年に入ってたびたび来日している。11月から森美術館で開かれている最大規模の個展「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」の準備に加え、9月にはYKK AP主催のグループ展「窓学展―窓から見える世界―」のために東京へやって来た。アーティスト、建築家、研究者などさまざまな立場の人々が世界共通の文化である「窓」へのまなざしや思想を形にするという展覧会だ。

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日本国内の常設作品より。(参考図版)『スイミング・プール』(2004年) 所蔵:金沢21世紀美術館 撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館

この展覧会のために彼が制作したのは空中に窓が浮いているという、これもまた不思議な作品。そこに、はしごがかかっている。

「普通は窓だけが浮いてるなんてことはあり得ない。そんな不可能なイメージが目の前にあることで、新しい物語が生まれる。窓もはしごもどこにでもあるものなのに、あり得ない形で組み合わされていることで違う考え方ができるんだ」

旧約聖書には「ヤコブのはしご」というエピソードがある。ヤコブが夢の中で天と地をつなぐはしごを天使が上り下りしているのを見た、という話だ。西欧のアーティストの作品には時々、こんな聖書の物語が引用されていることがある。

「この作品に関しては聖書のエピソードと結びつけたわけではないんだ。でも作者である僕にその意図がなかったとしても、観客がそういった物語を読み取ることは自由だ。意外な関係性や意味の組み合わせで観客のイマジネーションを誘発するのがアートの役割の一つだと思う。僕は観客の解釈に任せたいと思うから、アーティストは説明しないほうがいいと思ってる」

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『Window and LadderーLeaning into History』(2017年) 展示風景:「窓学展—窓から見える世界—」スパイラル(東京・表参道) © Sohei Oya/ Nacása & Partners Inc. YKK AP 窓学10周年記念エキシビション「窓学展―窓から見える世界―」(2017年9月28〜10月9日)でスパイラル(東京・表参道)にレアンドロ・エルリッヒが来日参加。ホンマタカシや鎌田友介らの作品とともに展示されたもの。特設サイトではインタビュー映像も公開中。madogaku.madoken.jp

エルリッヒは以前にも窓をモチーフにした作品を発表したことがある。

「窓からは外を見ると同時に中を見ることもできる。世界各地に『魂の窓』とか『目は心の窓』といった言い回しがあることからもわかるように、窓自体がさまざまな意味を持っているんだ。窓自体はどこにでもある、ありきたりなものだけれど、それがちょっと変わった位置にあることで何かを暗示するように思えてくる。見る人が詩情を感じることもあると思うんだ」

あなたが見ているものは現実?

森美術館で開かれている個展には「見ることのリアル」というサブタイトルが付けられている。英文のサブタイトルは「Seeing and Believing」、「見ることと信じること」という意味だ。エルリッヒの作品は視覚と空間体験と認識をめぐる問題を扱っており、展覧会のサブタイトルはそのことを表している。

「人が何かを見たときに『これは○○である』『○○が実在している』と信じるのはなぜなのか。見るものと実際に体験するものが一致しているとは限らないのに、僕たちは普段それを意識することはない。僕は人が世界を認識する秩序や方法論を変えたいと思っている。日常を普段とは違う方法で知覚できるようなアートを作りたいんだ」

冒頭のプールの作品でいえば、プールには水がたたえられているはずと思うから、その下に服を着た人がいると、見る人は「水面の下はどうなっているのだろう」と不思議に感じる。『建物』という作品では建物の壁のあり得ないところに人が腰掛けていたりする。実際には人々は実物大の建物の写真を貼った床に座ったり寝転んだりしていて、それを鏡で映し出すというトリックだ。エルリッヒはそんな作品によって、私たちの空間の認識に対して「それって本当?」と問いかける。

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 日本国内の常設作品より。(参考図版)『トンネル』(2012年)越後妻有里山現代美術館[キナーレ](新潟) 展示風景:「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012」 撮影:中村脩 画像提供:大地の芸術祭実行委員会

融けゆく自然とそれ以外の境界線

世界の認識についての彼の話はさらに続く。

「人がどのようにして“リアリティ”を組み立てていくか、そこには何を人工のものだと考え、何を自然のものだと見なすかが関係している。最近、その人工と自然との境界線がどんどん曖昧になってきているように思うんだ。本来なら自然であるはずのものが人工的に作ったように見えてくる。あるいは人間が作ったものなのに、自然のものであるように勘違いしてしまう。技術の進歩のおかげで街や建築をより自由に作れるようになったのも関係していると思う。例えば今ならショッピングモールの中に人工の海やスキーリゾートを作り出すことができるよね。そこで泳いだりスキーをしたりして遊んでいると、そこが本当の海や雪山のような気分がしてくる。窓がなければ時間の感覚も失われる。自然のものではないのに、周囲を自然に囲まれているような錯覚を起こすんだ」

かつて彼はプラトンの「洞窟の喩(たと)え」に言及したことがある。

「洞窟の中に住んでいる人は暗闇の中で鏡もなく暮らしているから、蝋燭(ろうそく)の明かりで洞窟の壁に映し出された自分たちの影を実像だと思っている。その認識は間違っている、と誰もが思う。でも僕たちが実像だと思っているものが本当はただの影だったということだってあり得るんだ」

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日本国内の常設作品より。(参考図版)『二重の茶室』(2010年)女木島(香川) 展示風景:「瀬戸内国際芸術祭2010」 撮影:中村脩

アートとは俳句のようなもの

エルリッヒは自作について長々と語ることはしない。もっとも彼の作品は説明不要、誰もが直感的に理解し、楽しむことができる。

「さっき『アーティストは説明しないほうがいい』と言ったけれど、僕は自分の作品について話すことはできる。でもアートって俳句にちょっと似てると思うんだ。俳句の内容について、例えば『月が明るく照っているのを見ていたら、昔のことを思い出して……』と説明することはできるけど、それでは俳句の“味”は失われてしまう。限られた言葉で言語化できない思いや感情を表すことができる、読む人にいろいろなことを想像してもらうことができるのが俳句の良さなんだ。僕のアートもそういうものだといいな、と思う」

彼は10代の頃からアーティストを目指した。当時のヒーローはマルセル・デュシャンだったという。

「アーティストの特権は、自分にしかできない表現方法を見つける自由があることだ。もちろんプレッシャーはあるし、うまくいかなくて格闘することも多いけど、その自由さがアートの面白さなんだと思う」

Don’t believe what you see
レアンドロ・エルリッヒによるこれまでの作品

「これってどうなってる?」そう思った瞬間、“現実”がグラグラし始める……! 知覚の仕組みを駆使して常識を揺さぶるレアンドロ・エルリッヒのアート世界。その作品たちがこの冬、森美術館に集結。驚くべきアート体験へ、いざ出かけよう。

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水の底に人影が!
三度見必至のアートなプール

『スイミング・プール』(2004年) 深々と水をたたえてさざめく、何の変哲もない小ぶりなプール……と思いきや、水の底を歩く人々の姿に気づいてあっと驚く。レアンドロ・エルリッヒの名を日本中に知らしめた、金沢21世紀美術館の恒久設置作品。(※森美術館では模型と写真を展示) 所蔵:金沢21世紀美術館 撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館

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思わず目を疑う。
視覚を揺さぶる幻の水面

『反射する港』(2014年) 揺れて水面を漂う手漕ぎボート―。しかしそこに水はない。水面に映ったように作られた立体作品。(※森美術館への出展作品/日本初公開) 展示風景:『ハンジン・シッピング・ザ・ボックス・プロジェクト2014』韓国国立現代美術館(ソウル/2014年) Courtesy: National Museum of Modern and Contemporary Art,Korea; Art Front Gallery; Galleria Continua

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この壁、重力がおかしい…!
現実を問い直す知覚の冒険

『建物』(2004年) 垂直にそそり立つ建物の壁面に、いまにも落ちそうな人々が! 床に横たわるとその姿が映し出される、世界的にも人気の体験型インスタレーション。(※森美術館では新バージョンを展示) 展示風景:ニュイ・ブランシュ(パリ/2004年)

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無限反復する試着室。
自分だけが消えた世界

『試着室』(2008年) 試着室に入って鏡を見ても、自分の姿は映らない? 前後左右どこまでも続く試着室の風景に、鏡の中と外、自分と世界の区別さえも次第に曖昧になっていく。(※森美術館への出展作品/日本初公開) 展示風景:イグアテミ・ショッピングモール(サンパウロ/2016年) 撮影:Luciana Prezia Courtesy: Iguatemi Shopping Mall, Luciana Brito Galeria

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あれは自分の亡霊!?
物言わぬ分身との対面空間

『精神分析医の診察室』(2005年) ガラスで仕切られた二つの部屋。片側の部屋に入るとガラスに自身の姿が映り込み、もう一方の部屋に自分の姿がうっすらと浮かび上がる。(森美術館では廃墟となった教室が舞台の新作を発表) 展示風景:プロア財団(ブエノスアイレス/2013年) 撮影:Clara Cullen

レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル
会期/開催中〜2018年4月1日
会場/森美術館
住所/東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
TEL/03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL/www.mori.art.museum

日本初公開を含む作品46点を紹介する、自身最大規模の個展。詳細はサイトまで。

Profile

Leandro Erlich(レアンドロ・エルリッヒ)  1973年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。現在は同国とウルグアイを拠点に活動。ローマ現代美術館、MoMA PS(I ニューヨーク)など世界各地での個展のほか、国際展への参加も多数。日本では2014年に金沢21世紀美術館で個展を開催している。

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