蜷川実花インタビュー「破壊、再生、また破壊」前代未聞の写真集&展覧会、カオスと創造の現在地
写真家、映画監督、現代美術家として、あらゆる制約を突破し続けてきた蜷川実花。その本人をして「ある種の狂気をはらんだエネルギーや『撮らずにはいられない』原始的な衝動を詰め込んだ」と言わしめる、衝撃のアーティストブックが完成した。『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』(2026年3月13日発売)──。今あえて「破壊、創造、また破壊」を世に問う決意と覚悟とは? 刊行を記念した展覧会の制作現場、ひりつく“カオス”のただなかで、小誌創刊以来の盟友・田中杏子統括編集長が聞いた。

規格外!『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』誕生秘話
田中杏子(以下:田中)「今回のアーティストブック『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』は、これまで実花ちゃんが出してきた100冊以上の写真集のどれとも違う、まさに規格外と呼ぶにふさわしいものになりました。どういうきっかけで作ることになったの?」
蜷川実花(以下:蜷川)「私自身、30年近くキャリアを重ねてきたなかで、写真が基礎にあるけれど、映画を撮ったり、インスタレーション作品を発表したりと、見る人にとって全体像がつかみづらくなってきているかもしれないと感じていて。
そのなかで、あらためて写真家としての現在地、今の気分に近いものを作りたいなと思っていた時に、afumi inc.(※1)代表の佐藤ビンゴさんから『ぜひそういう本を作りませんか』というお話をいただいたんです。それで、担当してくれた編集者の我孫子裕一さんがひと夏かけてうちの事務所に通い詰めて、膨大な量の写真を全部見るところから制作がスタートしました」
(※1)afumi inc. …世界的ブランドのPRや、田名網敬一ら アーティストの作品集を手がけるエージェンシー。

田中「全部って、それはもう想像がつかないくらいの点数になるでしょう? 何万点……いや、何十万点とか?」
蜷川「この3月に桜の写真だけを集めた写真集『VIRA』(bookshop M)を刊行するんだけど、桜の花を撮った写真だけで、約7万点から選んだのね。それを考えると今回は数十万、いや100万点近いレベルかもしれない。それを全部、我孫子さんが見てくれて、じゃあどういう本にしようかと考えた時に、デビュー当時から変わらないことも、そこから広がってきた膨大なエネルギー量やカオスな状態も、全部を込めてそのまま肌触りとして伝わるような本にしたいという話になって。そこから『破壊、再生、また破壊』というキーワードが出てきたんです」

田中「包まれた中に何冊も本が入っていて、ポスター、ステッカーにポストカード……実花ちゃんが小学生の頃に描いた絵まで入ってる(笑)。本も手で綴じているし、それを包んでリボンで留めていくという……『これを作るんだ! 作りたい!』 という熱量がすごいと思う」
蜷川「私自身もそうだし、我孫子さんもそうだけど、とにかく手作りと熱量でできている本で、AI時代の今、そんなコスパもタイパも悪いことってなかなかやらないでしょう? でも、大きい展覧会やプロジェクトをたくさんやってきたからこそ、ここで思い切り、効率とかそういった考え方を度外視して、作りたいもののために自分で手を動かすクリエイションをしたかったんだよね。作りたいものを作るということが、すごくまぶしく思えるの」
田中「『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』という本のタイトルも気になります。これはどういう意味だろう? ずっと変わらない実花ちゃんのコアな部分から、より商業的に携わっていることまで、すべてをひっくるめて、自分の立ち位置をもう一回、鏡のように写し出す……そんなイメージ?」
蜷川「商業的な仕事が自分と離れているかというとそんなことはないけれど、この本は発表するために作ったものではなく、『どうしても撮りたい』『撮らずにはいられない』という衝動に突き動かされたものだけで構成されてます。だから、自分の中で取り残されていたことを、ここで思い切りやっちゃおうという感じかな。『mirror, mirror, mirror』という言葉は、我孫子さんがどっぷり私の世界にダイブするなかで、今の世界を写し取っていくのが写真家の使命である一方で、自分の内面も写り込んでいる、そういういろいろな鏡の意味を重ねて、このタイトルを提案してくれました。
例えば、毎年同じ桜を撮っていても、違う写真になる。同じ瞬間は二度とないし、その時の自分の感情が写るから、桜の写真はセルフポートレートのようなものだと感じています。そうやって手からこぼれ落ちていくものをすくい上げて残していくことこそ、私が写真家として大事にしていることだから、そういった意味で“写し鏡”にもなっている本だと思う」

膨大なエネルギーを詰め込んだ “写し鏡” の現在地
田中「それにしても、これまでの膨大な量の写真のセレクトに始まって、ここに至るまでにいったい、どれくらい時間がかかったの?」
蜷川「それはもう夏からえんえんと……セレクトと構成だけで、半年以上はかかってます。私の写真はグラフィック的でもあるので、どうしてもその面白さに引っ張られてしまうけれど、そうではなく写真として伝わることを大事にしたいと思って。でもそのなかで、私自身『こんなの撮ったっけ?』みたいな写真を我孫子さんが引き上げてくれたり、それがすごく面白かった」
我孫子裕一(以下:我孫子)「実花さんは“この1枚”に対する思い入れがすごく強いんです。編集者としては、並べた時の見え方をどうしても優先しがちになるけれども、そうではなく実花さんの思いを真摯に受け止めなければと、打ち合わせをしては本の構成を組み直して、十数回もの再提出を繰り返した結果、この形にたどり着きました」

蜷川「でもこうやって振り返ると、1990年代の“女の子写真”のブームの中でデビューしてから約30年間、蜷川幸雄の娘ということもあって、強い風圧を浴びたり消費されたりするなかで、逆にこっちが消費する側に回ることもある。色眼鏡で見られたりする一方で、消費につながる広告の写真を撮る側になったりと、両方がすごくまだらな状態でずっと続けてきた肌感覚が、すごくこの本に出ていると思う。
きれいなことだけじゃない、大変なこともいっぱいあったけれど、でも世界って美しいよねって思ったり、反対に絶望したり……。そういうことがこれだけギュッとまとまったのは、私一人では決してできることじゃなかったと思います」
田中「この展示だって、普通じゃないよね。しかも実花ちゃん自身が、自分でペンキを塗ったりレジンの作品をくっつけたり、えんえん手を動かしている。こうして制作現場を見ているだけでも、ものすごいエネルギーを感じます」
展覧会の制作現場でのひとコマ。自ら防毒マスクを装着し、古民家の空間を色とりどりのペンキで染め上げていった。
蜷川「『7日間で完成させる!』と決めて、もう必死でやってます(笑)。でもその間にも『あっ、三重県の梅が今ちょうど満開だ』って気づいて、昨日の夜に向こうに着いて撮影して、さっき帰ってきたところ。ずっとそういう風にして写真を撮ってきた、その集合体が私なんですよね。もっと合理的に調子よく生きているように見られがちな気がするけど、そんなことは全然なくて。これまでに撮ってきた量は、写真家のなかでも半端ないほうだと思います」
我孫子「膨大な写真を見ていくなかで本当にすごいと感じたのは、例えば同じ桜を撮るのでも『ちょっと手前をぼかしてみよう』『もう少し左に寄ってみよう』『いやもっと手前かな』ということを、えんえんやり続けていること。そのすさまじい努力をごく自然に、あっち側の世界に入り込みそうなくらいに続けている。ものすごいパワーを感じましたね」
蜷川「でも我孫子さんだって相当なもんですよ。本を留めて重ねて、一つひとつ包んでリボンを結んでるわけだから。2000部を作るのに、これからずっと作業して1カ月くらいかかるんだって(笑)。そんな本、聞いたことがないでしょう?」

下北沢の古民家に出現した「破壊、再生、また破壊」の宇宙
田中「これだけ手が込んでいるのに、税込みで1万1千円だなんて目を疑うしかない(笑)。でもどうして、『破壊、再生』と来て『また破壊』というキーワードにしたんですか?」
蜷川「最初は『破壊と再生』という言葉だったんだけど、『いや、“また破壊”だ!』って思って。それにしても、こんなにたくさん冊子が入っていてこの値段だもんね。金額まで破壊することはないのに、我孫子さんも自分の作業代を度外視してる(笑)」
我孫子「僕自身も、実花さんの出発点から今に至る流れを、破壊もできるし再生もできる本をと考えた時に、最初はもっと少ない冊数にまとめようと考えていたんですが、どこか物足りなさを感じていて。実花さんやブックデザインをお願いした秋山伸さんと相談するなかで、去年の年末ぎりぎりになってふと『これだ!』と覚醒できたんです。『実花さんの熱量を表現するには、この構成しかない!』と思って、お正月の1月1日なのに打ち合わせをお願いしました」
蜷川「大晦日の玄関先に、提案の資料がそっと置いてあって……発売まで2カ月しかないのに、年明けの時点で構成が決まっていなかったから、ようやく『これだ!』と思えてよかった(笑)。それに加えて、せっかくだから展覧会もやろうという話になった時に、約12年間暮らした下北沢でやりたいな、と思ったんです。この町で子ども二人を育てながら何本も映画を撮ったり、父が亡くなったり……いろいろな体験がギュッと詰まってる、それこそカオスだった日々を過ごした場所で展示できるのも、すごくいいなと思っています」

田中「この展覧会もまた、実花ちゃんワールドがあふれ出ているよね。実花ちゃん自身が防毒マスクをつけてペンキを塗ったりしている写真や動画を送ってもらって、『ここまでやるんだ!』ってびっくりしました」
蜷川「最初は本の発売を記念して展覧会をやろうというところから始まったんだけど、本がここまでキラキラしたものになるからには、普通の展示じゃあ面白くないなと思い始めて。私自身、大人になって着込み過ぎちゃった服をこのタイミングで脱ぎ去るというか、普通の展示みたいに事前にPC上できっちり空間構成を決めて作るのではなく、学生の頃みたいに自由で愚直に自分たちの手で作り上げようと決めたんです。
だから直前までどういう展示内容にするか決めずに、まずは畳の部屋にペンキをぶちまけて、その場で『こうしたらどうかな?』って作っていく感じにしたの。現場のライブ感覚で作り込んでいくことで、自分の感性とダイレクトにつながるものにしようと思って」

田中「住宅街の中にあるこの古民家の空間を、まるごと『破壊、再生、また破壊』している感じがすごく面白い。しかもそれだけじゃなくて、下北沢のいろいろなお店ともコラボレーション企画を展開するんだよね?」
蜷川「そう。一つは古着屋の『異言 – igen tokyo -』で、ある時ふらっと入ってみたらめちゃくちゃセンスがよくて、そこから独立した子が始めたばかりのお店なんだけど、私が作ったバッジやレジンを付けたりダメージ加工をしたりして、限定カスタム古着やオリジナルアイテムを展開します。
あとは、スープカレーの名店『マジックスパイス』で『蜷川実花スペシャルセット』を限定メニューとして出してもらったり、子どもたちとよく食べた『パティスリー・コウヅ』でも、ソフトクリームとロールケーキのコラボメニューを展開してもらいます。そして下北沢カルチャーといえばの『ヴィレッジヴァンガード下北沢店』でも、特設コーナーを展開してくれます。この4軒と展覧会会場を回るスタンプラリーも開催しますよ」

“創造のカオス” に浮かび上がる、蜷川実花の現在地
田中「これだけ盛りだくさんの試みをとおして、見る人にはどんなことを感じてもらいたいと思う?」
蜷川「最近の展示で私のことを知った人たちは、驚くかもしれないね。例えばTOKYO NODEで開催した『蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠』(2023〜24年)や、京都市京セラ美術館の『蜷川実花展 with EiM:彼岸の光、此岸の影』(2025年)のイメージと比べたら、ぜんぜん違う印象だと思う。でも町の中の小さな空間にこういう世界が詰まっているのを見て、きっと楽しいと思ってもらえるんじゃないかな」

田中「世界中の人に向けてあちこちで大きな展示をする一方で、こちらは正反対に手作りで親密な空間を作り上げているわけだから、そのエネルギーたるや、本当にすごい。でも、体だけは気を付けないと」
蜷川「いやもう日々、カオス状態ですよ。いつものことだけど(笑)。今、京都の北野天満宮で開催されている『KYOTO NIPPON FESTIVAL 2026 -時をこえ、華ひらく庭-』(2026年2月1日〜5月24日)でインスタレーション展示をやっていて、そこでダンスカンパニーのDAZZLEとともに実施するイマーシブシアター『花宵の大茶会』(3月20日〜5月24日)の演出も手がけるのに、その準備がこの展覧会と完全に重なってしまった。
そうでなくても海外の大型展示も幾つも控えているし、映画の企画とかも動いてるしで、『どうしよう、やばいやばい!』って言いながら、この古民家に籠もって作業しているうちに『ああ、ここが私のシェルターなんだなあ』と思ったら、どんどん楽しくなってきちゃって。1990年代に戻った感覚というか、作ることの純粋な楽しさだけで作ってる感じがするんです」
アーティストブック『mirror, mirror, mirror, mika ninagawa』の冊子たちを“パラパラ漫画”風に撮影したもの。
田中「本にしても展示にしても、実花ちゃん自身がこれで英気を養っている。そんな感じがひしひしと伝わってくるし、令和の時代でみんなが忘れかけている、こういう表現にこそ、ものすごく価値があると心から思います」
蜷川「本当にそうだと思う。写真なんて、今はデータにアクセスすれば幾らでも見られるけれど、この本は真逆で、手に取って見てみなければ伝わらない。その意味でも、もう二度と作ることができないような、自分の中のいろんな原石がギュッと詰まっているご褒美みたいな本になりました。
普通の出版社だったらこんなに重くて手間のかかる本を作るわけがないし、この展示にしても同じで、ここへ来て体験しなければわからないことをやろうとしている。でも私としては、今の時代がそうだからとか、そういうことじゃなくて、『やりたい!』という思いの純粋さで作っていて。そこがいちばん大事だと思うし、ぜひ多くの人に見てもらいたいところかな」
アーティストブック「mirror, mirror, mirror mika ninagawa」
蜷川実花の創作活動の源である「破壊、再生、また破壊」をテーマに、七つの冊子、ポスター、ステッカー、ポストカードなどを風呂式状の表紙で包んだアーティストブック。ページネーション、コラージュ、カラーコピーなどあらゆる手段を用い、デビュー当時から未発表の最新作に至るまで、蜷川作品の破壊と再構築を試みる。また、祭壇をイメージした小型のアクリル製キャビネットに同書を収納した特装版もリリース予定。
著者/蜷川実花
価格/¥11,000
発行/カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC ART LAB)
発売/光村推古書院
展覧会「mirror, mirror, mirror mika ninagawa」
蜷川実花が十数年にわたり活動の拠点としてきた下北沢の地において、アーティストブックの刊行を記念した展覧会を開催。同書に結実した表現の軌跡を「破壊、再生、また破壊」というテーマのもとに、展示空間の中であらためて構成する。
※掲載情報は3月22日時点のものです。
最新情報は公式サイトをご確認ください。
会場/DDDART
会期/2026年3月13日(金)〜5月31日(日)
住所/東京都世田谷区代沢4-41-12
時間/11:00〜19:00
休場/会期中無休
料金/前売券:一般¥1,100、大学・専門学校生¥1,000、¥中高生800、未就学児(小学生以下)無料、障がい者手帳をお持ちの方¥1,000 その他、当日券や書籍付きの券種など詳細はサイトにてご確認ください。
URL/https://mirrorninagawa.com/
Portraits:kisimari Interview:Ako Tanaka Edit & Text:Keita Fukasawa
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