『バティモン5 望まれざる者』ラジ・リ監督インタビュー「映画が訴える力は暴力より強い」 | Numero TOKYO
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『バティモン5 望まれざる者』ラジ・リ監督インタビュー「映画が訴える力は暴力より強い」

芸術家が集う花の都と称えられ、ファッションの主要都市でもあるフランス・パリ。華やかなイメージがある一方で、フランス社会と移民たちの格差や分断、若い移民2世、3世たちによる抵抗や警察との衝突が繰り広げられてきた。

そんな移民問題の象徴的な場所が、ヴィクトル・ユゴーの小説『あぁ、無情』の舞台となったパリ郊外のモンフェルメイユ。その状況を描いた映画『レ・ミゼラブル』(2019)を世に送り出したのが、自身も移民のラジ・リだ。世界を揺るがした監督の待望の新作は、女性の眼差しで移民問題を語る『バティモン5 望まれざる者』。公開にあたって来日したラジ・リ監督に話を聞いた。

──ご自身はモンフェルメイユで育ったとのことですが、治安が悪く貧しい環境の中で、カメラを手にしたきっかけは何だったのでしょうか。

「17歳のときに、友人から譲り受けました。それから街の様子や周囲で起きるできごと、生活する人々を撮るようになりました。ある時から、撮影した写真は証拠となり、ときに抑止力になると気づき、カメラが武器になると思いました。警察官が住民に暴行している場面を撮って、実際にその警察官が有罪判決になったことも。まずは自分を守り、自分の周りの人を助けるために使うようになり、カメラを持っていることの大きなインパクトを意識するようになったのです」

──多くのドキュメンタリー作品を手がけた後、フィクション作品を制作していますね。フィクションに、リアリティを取り込むために大事にしていることは?

「“パーソナルで親密なもの”を落とし込むこと。ドキュメンタリー作品は、ありのままの被写体に非常に接近して撮影することができますが、フィクションの作品は脚本があるのでそうはいきません。リアリティをもって語るために、プロの俳優でない人たちや現地の生活者たちに出演してもらっています。撮影前に、まずは彼らに自身の生い立ちや実体験を語ってもらいます。とてもデリケートな作業です。無理強いは絶対にせずに、自然な状態で穏やかに話せるような雰囲気作りをとても大切にしています」

──主人公、警察官、役人。どの役柄も女性が演じていますが、彼女たちの神妙な表情が印象的です。全作と比べて女性の出演者が多いのは、何か理由があるのでしょうか。

「現実の世界にもアビーのような活動をする女性がいますし、一方で役人として働いている女性も沢山います。特にパリ郊外には、地域の人々のために活動する女性たちがとても多いです。しかし、そうであるにも関わらず、社会で彼女たちの言葉を聞く機会は非常に少なく、彼女たちが言葉を交わす現場に立ち合うことはできません。むしろ、彼女たちを代弁するという言い分で話をする政治家がいる状態。また、これまでの映画作品の中で、黒人の女性でムスリムでありスカーフを被った登場人物は、ほぼいないと言ってよいでしょう。今回は彼女たちへオマージュを捧げたいと思い、作品では最前線に出したかったんです」

──それに比べると、男性たちはプライドがぶつかり合い、コミュニケーションの機会を遠ざけ、ときに衝動的に暴力に訴えます。腕力ではなく、言葉やデモで世に訴えないといけないとわかりつつも、本作では暴力でしか伝えられないことがあるようにも感じました。

「暴力で問題が解決するとは思っていません。でも、私たちの主張に人々の目を向けてもらうためには、暴力に訴えるからこそ、生の声にスポットが当たる面もあると思います。映画の中で、アビーも暴力では何も解決しないと言っています。だから、彼女は市長を決める選挙に立候補する決意をします。一方で、ブラズは政治が信用できなくなってしまい、暴力で取り返しのつかないことを起こします。そういった対比、明暗を描きました」

──新しい市長役は、アレクシス・マネンティです。前作から引き続き、彼をキャスティングしている理由は?

「もちろん、素晴らしい俳優だからです。また、20年来の親しい友人でもあり、同じような境遇で育った友人たちと設立した、アーティスト集団クルトラジュメの一員です。彼は、最初の短編映画を一緒に作った仲間でもあるんですよ。前作と今作の役どころは正反対なキャラクターで、いずれも難しい表現が必要ですが、彼の魅力を存分に引き出せたと思っています」

──なぜ映画で移民問題について世の中に訴えようと思ったのですか。どのようにして、その方法が有効だと気がついたのでしょう。

「前作『レ・ミゼラブル』の反響が大変大きかったからです。映画というのは、こんなにも人々の心に直接訴えかけるのだと実感しました。あの時、本当の意味でその莫大な影響力に気がついたと言えるかもしれません。もちろん、2005年を皮切りにフランスで暴動が起こり続けるわけですが、暴力以上に、映画が世界に訴える力が大きく、強いことを知ったのです」

──フランスの移民問題による対立が世界に知れ渡ったのは、2010年のサッカーW杯南アフリカ大会だったように思います。当時、黒人でムスリムのニコラ・アネルカ選手が監督と対立し、仏代表チームから追放されたことがありました。監督の前作『レ・ミゼラブル』にもサッカーにまつわる描写がありますが、その後、仏代表チームは過去の失敗を元に組織が改善され、18年サッカーW杯ロシア大会では優勝し、国にいいムードをもたらしたのではないかと思います。

「少しは影響があったのかもしれません。しかし、現実は生活環境も社会的な問題も悪化の一方ですし、フランス国内でも政治的な面でも、人種差別的な問題が非常に拡大しています。以前よりも改善した訳ではなく、相変わらず格差による緊張感の高まりは残っています。セネガル出身でフランス国籍のパトリス・エブラ選手が語ったことですが、仏代表チーム内でも人種差別的な慣習がまだ残っていて、大統領が選手たちを訪問する際は、決まって選手の並び方は白人選手が前で、黒人の選手が後ろになることが多いといいます」

──マクロン大統領は、モンフェルメイユでの前作の上映会へ招待が監督からあったにも関わらず、お越しいただけなかったと聞いています。本作は、誰に観てほしい作品ですか。

「マクロン大統領は、作品自体は鑑賞してくださいましたが、具体的な改善を促す指示を閣僚にすると約束したものの、何一つ行動に移しませんでした。大きなため息が出ます。今回も政治家には一切期待していません。彼らは、動こうとしませんから。代わりに、世界中の人たちにこの作品を鑑賞いただきたいです。フランスのパリというと絵葉書のような美しい街を思い浮かべると思いますが、同時に本作で描かれたような厳しい現実があることも多くの人に知って欲しいです」

──移民問題は、日本でも報道されることが増えています。ブラジル、ベトナム、クルド、中国、韓国など、日本にも多くの人種が住み、ともに生活する難しさが知られるようになってきました。何が異なる文化を持つ人同士がともに生活することを難しくしていると思いますか。

「受け入れ国の準備不足ではないでしょうか。ここまでグローバル化が進んでくると、移民との共生は、どんな国でも避けて通ることができません。すぐにでも受け入れの準備を整えておくべきだし、体制を構築しておくことが大切です。今後は環境問題で、否応なしに生活の場を移さなくてはならない人たちも増えてくるでしょう。彼らの行き先は、日本のような豊かな国になってくるのではないかと思います」

──ムスリムの黒人であり、クリエイターとして文化的な活動することで、周囲にいい影響を及ぼしている実感はありますか。

「いい変化を感じています。自分が活動する前は、ムスクリムで黒人の成功した映画監督はいませんでした。自分のような存在は、フランスでも世界的にも新しいのです。同じような環境で育った若者が私の活躍を見て、インスピレーションを得て、自分もああなることができるかもしれないと夢を抱く人が出てきています。自分自身が若い時は、フランスにはロールモデルになる人はいませんでした。アメリカで活躍している黒人の映画監督スパイク・リーや俳優のデンゼル・ワシントンが数少ない手本でした。自国にロールモデルになる人物がいるということは若い人にとって大きな励みになります」

──パイオニアとして、今後やっていきたいことはありますか。

「すでに取り組んでいますが、年齢、性別に関わらず無償の映画学校を各地に作っています。そうすることで、若い人がチャンスと希望を持って新しい世界に飛び込める場になればと考えています。これまでとは異なる方法で映画人を養成し、閉ざされた映画界や映画製作の場を開かれた場所にしたいんです。フランス国内のモンフェルメイユ、マルセイユ、フランスの海外県で、カリブ海の南部にある群島グアドループ、セネガルのダカールに開校し、米国のニューヨークでも進行中です。資金面はシャネルがバックアップしてくれていますが、新たな出資者が必要になってきています」

──映画作りを学ばずに映画監督になられたと思うのですが、これまでに乗り越えなくてはならなかった障壁は何でしたか。

「レッテルを貼られることです。郊外に住んでいるだけで、やんちゃばかりしている不良と見なされました。一番辛く、乗り越えるのが難しいことでした。映画を作る上でも苦難の連続で、ほとんど不可能なミッションに思えました。“映画制作は君たちのような人がやることではない。他の人たちがやることだ”と言われ続けて来ました。映画界は閉鎖的な世界です。パイオニアとしてアプローチをするには、大変な時間と労力が必要でした。『レ・ミゼラブル』は2009年にシナリオを書き始め、完成して披露するまでに10年の歳月がかかり、それはそれは長い道のりでした。やり切るには、映画を第一優先にしてそのことだけを考える日々と、決してあきらめずにしがみついていく固い決意が必要でした」

──フランス映画はヌーベルヴァーグ的、またはブルジョワ的なジャンルだけではなく、昨今は多民族国家らしい多様性が出たことで、イメージが変わってきています。この変化についてどうお考えですか。

「もちろん、多様性を担っている自覚はあります。クルトラジュメの仲間とともに、自分たちしか知らない世界、我々しか持ってないものを強みに変えて、さまざまなプロジェクトを進めています。仲間のキム・シャピロン監督は『若き今の』という作品を制作していますし、仲間がそれぞれのミッション、プロジェクトを進めています。ロマン・ガヴラス監督のNetflix作品『アテナ』は、脚本で参加しました。大規模な撮影は、テクニック的な面も含めて、学べることが沢山ありました。いま観直しても、あの圧倒的な映像の力に驚かされます」

『バティモン5 望まれざる者』

パリ郊外(=バンリュー)。ここに立ち並ぶいくつもの団地には労働者階級の移民家族たちが多く暮らしているが、このエリアの一画=バティモン5では再開発のために老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められている。そんな中、前任者の急逝で臨時市長となったピエールは、自身の信念のもと、バティモン5の復興と治安を改善する政策の強行を決意。だがその横暴なやり方に住民たちは猛反発、やがて、これまで移民たちに寄り添い、ケアスタッフとして長年働いていたアビーたちを中心とした住民側と、市長を中心とした行政側が、ある事件をきっかけについに衝突!やがて激しい抗争へと発展していく──。

監督・脚本/ラジ・リ
出演/バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・チョルビ、ヨハン・ディオネ、ティヴー・エヴェラー、ポリーン・セリエ、ルーラ・コットン・フラピエ
© SRAB FILMS – LYLY FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – PANACHE PRODUCTIONS – LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023
5/24(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開
block5-movie.com

Photos:Miyu Terasawa Interview & Text:Aika Kawada Edit:Chiho Inoue

Profile

ラジ・リLadj Ly マリ共和国生まれ。3歳の時に両親とフランス、モンフェルメイユ(セーヌ=サン=ドニ県)に移住。幼少期からの友人キム・シャピロンとロマン・ガヴラスが1994年に設立したアーティスト集団「クルトラジュメ」のメンバー。97年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督、2004年にはドキュメンタリー『28 Millimeters(原題)』の脚本を写真家JR(ジェイアール)と共同で手がける。05年のパリ暴動以降、クリシー=ス=ボワの変電所に隠れていたジエド・ベンナとブーナ・トラオレという若者の死に衝撃を受け、ドキュメンタリー『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(17/未)を製作。14年には市民軍とトゥアレグ人が戦争状態になるそうな地域にスポットを当てた『365 Days In Mali(原題)』、2016年にはNGO団体マックス・ハーフェラール・フランスの広告『Marakani in Mali(原題)』を監督。2017年、短編映画『Les Misérables(原題)』と『A Voix Haute(原題)』が、セザール賞にノミネート。長編映画監督デビュー作『レ・ミゼラブル』(19)は、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなど主要映画祭を席巻し、名を世界に轟かせた。2022年にはパリ郊外のスラム地区での暴動を映し出したNetflix映画『アテナ』で製作・脚本を手掛けた。

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