ソフィア・コッポラ インタビュー「ティーンエイジャーの自分とつながっていようと意識している」
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ソフィア・コッポラ インタビュー「ティーンエイジャーの自分とつながっていようと意識している」

1985年に出版されたプリシラ・プレスリーの回顧録『私のエルヴィス(原題:Elvis and Me)』からインスピレーションを得て誕生したソフィア・コッポラ監督の新作映画『プリシラ』がいよいよ公開。14歳でスーパースターのエルヴィス・プレスリーに出会って恋に落ち、母親となって27歳で彼のもとを去ったプリシラの知られざる物語になぜ惹かれたのか。プリシラ本人とも対話を重ね、少女が大人になるまでの普遍的で共感を呼ぶ、彼女の真骨頂ともいうべき物語を新たに完成させたソフィア・コッポラにインタビュー。

華やかで有名人。でも彼女の物語は普遍的だと感じた

左/プリシラを演じたケイリー・スピーニー 右/ソフィア・コッポラ監督
左/プリシラを演じたケイリー・スピーニー 右/ソフィア・コッポラ監督

──本作の原作、プリシラ・プレスリーの回顧録『私のエルヴィス』を読んで、プリシラやエルヴィスへの印象は変わったのでしょうか。

「彼女の本を読んで本当に驚いたのは、自分は本当に少しのことしか彼女について知らなかったということがわかったから。彼女はアメリカのカルチャーの中で有名な人物で、とても華やかでお人形さんのように美しい人のように見えました。読み進めていくうち、彼女が経験したことについて、多くを語っていると思った。60年代のアメリカ南部で女性として期待されていたことが、どれだけ大きなものだったか。どれだけ変わったか。また、それがいまだに残っていることも。驚いたと同時に、不思議と彼女の話は普遍的だと感じたんです」

──それで、この本を原作に彼女の映画をつくりたいと思ったんですか。

「本から受け取った世界のヴィジュアルが大好きで、そこに入ることは私にとってエキゾチックで異なる体験だったんです。でも、彼女の話にはとても共感できたし、語り口は親密だった。だから、彼女が経験したことを映像で表現できるような気がしたし、有名なカップルの知られざる一面を伝えたいとも思いました」

左から/エルヴィスを演じたジェイコブ・エロルディ、ケイリー・スピーニー、ソフィア・コッポラ
左から/エルヴィスを演じたジェイコブ・エロルディ、ケイリー・スピーニー、ソフィア・コッポラ

──プリシラご本人ともお話しされたそうですね。

「彼女の家に行ったのですが、本当に面白い体験でした。とても優しくて素敵な人でしたし。一緒にお茶を飲んで、話をして思ったのは、彼女が心を開いてくれていて、私が自分の仕事をするためのスペースを与えてくれようとしているなということで。質問しながら彼女と対話するプロセスは、脚本をつくる助けになりました。問いを投げかけながら説明していると、それについてもっと深く質問できるようになっていくので」

──どのような質問を?

「メンフィス・マフィア(エルヴィスの取り巻き)の奥さんについて聞いたら、エルヴィスの友人には不快感を抱いていたと言っていて。いかにつらい状況だったかを話してくれました。なぜなら、彼女はグレースランド(エルヴィスの大邸宅)を去るまでそこで友人をつくることもできず、孤立していたんですよね。あと、その当時の服はあるかと聞いたら、当時は古着という概念がなかったから、古い服は処分してしまったと」

──その後、できた脚本を見せながら、プリシラ本人とすり合わせをしていったんですか。

「そうですね。いくつかのバージョンについて、直接説明したかったんです。それで、彼女が各ページの修正に目を通し、彼女にとってそれが正しいかどうか、私が理解しているかどうかが重要でした。だから、プリシラが本作に携わってくれたことは本当にラッキーでした」

左/ソフィア・コッポラ 右/ケイリー・スピーニー
左/ソフィア・コッポラ 右/ケイリー・スピーニー

──映画が完成した後、プリシラからはどんな反応がありました?

「完成する前にも見せてはいましたが、ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映をしたときに、観終わった彼女がとても感動して泣いてくれたんです。『あれは私の人生だった』と言ってくれた。それで、本当に目標を達成できたと感じました。私は実在する人に関する何かをつくったことはなかったから」

──本作をつくるにあたり、許可が下りずエルヴィスの楽曲を使えないといった困難もあったと思いますが、どうやって乗り越えていったのでしょう?

「制約があるときは、いつでも創造的な解決策を見つけなければならないと思っています。そもそもエルヴィスの権利元は彼に関するあらゆることをコントロールしているので、私たちが楽曲の権利を手に入れられない可能性があることはわかっていたんです。でも、それが私たちを異なる解決策へと導いてくれたと思うし、プリシラの物語に寄り添う別の音楽を探すよう駆り立てられました。それで大丈夫だと思えたし、そちらのほうが自分は好きだと感じた。エルヴィスは彼女の人生において重要な人物だけど、物語の中では脇役なので。そのときの感覚や音楽を、よりプリシラに集中することができました」

10代の気持ちと母の気持ち、両方を知って

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──あなたは、少女から女性に成長するうえでの感受性、美しさ、脆さと強さをとても真実味を持って描きますが、自身の中にまだ10代の自分がいるという感覚がありますか?

「年齢や体格が変わっても、私はまだその年齢とつながっていると感じています。一方で、子どもが生まれて、母親にも共感するようになった。ティーンエイジャーの自分を思い出せるのと同時に、ティーンエイジャーの母である、という両方の立場にいるのは初めてのことで、とても興味深いです」

──親になると子ども時代のことを忘れてしまうという話もよく聞きますね。

「確かに、親モードになると忘れちゃうこともあるんですよね。でも、つながっていようと意識してはいるかな。そうすることで、10代の頃の思い出を忘れないようにしています。初恋のときめきとか、いろいろなことを。誰にとっても初めてというのは不安なものだから、プリシラの話を読んだとき、男の子の部屋に一人でいるなんて、しかも相手がエルヴィスなんて、もう大変なことだと想像しました。常にスペクタクルな感覚を持つようには努めています」

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──プリシラにとってのエルヴィスのように、あなた自身が10代のときに印象的だった、影響を受けた人や出会いがあれば聞きたいです。もちろん、ご家族にも影響を受けていると思いますが。

「音楽に興味を持つようになったのは、兄ロマン(・コッポラ)がきっかけと言えますし、私が10代でシャネルで働いていたときの友人たちは、とても印象に残っています。ただ、本当にたくさんの人から影響は受けてきたから、一人の人物を思い浮かべることはできないんですよね。ただ私も、10代でロックスターにときめいたことがあるのは確かです(笑)」

──24歳のエルヴィスと14歳のプリシラとの関係性は、やや支配的で毒性のあるものにも映ります。

「そうですね。でも、若いうちはどこかの誰かが望むような考えに寄り添いたいんだと思う」

──プリシラはとても幼いのだけれど、エルヴィスの母のようというか、彼にとっての拠りどころになろうとしていると感じました。

「彼女はそうしたかったんだと思います。つまり、彼の面倒を見なければならなかったし、それが彼女をより成長させたというか。それに、傷ついた男性や問題を抱えた男性が好きな女の子も、一定数いるんですよね。治してあげたいとか救ってあげたいとか、ロマンチックなことを望んでいる。年を重ねると、自分にはそんな忍耐力はないことがわかる」

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──14歳から20代後半までのプリシラを演じた、俳優ケイリー・スピーニーがもたらしたものについてもお聞きしたいです。

「本当に……、どうやってあんなふうに変身できるんだろうと感心しました。だって、最初にエルヴィスが彼女と話すシーンでは、まだ本当に若いプリシラなんです。素晴らしい俳優だと思いますし、彼女が目の前で変わっていくのを見て、いつも感動していました」

──初めて会ったときに、彼女こそプリシラだと思ったんですか。

「彼女に会ったとき、すごく若く見えたんです。15歳くらいかなと思った。けれど、話をしてみると成熟していてもっと年上だとわかった。それでいてミズーリ州の出身で、何か感じるものがあったんですよね。彼女ならプリシラをできるだろうと確信したし、南部の出身という素質もあったし、本当にいい役者だと思ったんです」

──彼女とはどのようにプリシラというキャラクターを立ち上げていったのでしょうか。

「私と話をした後は、ケイリーはプリシラと一緒に時間を過ごしていました。プリシラとの時間を通して、彼女の話し方や、本や歴史に寄り添って、ケイリー自身のものにする方法を見つけてくれました。そして私はいつも、個人的にどう思うか、どうすれば私たちが共感できるかをケイリーにフィードバックしていました。いつも議論をするのですが、その前になんとなく話していたことがあって、その過程で一緒にやり方を感じていく。自分たちの道を見つけるために撮影を始める、という流れですね」

自分を証明する手段はものをつくることから次の段階へ

──あなたの描くテーマや少女から女性に変化する中でのアイデンティティのゆらぎは、ジェーン・カンピオン作品に流れているものと通じているように個人的に感じるのですが、彼女の作品から受けた影響や、彼女との関係性について聞きたいです。

「ジェーン・カンピオンは私のヒーローです。『スウィーティー』(1989)や『エンジェル・アット・マイ・テーブル』(1990)の頃から彼女の映画が大好きだし、特に女性の経験をとても感情的に描いていて、それがとてもリアルで共感できる。彼女に会えて、友人になれて、本当にうれしく思っています。彼女はとても温かい人だし、素晴らしい人なので」

──現在、ジェーン・カンピオンさんはポップアップの映画学校で、彼女の作家としての経験を若い世代にシェアしていますが、あなたにもそうした意志はありますか。

「彼女ほどではないかもしれないですが、ありますね。若い頃は、ただものをつくることだけで自分を証明している気がしていたんだけど、今はそういう気がしないんですよね。だから、どうやってわかち合いたいかを探るのに必死というか。もっと勉強しないと。でも、間違いなく考えてはいます」

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──そう思うようになったのは、女性監督が映画をつくるのは男性に比べると今も変わらず簡単ではないという背景も関係していますか。

「そうですね。ジェーンや私の世代も、女性監督であることの葛藤から生き抜いてきたようなものなんですよね。そして今、若い女性たちと話して感じるのは、彼女たちはそこまで制限があるとも、挑戦しているようにも捉えていないということです。私たちと同じメッセージでは育ってきていないから、それぞれの世代の感覚も異なるのだと思います」

──あなたの映画の世界観を構築するすべての要素はとてもクリエイティブなプロセスを経て生まれていると思いますが、一人の時間とコラボレーターたちとの時間はそれぞれどのように大事にしているのでしょう。

「一人の時間はすごく大事ですし、衣装デザイナーや撮影監督といったクリエイターの人々と共同作業をするのも本当にエキサイティングですよね。その両方ができるのはラッキーだなと。一人の作業は、自分自身と触れ合うような、いちばん自分に近いと感じるプロセスです。私の場合、自分の考えやイメージを想像しながら、視覚的なリファレンスを見たり、音楽を聴く。そのほぼ白昼夢を見ているような時間が好きですね。一緒に働く人たちと仕事を始めるのが楽しみでならないという感覚も。実際に始めると、現実のさまざまな問題が見えてくるんだけれど、どうやればできるかと解決していくプロセスも好きです」

信頼できるパートナーとのコラボレーション

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──最もエキサイティングなプロセスを選ぶとしたら?

「選べませんが、私はキャスティングも好きで。俳優を見始めるとワクワクしますし、混じり合う意欲がさらに湧いてくる。俳優と一緒に仕事をするのも、役に合う人を見つけるのも、そして役に合う人が集まってくるのを見るのも大好き。ケイリーとジェイコブ・エロルディが新しいコスチュームを着て撮影現場に現れるたびに、心が踊りました。ヘアメイクも、グレースランドを再現したようなセットも全部楽しかった。セットをつくることで、世界全体が生き生きとしてくるんですよね」

──ちなみに、苦手とする行程はあります?

「スケジュール管理みたいな部分ですね。限られた時間でいろいろな場所を周りながらの撮影は、面倒なことがたくさんあるし、とても徹底的でなければならない。だから、すべてが楽しくはないけれど、そのプロセスにも慣れてしまいましたね。なぜなら、映画をつくることができて幸せだから。基本的に映画制作は多くのことを決めなければならなくて大変だし、とても時間がかかる。だからこそ私はいつも、本当にそのストーリーが好きなのかを自分に確認するようにしています」

──本作でもサウンドトラックはあなたの映画音楽に欠かせない、私生活におけるパートナーのトーマス・マーズ(フェニックスのフロントマン)が担当していますね。

「彼は、私が彼をとても信頼していることを知っていて、私の好みを把握している。それは彼にとっては迷惑なときもあるだろうなと(笑)。夜遅くに『曲が必要なんだけど!』とか言い出すので。でも、彼はいつも助けてくれますし、そこが好きです。異なるフィールドにいるからこそ、お互いに譲歩できるところもあるし、一緒にクリエイティブなことに取り組めていると感じます」

映画『プリシラ』より
映画『プリシラ』より

──素敵な関係ですね。サントラづくりはいつもどうやって始めるんですか。

「彼のバンド仲間、フェニックスと一緒にまずプレイリストをつくりました。そうすれば、それぞれの経験則から、さまざまな音楽をイメージすることができる。そこから、どんな曲が好きかを話して、そうすると彼らが他のものを見つけて送ってくれます。また私がその中から選んで、どのようなサウンドになるかをお互いに理解していく。そういうプロセスが楽しいです」

──最後に、大きな質問になりますが、あなたにとってのいい映画の定義を聞いてもいいでしょうか。

「私にとってのいい映画とは、観たことのないものだと思います。ユニークに感じられるもの。誠意と心を込めてつくられていると感じられる、誰かのパーソナルなことや自分とは違う人、文化の経験を学べるものです」

『プリシラ』

14歳のプリシラ(ケイリー・スピーニー)は、世界が憧れるスーパースター、エルヴィス(ジェイコブ・エロルディ)と出会い、恋に落ちる。彼の特別になるという夢のような現実…。やがて彼女は両親の反対を押し切って、大邸宅で一緒に暮らし始める。魅惑的な別世界に足を踏み入れたプリシラにとって、彼の色に染まり、そばにいることが彼女のすべてだったが…。
監督・脚本/ソフィア・コッポラ
出演/ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
4月12日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
https://gaga.ne.jp/priscilla/

配給/ギャガ
©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Sayaka Ito

Profile

ソフィア・コッポラSofia Coppola 1971年生まれ、アメリカ出身。映画監督フランシス・フォード・コッポラの娘としてNYで生まれカリフォルニアで育つ。99年『ヴァージン・スーサイズ』で長編監督デビュー。2003年『ロスト・イン・トランスレーション』でアカデミー賞脚本賞を受賞。その後『マリー・アントワネット』(06)、『SOMEWHERE』(10)、『ブリングリング』(13)、『ビル・マーレイ・クリスマス』(15)を監督。17年、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』でカンヌ国際映画祭史上2番目の女性監督として監督賞を受賞。その他、コッポラが脚本、製作総指揮、監督を務めた、『オン・ザ・ロック』(20)などがある。Portrait:Melodie McDaniel

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