美を患った魔術師、ピーター・グリーナウェイ「映画は広大な絵の一部分だと思っています」
『ミッドサマー』のアリ・アスターが「映画人生を狂わされた」と吐露し、『哀れなるものたち』のヨルゴス・ランティモスが「『女王陛下のお気に入り』はグリーナウェイの『英国式庭園殺人事件』がなければ誕生しなかった」と明かし、『コックと泥棒、その妻と愛人』でジャンポール・ゴルチエが初めて映画の衣装を担当した唯一無二の存在、ピーター・グリーナウェイ。
独自の美を追求し続け、マジカルな映像作品を生み出し続けたグリーナウェイに敬意を表し、「美を患った魔術師」という形容詞を冠したレトロスペクティブが開催される。多くの映画、ファッション、アートに影響を与えてきた作品群から、『ピアノ・レッスン』等で知られる世界的音楽家、マイケル・ナイマンが劇判を手がけた『プロスペローの本』と『数に溺れて』と『ZOO』と『英国式庭園殺人事件』という4作品を一挙上映。今回のレトロスペクティブを機に、御年81歳のグリーナウェイにインタビューを行った。幼少期から画家を目指し、美術学校を卒業後、映画の世界に飛び込みながら小説家や絵本作家としても活躍し、感性を育ませ続けるグリーナウェイならではの内容になった。
「映画はただの映画であり、リアルではない人工物であることを楽しむもの」
──特集上映が日本でスタートすると聞いてどう思いましたか?
どんな形であって自分の作品に触れていただく機会があるのは嬉しいですし、特に日本は何度も行ったことがあるので、また日本の観客に作品を観てもらえることが楽しみです。
──今回のレトロスぺクティブの「美を患った魔術師」というタイトルについてどう思いますか?
「『患った』という言葉にはネガティブな意味がありますが、あえて使ったんでしょうね。私は元々画家として1950年代から教育を受け始めて、今は81歳になります。その過程での過程でたくさんの映画や書物に触れてきました。これまで監督した映画の脚本はすべて自分で手掛けていますが、すべて美の追究がイマジネーションの元になっています。今はアムステルダムから北に40マイルぐらいいった場所に住んでいます。オランダはヨーロッパの中で重要な国でありながら、国土はそこまで大きくありません。でも優れた画家を多く輩出しています。特にレンブラントが生まれた1906年からフェルメールが亡くなる1970年代が顕著です。個人的にはレンブラントよりフェルメールの方が好きです(笑)。
映画はテクノロジーを使ったメディアであり、その時代ごとに新しいテクノロジーを使い、映画を作ってきました。16ミリのカメラから始まり、だんだん大きな予算が扱えるようになり、規模の大きな作品を撮るようになりました。約55年ものづくりをする中で、自然史と人間史に強く惹かれていた時代もありました。最近は『原点に戻りたい』という気持ちが生まれてきています」
──今のお話にも通じると思いますが、監督の作品には衣装、物語、魅惑的なキャラクター、音楽等、多くの魅力があります。監督にとって良い映画の条件とは?
「私の映画を見る時に何よりも観客に理解してもらいたいのは『皆さんはただの映画を観ている』ということです。日常を切り取ったものでもないし、世界に対する窓でもないし、宇宙に対する扉でもありません。映画はその時代のテクノロジーに限定され、人間の想像力から生まれた人工的な作品物です。自分が作った映画で何らかの期待に応えなければいけないけれど、期待されていることと異なるところまで限界を押し広げたいと常に思っています。
私の映画は決してメインストリームではなく、且つ独自性があります。一つの例として、私の映画の物語には常に自分自身が鮮明に反映されています。例えば『数に溺れて』はさまざまな人間が抱える不安についての映画で、数のシステムを描き、色彩を強く意識した作品です。そういった私ならではの特性を観客に気づいてもらいたい。そして、自分の作品は間違いなく『絵画が最も魅力と興奮を放つものだ』ということに言及していて、色彩の概念が重要なメッセージになっています。良質な芸術は作り手と密接な関係が築かれているものだと思っていて、特に映画はそういう傾向が強いメディアだと思っています」
──アリ・アスター監督は「あなたの映画に人生を狂わされた」と、ヨルゴス・ランティモス監督は「『女王陛下のお気に入り』は『英国式殺人事件』の存在なしでは誕生しなかった」と公言しています。二人の作品は観たことはありますか?
「名前を聞いたことはありますが、作品は観たことはありません。今映画は強い自意識と皮肉の存在感が高まっていて、昔ほどリアルであることは大事にされていないと感じています。映画というものは自己反省を宿しています。どこまで行っても映画はただの映画であり、リアルではない人工物であることを楽しむ。私の映画を好いてくれているのであれば、私のそういった映画に対する姿勢を理解してくれているのではないでしょうか」
──最後に、今興味を持っていることがあれば教えてください。
「イタリアのトスカーナ州にある歴史的な街、ルッカにまつわる映画を作ろうとしています。ルッカはルネッサンス時代の城壁が旧市街を囲んだ典型的なイタリアの街であり、ユニークな歴史を持っています。また、現代文学にも強い興味を持っています。具体的な作家名を挙げると、南米の作家だと(ガブリエル・ガルシア=)マルケスと(ルイス・)ボルヘス、イギリスの作家だとT・S・エリオットやバージニア・ウルフ、ジェイムズ・ジョイス等です。映画というのはビジュアルのメディアだと思われがちですが、実はもっと文語的なメディアではないかと私は疑っています。
例えば、映画プロデューサーたちは、何かのプロジェクトを始める際に文字を必要とするケースが多いです。そう考えると、映画は二次的なメディアだと捉えることができます。ただ、私はテキストよりも映像という概念を常に追究してきました。自分で脚本を書いているので皮肉ではありますが(笑)。『ピーター・グリーナウェイの枕草子』ではスクリーン上にたくさんの文字を映しました。あの演出は観客に対して多くの映画体験はテキストが鍵となっていることを思い出させる狙いがあったんです。
もうひとつ、多くの独立系の映画監督が、どうやって制作費をねん出するか、どうやってリスクを取る心の準備ができている洗練されたプロデューサーを見つけるか、どうやって観客を獲得するか、といった問題を抱えています。私は2015年に、現代彫刻を広め、進化させ、実験をして多くの人々を興奮させた20世紀のルーマニアの彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシについての映画『Walking to Paris』を撮りましたが、その作品でも制作費や周囲からの理解といった面で難しさを感じましたし、これから作ろうとしている新作でもそういった問題に直面しています。 約50年にわたって私の作品を観てくれる観客はいますが、その事実を置いておいたとしても、私の新作を待ち望んでくれている観客は必ずいると思っています。
偉そうにするわけではありませんが、残り続ける作品は決して商業的に成功したメインストリームのものだとは限りません。私が興奮する映画は少額の製作費の作品が多いことを踏まえると、私は少数派の関心を追求してきたのだと思います。そして、自分の映画を他のアートと関わりのあるものにしようとしてきました。例えば『Goltzius And The Pelican Company』(2012年)は演劇映画ですし、70年代に撮ったのはランドアートやアメリカの実験的なポップアート界についての作品です。映画は広大な絵の一部分だと思っているので、様々なものとの関連性を持たせています。私と同じく現在80代の映画監督として、リドリー・スコットやウディ・アレンがいますが、この世代の監督はもしかしたらこれまでの映画の概念とは別の何か新しい概念を求めているのかもしれませんね」
「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」
3月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
https://greenaway-retrospective.com/
『プロスペローの本』
ミラノ大公プロスペローは、ナポリ王アロンゾーと共謀した弟アントーニオに国を追われ、娘のミランダと共に絶海の孤島に幽閉される。アロンゾーへの復讐を片時も忘れなかったプロスペローは友人ゴンザーローから譲り受けた24冊の魔法の書を読み解いて強大な力を身に着け、島にいる悪魔の力を持つ怪物キャリバンや妖精エアリエルを操り、魔法の力で復讐を実行する。
出演/ジョン・ギールグッド、マイケル・クラーク、ミシェル・ブラン、エルランド・ヨセフソン他
監督/ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン 衣裳:ワダエミ
1991│イギリス・フランス・イタリア│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│126分│原題:Prospero’s Book
『数に溺れて4Kリマスター』
英国サフォーク州の水辺に暮らす同姓同名の3人の女性シシー・コルピッツたちは、愛の冷めてしまった夫をそれぞれで殺そうとする。1人目のシシーは若い女と浮気している夫を湯に沈め、2人目のシシーは自分に関心のない夫を海で溺れさせ、3人目のシシーは、新婚早々熱が冷めた夫をプールで溺れさせた。検視官のマジェットは3人から一連の出来事を全て事故死として処理するように脅されるが…。
出演/ジョーン・プロ―ライト、ジュリエット・スティーヴンソン、ジョエリー・リチャードソン、バーナード・ヒル他
監督/ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン
1988│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│118分│原題:Drowning by Numbers
Ⓒ1988 Allarts/Drowning by Numbers BV
『ZOO』
オランダ・ロッテルダムの動物園で働く双子の動物学者オズワルドとオリヴァーは交通事故で同時に妻を亡くし、車を運転していた女性アルバは一命をとりとめるが片足を失う。事故後、オズワルドとオリヴァーは何かに憑かれたように動物の死骸が腐敗していく過程を映像に記録する事に没頭する。やがて2人はアルバと親しくなり、アルバも2人に好意を抱き始める。
出演/アンドレア・フェレオル、ブライアン・ディーコン、エリック・ディーコン他
監督/ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン
1985│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│116分│原題:A Zed & Two Noughts
Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British Film Institute.
『英国式庭園殺人事件4Kリマスター』
17世紀末、画家ネヴィルは英国南部ウィルトシャーにあるハーバート家の屋敷へ招かれる。主人のハーバート氏は不在で、代わりに出迎えた夫人のヴァージニアは、夫が戻るまでに屋敷の絵を12枚完成させること、報酬は一枚8ポンドに寝食の保証、そして夫人はネヴィルの快楽の要求に応じると言い、契約を結ぶ。ネヴィルは絵を描き始めるが、描こうとする構図の中に誰かがハーバート氏のシャツ、裂かれた上着等、何かを暗示するような物を紛れ込ませようとする。
出演/アントニー・ビギンズ、ジャネット・スーズマン、ルイーズ・ランバート、ニール・カニンガム他
監督/ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン
1982│イギリス│英語│カラー│ビスタ│モノラル│107分│原題:The Draughtsman’s Contract
Ⓒ1982 Peter Greenaway and British Film Institute.
Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Chiho Inoue
Profile
80年にはフェイクドキュメンタリー『ザ・フ ォールズ』で長編デビュー。82 年に『英国式庭園殺人事件』、85 年に『ZOO』を発表。88 年に『数に溺れて』で第 41 回カンヌ国際映画祭芸術貢献賞を受賞、89 年にジャンポール・ゴルチエが衣裳を担当した事で話題となった『コックと泥棒、その妻と愛人』で世界中を震撼させ、『プロスペローの本』(91)で は、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」の映像化に挑んだ。その後の主な作品に、『ベイビー・オブ・マコン』 (93)、『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(96)、 『レンブラントの夜警』(07)など。2014年に英国映画界への貢献を称えられ第 67 回英国アカデミー賞英国映画貢献賞を受賞。
近年は、パリにあるルイ・ヴィトン財団の美術館フォンダシ オン ルイ・ヴィトンにて行われた「近代美術のアイコン シチューキン・コレクション」展(2017)の映像作品、同年ミラノで行われた展示「Mortality Vitali」のディレクションを務めた。現在、ダスティン・ホフマンが主演す るイタリアの都市ルッカを舞台にした新作映画「Lucca Mortis(仮題)」を準備中。
オフィシャルサイト:https://www.sbpg-projects.com/peter-greenaway