杉咲花インタビュー「市子を演じて、感情が自分の頭の中を追い越していく感覚になった」 | Numero TOKYO
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杉咲花インタビュー「市子を演じて、感情が自分の頭の中を追い越していく感覚になった」

恋人・長谷川からプロポーズを受けた翌日に姿を消した川辺市子の壮絶な半生を描いた映画『市子』が12月8日に公開となる。過酷な家庭環境で育ちながらも、自らの境遇に抗うかのように力強く生きようとする市子を演じたのは杉咲花。名前を変え、年齢を偽り、社会から逃れるようにして生きてきた市子を描いた脚本を読んだ後、涙が止まらなくなるという初めての体験をしたという。

戸田彬弘監督が主宰する劇団チーズtheater旗揚げ公演作品でもあり、サンモールスタジオ選定賞2015で最優秀脚本賞を受賞した「川辺市子のために」を原作に、自らの存在意義を掴もうとする市子の生き様が胸に突き刺さる『市子』について、杉咲花にインタビュー。

「“この現場に飛び込んだら、想像もつかない境地に行ってしまうのではないか”という予感に包まれました」

──戸田彬弘監督は「市子は女性の艶やかさや人間としての強さを体現している方に演じてほしい」という思いのもと、杉咲さんにオファーをしたそうですが、その思いをどう受け止めましたか?

「監督が脚本と一緒にお手紙を送ってくださったのですが、そこには『自分の監督人生において分岐点になる作品だと思っています』と書かれていました。そういった作品に必要としていただけたことを光栄に思いましたし、凄まじい脚本を読んで、震える思いでオファーをお受けしました」

──『市子』の脚本を読んだとき、どんなことを感じましたか?

「まるで市子が実在するかのように捉えてしまうほど真に迫るものがあって、言葉にならないような初めての感覚が押し寄せてきました。『この現場に飛び込んだら、想像もつかない境地に行ってしまうのではないか』という予感に包まれたんです。普段お芝居をするときは、『こういうシーンになったらいいな』とか『こういう表現ができたらいいな』といった演じ手としての欲がどうしても出てきてしまうのですが、現場ではそんな感覚が剥がれ落ちて、起こっている出来事にただ体が反応してしまう時間がありました。そんな感覚はこれまで味わったことのないもので、素晴らしい経験をさせていただいたと思っています」

──役作りの上で何か意識したことはありましたか。

「私は役作りというものが自分にとって何を指すものなのか分かっていないところがあるのですが、市子を演じる上で何か満ち足りていない感覚でいることが必要だと思い、食事制限や運動による減量をしました。物語上、時間軸を行き来する構成なので、監督が時代背景も含めた年表を作ってくださり、それに加えて脚本には書かれていないシーンとシーンの間として、市子が過ごした時間をサブテキストとして書き起こしてくださいました。それによって市子の人生をより深めていくことができ、時代設定によって振る舞いや態度に作用したものがあった気がしています」

──市子は「悪魔」と言われることもある一方で、天使に見えることもある重層的なキャラクターですが、市子という人間のどんなところに惹かれましたか?

「市子自身が自分の姿を探し求める様に、言葉に言い表せられないような感覚に襲われました。それと同時に『人を知るってどういうことなんだろう』という問いかけにハッとさせられて。他者を見つめる視線というのは、どこか自分に返ってくるもののような気がしているんです。だからこそ鋭く突きつけられるようなこの物語に、自分の感覚と結びつくものがありました」

「これ以上ないほどの幸福と、引き裂かれるような痛みを感じました」

──市子は自らの境遇ゆえに長谷川にプロポーズされた直後に姿を消します。その気持ちに共感するところはあったのでしょうか。

「共感と言えるかはわからないのですが、演じていて、婚姻届を受け取ることにこれ以上ないほどの幸福と、引き裂かれるような痛みを感じました。感情が自分の頭の中を追い越していく感覚になるというのは、あまり味わったことのない時間で。それと同時に、『こんな感覚でカメラの前に立っていていいのだろうか』と市子の心情がわからなくなってしまう瞬間もありました」

──市子が口にする言葉はとても印象的なものが多いです。特にぐっときたセリフはありますか?

「たくさんあるのですが、特に『花はちゃんと水をあげへんと枯れるから好き』とか『うちな、花火好き。みんなが上見てる時なんか安心すんねん』というセリフが印象深いです」

──市子と家族になろうとした恋人の長谷川が市子の実際の家族である市子の母を諭すシーンも印象的でした。家族について考えたことはありましたか?

「家族というのは、ひとつの小さな社会ですよね。個人的には、その枠組みにいるだけで何かひとつのフィルターが外れる瞬間があるような気がしていて、それが愛おしくも煩わしくも思います。私の拙い言葉では、いまはまだ家族についての考えを言語化することが難しくもあるのですが…。母を大切にしたいです」

──市子は色に例えるとどんなキャラクターだといえるでしょうか。

「“黒”でしょうか。市子は劇中で黒い服を印象的に着ているんです。黒は影に馴染み存在を隠すような色でもありますし、ある意味すごく目立つ色でもある。市子が黒を着る理由は両方の意味合いが込められているように感じます。また、劇中では“虹”が印象的に描かれているのですが、市子にとって色鮮やかな虹色は平和を象徴するものであり、渇望するものでもあったのではないかなと思います。本編にも映し出されているのですが、ラストシーンを撮影したクランクアップの日は晴天で、そこに優しい虹がかかっていたんです。『市子』の現場では、何かそういう力に守られていたのではないかと感じずにはいられない出来事でした」

──完成した映画を観てどんなことを感じましたか?

「この物語は第三者の視点から市子という人物が浮かび上がってくる話なのですが、私は市子を語る人々の撮影に立ち会うことがなかったので、そういったシーンがとても印象に残りました。特に、市子の恋人である長谷川くんが純粋な気持ちで市子を捉えようとする姿に胸を打たれました」

──市子を演じたことは、俳優としてどんな影響があったと思いますか?

「それが、いまはまだわからないんですよね。『市子』という作品に集った皆さんと積み上げていった時間、その事実が、とてつもなく愛おしいものとして自分の中に凛と残っている感覚なんです」

──杉咲さん自身に何か影響を与えたところがあれば教えてください。

「この作品をどう受け止めるかということが、なにか実生活に鏡のように反映されるものがある気がしています。私は市子という人物が、自分たちの暮らしと地続きの場所にいるような気がしてやまないんです。だからこそ、演じ終えたことで何か区切りを付けられるようなものではなくて。これからも考え続けていきたいですし、観てくださった方々の中で議論を生むような物語に育っていくことを願っています」

衣装/ドレス ¥720,000 シューズ ¥165,000 イヤリング ¥64,000/すべてDior(クリスチャン ディオール)

『市子』

監督/戸田彬弘
原作/戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本/上村奈帆 戸田彬弘
出演/杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり
©2023 映画「市子」製作委員会 芸術文化振興基金
12月8日(金)テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/index.html

Photo:Takao Iwasawa Styling:Tatsuya Yoshida Hair & Makeup:Ai Miyamoto Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Chiho Inoue

Profile

杉咲花Hana Sugisaki 1997年生まれ、東京都出身。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)で第40回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞をはじめ、多くの映画賞を受賞。「とと姉ちゃん」(2016)でヒロインの妹を演じ、「花のち晴れ〜花男 Next Season〜」 (2018)では連続ドラマ初主演を果たす。その後、NHK 連続テレビ小説「おちょやん」 (2020-21)と「恋です!〜ヤンキー君と白杖 ガール〜」(2021)で第30回橋田賞新人賞を受賞。近年の主な出演作に『十二人の死にたい子どもたち』(2019)、『青くて痛くて脆い』(2020)、『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(2021)『99.9-刑事専門弁護士 -THE MOVIE』(21)、『大名倒産』(2023)、『杉咲花の撮休』(2023)、『法廷遊戯』(2023)。主演作『市子』(23年12月8日公開)、『52 ヘルツのクジラたち』(24 年3月公開)などが待機中。

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