『裸足になって』ムニア・メドゥール監督「内戦は終わっても、日常での戦いは続いている」 | Numero TOKYO
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『裸足になって』ムニア・メドゥール監督「内戦は終わっても、日常での戦いは続いている」

初の長編監督作『パピチャ 未来へのランウェイ』がアカデミー国際長編映画賞のアルジェリア代表に選出され、セザール賞の新人作品賞を受賞するという快挙を成し遂げた映画監督、ムニア・メドゥール。新作は『パピチャ』と同じく、故郷のアルジェリアを舞台に女性が自由に生きる権利をテーマにした『裸足になって』だ。

暗黒の10年と呼ばれる90年代の内戦下においてファッションデザイナーを志すネジュマの視点を通し、イスラム原理主義による女性弾圧の実態を描いた『パピチャ』の公開から約4年。『裸足になって』の舞台は現在のアルジェリア。バレエダンサーを目指すフーリアには“女性だから”という理由で理不尽な出来事が度々襲いかかる。現代のアルジェリアにも女性の権利を軽視する風潮は根深く残っているのだ。

ウェス・アンダーソン監督作品『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』等で知られ、メドゥール監督のミューズ的な存在でもあるアルジェリア出身の俳優、リナ・クードリが『パピチャ』に続き主演を務め、『コーダ あいのうた』でアカデミー助演男優賞を受賞したトロイ・コッツァーが製作総指揮を担った『裸足になって』を監督の言葉とともに紹介する。

主演はリナ・クードリ。自由に生きることが困難なアルジェリアでダンスを通じて希望を見出す

内戦の傷が癒えきらない不安定な情勢下にあるイスラム国家・アルジェリアでバレエダンサーを夢見るフーリアは、母とふたり暮らし。貧しくも慎ましい生活を送っていた。父権社会であるアルジェリアでは女性の体はタブーで、公共の場でダンスができる機会は限られている。窮屈な国から抜け出すために、フーリアのバレエ仲間でもある親友・ソニアはビザの申請を何度も試みるが、却下され続けていると嘆く。

母に車を買ってあげるため、闘羊で賞金を手に入れたフーリア。しかし、賞金を取り戻す目的で元テロリストに階段から突き落とされ、病院のベッドで目覚める。言葉を口にしようとしても喋れず、浮腫と足首の骨折で手術をしたこと、リハビリが必要で心的外傷もひどいということを医者に告げられ、絶望の底に突き落とされる。母と一緒に警察に行き、「犯人を捕まえてほしい」と訴えても、女性でありダンサーである2人の言うことを警察はまともに取り扱わない。

失意のフーリアはリハビリ施設にて、テロで亡くした息子の死を受け入れられない女性、自閉症の姉妹、戦争で捕虜になった女性、子供が産めずに夫に離縁された女性……さまざまな傷を抱えた女性たちの気丈な明るさに希望を見出す。そして、女性たちに誘われ、フーリアは再び踊り出す。まるで、踊ることは自由や解放の象徴だと言わんばかりに。「みんなにダンスを教えて」と頼まれたフーリアはどんどん生命力を取り戻していく──。メドゥール監督は自身の体験を踏まえ、ドキュメンタリー作家出身ならではのリアリティ溢れる筆致で、情熱を宿した女性たちの姿を通してアルジェリアの実情をヴィヴィッドに糾弾した。

ムニア・メドゥール監督インタビュー

──『裸足になって』の脚本はどのようにして生まれたのでしょう?

「アルジェリアの社会を舞台に、現代の問題や、人間と言語の豊かさをもっと掘り下げたいという気持ちがありました。そこで、事故による変化に苦しむ若いダンサーの物語を描くことで、現在のアルジェリアの歴史に踏み込むことにしました。私はドキュメンタリー作品出身なので、映画でフィクションを作る際に、自分の記憶や体験に迫ることを好みます。私自身、事故でかかとを複雑骨折した後、しばらく動けずに長いリハビリをした経験があります。それによって、孤独や寂しさ、障害、何よりも再起について表現したいと思っていました。フーリアは怪我から再生し、もっと強い女性、つまり本来の彼女自身の姿になります。耐えることで偉大になった主人公像は、傷つきながらも立ち上がるアルジェリアの姿を想像して生まれました」

──前作の『パピチャ 未来へのランウェイ』は90年代の内戦の時代を舞台に女性が自由に生きることをテーマに制作されました。『裸足になって』で現在のアルジェリアを描いたのはどうしてでしょう?

「『パピチャ』では、国民はナイジェリアの内戦が目の前にある状況下で生き続けるために戦っていて、そこでトラウマを負ったことを描きました。そこから20年が経って内戦は終わりましたが、日常での戦いは続いているということを『裸足になって』では伝えたかったのです。戦争ではないので日々暴力と向き合っているわけではないですが、若い人たちからは『自由に生きたい』というエネルギーを強く感じます。『パピチャ』ではファッションショーという身体表現を通して、女性たちが自由を手に入れるために戦う様を描きましたが、今回はダンスというアートを通して、『パピチャ』とはまた違う形で自分を解放していく様を描きたかったのです。私にとって個人の自由とは、人生を満喫し、自分自身を表現し、さまざまな芸術の道を突き詰めることです」

──母国であるアルジェリアで、女性が男性と比べてさまざまなことが制限されている状況に違和感を感じたのはいつ頃でしょうか?

「何か大きな問題が起こったわけではないのですが、日常的に感じざるを得ない状況があります。『裸足になって』では、フーリアと母親が警察に対し、『フーリアを階段から突き落とした元テロリストを捕まえてほしい』と訴えても、女性でありダンサーだからという理由でまともに取り合ってもらえません。そういった出来事には街中でも遭遇します。『女性はこういう服を着ていけない』ということだったり、あらゆる規制があります。ただそれはアルジェリアに限らず、さまざまな国で女性に対する不当な行為は当たり前のように行われていますよね。例えばアメリカでは中絶を禁止する法案があります。また、同じ仕事をしていても男性より女性の方がサラリーが低い場合もあります」

──監督自身、女性の映画監督であるということに対して、ハンディキャップを感じたことはありますか?

「直接的に感じたことはあまりありません。しかし、女性の映画監督だと、パーソナルなテーマを設定したり、身近なテーマを扱うのではないかという偏見を持たれ、バジェットを削られたことはあります。そして、私は初めての長編作品である『パピチャ』を撮るまでに7年かかりました。なぜかというと、私はそれまで長編のフィクションを作ったことがなく、リナ・クードリは初めての映画主演で、劇中ではアラブ圏の言語が使われていて、90年代を舞台にした作品だった。そういった多くのハードルがあったからです。私は今フランスに住んでいますが、フランスではフランス国立映画センター(CNC)の助成金制度によって、女性監督の映画製作を積極的にバックアップしてくれます」

──映画監督として、女性が男性と同等の権利を持つことが当然だというテーマを描くことに、使命感はお持ちですか?

「そうですね。女性の監督が映画を作ることを促進していく動きをすることはとても大事だと思っています。実際、女性監督の作品はどんどん増えています。それによって、映画はもっと豊かになると思うんですよね。『裸足になって』の上映会があったんですが、そこでも女性が映画を撮ることに対してハードルの高さを感じている人は多かったです。確かに簡単ではありませんが、不可能ではありません。まずはシナリオを書く、プロデューサーを見つける、そして短編映画を撮るという道のりがあるということを、私自身がロールモデルとなって多くの人を激励していきたいと思っています。

これは私のひいき目かもしれませんが、女性の描くストーリーはとてもパーソナルで力強く、『私は今これを作りたいんだ』というある種の緊急性を持ったものが多い印象があります。一方男性は、娯楽性の高いアクション映画を作る監督が多かったりします。それぞれのクリエイティヴィティが共存していけば良いと思っています」

──『パピチャ』はアカデミー賞の国際長編映画賞のアルジェリア代表に選出されるなど高い評価を得ましたが、どんな達成感を感じましたか?

「もちろんとても誇りに思いました。先ほどもお話しした通り、すごく長い時間をかけて苦労して生まれた作品ですから。しかも、批評家からの評価も高く、興行的にもヒットしました。今でも『パピチャ』の感想がいろいろな国から届いていて、『主人公のネジュマが闘う姿に感動した』というメッセージが送られてくるので、私が伝えたかったことがちゃんと伝わったという手ごたえがあります。

アルジェリアの女性は抑圧された状況がありながら、仕事もすれば勉強もすればお洒落もします。その上でイスラム主義勢力の過激派と戦っているということを映像で伝えられたことは誇らしいです。ドキュメンタリー作品出身だからかもしれませんが、ぼかすような描き方ではなく、正確な形ではっきりと描き出すということにいつもこだわっています。『パピチャ』と『裸足になって』は両方とも主人公の女性の名前を原題に冠していますが、私にとっては二部作のような位置づけですね。『裸足になって』のフーリアは『パピチャ』のネジュマの妹のような存在です」

『裸足になって』

製作総指揮/トロイ・コッツァー 『コーダ あいのうた』
監督/ムニア・メドゥール
出演/リナ・クードリ、ラシダ・ブラクニ、ナディア・カシ
配給/ギャガ 原題:HOURIA/99分/フランス・アルジェリア/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:丸山 垂穂
©THE INK CONNECTION – HIGH SEA – CIRTA FILMS – SCOPE PICTURES FRANCE 2 CINÉMA – LES PRODUCTIONS DU CH’TIHI – SAME PLAYER, SOLAR ENTERTAINMENT
7月21日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
https://gaga.ne.jp/hadashi0721

Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Chiho Inoue

Profile

ムニア・メドゥールMounia Meddour 1978年5⽉15⽇⽣まれ。『Tikdja(原題) 』、『La Caravane des Sciences (原題)』、『Particules Élémentaires(原題)』、『La Cuisine en Héritage (原題)』など数多くのドキュメンタリーを制作。中でも『Cinema Algérien un Nouveau Souffle(原題)』は、「暗⿊の10年」を⽣きた同世代の若い監督たちの関⼼にとまった。短編『エドウィジュ』は数々の国際映画祭で選出され、多くの賞を受賞。2019 年の初⻑編監督作『パピチャ 未来へのランウェイ』は、優秀シナリオ・ソパーディン 賞を取得し、カンヌ国際映画祭の「ある視点部⾨」に選出され、アカデミー国際⻑編映画賞のアルジェリア代表に選出、セザール賞の新⼈作品賞を受賞。2020 年から2021 年の間、CNC7(国⽴映画映像センター) の講義委員を務め、現在は徴収推進委員を務めている。ロズリーヌ・バシュロ⽂化⼤⾂8から、芸術⽂化勲章・シュヴァリエを授与されている。

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