上出遼平が「見たくないもの」にカメラを向け続けるわけ | Numero TOKYO
Interview / Post

上出遼平が「見たくないもの」にカメラを向け続けるわけ

世界最貧国といわれるリベリアの元人食い少年兵など“ヤバいやつら”の“ヤバい飯”を追いかけた衝撃のドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』が遂に漫画化! 番組を手がけた上出遼平に、目を背けたくなるような現実にカメラを向け続ける理由を聞いた。( 『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年6月号掲載)

人が見たくないものをどう伝えるか

──上出さんが制作したドキュメンタリーグルメ番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(以下『ハイパー』)はその後、書籍ポッドキャスト“新視覚版”と名付けられたコミックなど、映像以外の表現に拡張し続けていますね。

「テレビは、とてもドラスティックなリッチさのある媒体だと思っています。最初に行ったリベリアでは計80時間ほどカメラを回して、それを30分弱に編集しました。僕がユーチューバーだったら動画を10本は作れるほどの撮れ高はあったと思います。それを断腸の思いで削り、1秒もつまらない瞬間がない番組を目指しました。しかし、どう考えても落とすにはもったいない箇所が本当はたくさんあった。そこで書籍では取材時の体験をルポルタージュのようにそのまま書き記しました。コミックはそれをもとに取材をしてもらい、山本真太朗先生に描いていただいたものです。僕も漫画になるとは想像していなかったので、お話をいただいたときはうれしかったですね」

 

──書籍は上出さんの筆力はもちろん、取材時の裏側や放送されなかったエピソードの数々にも圧倒されました。こちらは番組の副読本としても機能していると思いますが、コミックは派生作品としてどんな立ち位置になるのでしょうか。

「いちばん気軽に見ることができるので、『ハイパー』の新たな入り口となり得る媒体だと思っています。コミックは僕を含めた物語として表現されていて、より没入感が強い作品になっています」

 

──『ハイパー』制作にあたり真っ先に行ったのが、今回コミックにもなっているリベリアです。この国のどこに惹かれたのでしょうか。

「アメリカで解放された黒人奴隷がアフリカに戻って、建国したのがリベリアです。その後、内戦が起きたことにより無秩序な国と化した歴史もあり、現在もその影響で世界最貧国の一つとなっています。さらにはエボラ出血熱の流行もあった。でもその実情は日本にはほぼ入ってきません。暗い影を落とす話なんて多くの人は別に目にしたくないんですよ。見ずに済むのならそのほうがいいと思っている。テレビ番組を作る側の9割の人もそれをわかっていて、人が見たいと思うものを提供する仕事に終始します。でも僕は、人が見たくないものをどうオブラートに包んで見やすいパッケージにするかに力を割いてきました。なぜなら自分にとって心地よくない情報によって世界を知れるという実感が僕にはあるからです。そしてそれを怠ると世界は悪い方向へと進んでしまうという漠然とした危惧も抱いていた。だからこそ『ハイパー』を作りました。番組を通して何かに気づいた視聴者は多いと思います。みんなの心にざらつきみたいなものを起こさせることが、僕が仕事を通してやろうとしていることなんです」

 

──リベリア編の「人食い少年兵」はエンタメとして消費しやすい言葉でしたが、上出さんが本当に伝えたいものは取材対象者を通して見えてくる社会的背景なんですよね。

「興味を引くものを作るのは大前提で、エンタメの枠の中で自分に何ができるかを常に考えています」

 

──上出さんの姿勢からはテレビマンの矜持はもちろん、ジャーナリズムを感じます。下調べも大事にされていますが、現地で生の情報を得るために訪れる場所はありますか。

「市場です。その国の生活模様を一気に見られるので。物価や産業、衛生環境からインフラの状態、国民性、メディアに対する反応などもわかります。警戒されたら、今までいろんなメディアが荒らしてきたんじゃないかと思ったり、逆に人懐っこかったりすると、まだあまりメディアが介入していないんだなと気づくことも。あるいはメディアがお金を配って歩いたか。リベリアはかなり警戒心の強い国でした。おおむね貧困とされる国の人々は、メディアに搾取されている感覚を強く持っています。自分たちのことを撮影した素材で儲けて、おまえたちは母国でいい車に乗っていい飯を食っているんだろうとみんな思っているので。だから取材協力を得るのは大変苦労しました」

 

どんな生き方も肯定されるべき

──『ハイパー』制作前から他の人が誰も行きたがらない過酷な海外ロケを担当することが多かったと伺いました。もともとそういう場所に興味があったのでしょうか。

「そうですね、昔から冒険が大好きだったんです。いちばん最初に親におねだりした物が『十五少年漂流記』でした。ヤバい状況に陥った子たちが知恵を絞って生き抜こうとする姿勢に何かを感じたんでしょうね。それに家族で奥多摩や甲信越地方の山に出かけていた影響も大きいです。自然や予測不可能な状況に身を置いたときの面白さは幼少期から刷り込まれていたので、自分がテレビマンになったときに、そのパーソナリティをどう生かすかはずっと考えていました」

──レジャーとして海外旅行を楽しむことはありますか。

「実は、この仕事を始めてから旅行の概念がわからなくなっています。まずリラックス、リフレッシュしたいという気持ちが僕にはなく、リゾートにも興味がない。〝最高のホスピタリティ〟なんて必要ないんです。僕の喜びは自分がどれだけ能動的でいられるかということに比例しているのだと思います。ツアーなどで決まった楽しみを提供されるより、山の中でどう行動するかを考えるほうが楽しい。僕たち夫婦(パートナーはフリーアナウンサーの大橋未歩さん)は今、アメリカ移住に向けての準備を進めているのですが、それは日本が自分にとって予測可能な心地よい場所になりすぎてしまっているということでもあります。そうなるともう、ワクワクしないんですよ」

──移住となると大きな決断ですよね。アメリカ行きは上出さんにとっての新たな冒険なのでしょうか。

「そうですね。僕にとって冒険は、とにかく自分のコンフォートゾーンから逃げ出すということ。そして新たな環境の中で、自分をもっと成長させたいと思っています。無鉄砲ゆえに素っ裸になって帰ってくる可能性はありますけど、知見や知識は倍増しているはずなので、その上でまた新たなことができればいいかなという気持ちでいます」

──修業でもあるわけですね。

「日本の番組は国内向けに独自の進化を遂げてきました。しかし海外からおもしろいコンテンツが次々に流入している今、日本の映像業界は海外市場を意識した作品制作をしていかなければ先細りする一方だと感じています。だから海外移住は、映像制作者としての挑戦でもあります」

──『ハイパー』でいろんな人たちに出会ったことで、上出さんが得た気づきは何だったのでしょうか。

「とにかくいろんな生き方があると知れたのは僕にとって大きな財産です。もちろん経済的な豊かさはあるに越したことはないけど、それだけが幸せではない。家族のあり方も千差万別だし、 どんな生き方でも肯定されるべきだという確信は、今では僕を常に冒険へと駆り立ててくれる糧になっています。どんな生き方をしてもいいんだと思えるようになったのは、ずっと旅をしてきたおかげかもしれないですね」

“新視覚版”で上出遼平の冒険を追体験!


メディア従事者の仕事術まで紹介されている本作。通常は技術スタッフが同行するが、本番組のロケクルーは上出本人だけ。取材から撮影までをすべて一人で行う。


現地ドライバーとの会話のコマ。リベリアなまりのあるしゃがれた声でまったく言葉が聞き取れなかった。


反乱軍の要塞となっていたホテルを訪れたシーン。襲撃用の穴が至るところに空いていて、少年兵たちが命がけで戦っていた在りし日に思いを馳せる。過去の戦闘と自身を重ねた、漫画ならではの描写。


『ハイパーハードボイルドグルメリポート新視覚版 1 』
原作/上出遼平 漫画/山本真太朗
発行/秋田書店
価格/¥858(税込)


Photo:Takao Iwasawa Interview & Text : Daisuke Watanuki Edit : Mariko Kimbara

Profile

上出遼平Ryohei Kamide ディレクター、プロデューサー。1989年、東京都生まれ。テレビ東京でドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズ(2017年〜)を企画し、演出、撮影、編集まで番組制作の全過程を担う。上出自身が取材の道中や裏側を書き下ろした書籍が朝日新聞出版社より、そのコミカライズ「新視覚版」(漫画:山本真太朗)が秋田書店より発売中。

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