映画『怪物』企画・プロデュース 川村元気にカンヌでインタビュー「是枝裕和、坂元裕二から学んだ“物語”のこと」 | Numero TOKYO
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映画『怪物』企画・プロデュース 川村元気にカンヌでインタビュー「是枝裕和、坂元裕二から学んだ“物語”のこと」

76回目を迎えた今年のカンヌ国際映画祭で見事2冠に輝き、現在劇場公開中の話題作『怪物』。その企画者である川村元気が現地で語った、トップランナーの大先輩たちとの共闘において教わった物語の生み出し方について。

どう表現するのかという以前に、何を感じているか

去る5月に閉幕したカンヌ国際映画祭で公式コンペティションに出品され、全部門のノミネーションの中からLGBTやクィアを扱った最優秀作品に贈られるクィアパルム賞と、坂元裕二が最優秀脚本賞の二冠を達成した『怪物』。その華々しいレッドカーペットから、海外プレスからも絶え間なく質問が相次いだ記者会見、さらにパーティの夜に至るまで、メガホンを取った是枝裕和監督の傍には、今作のプロデューサーである川村元気の姿があった。

川村といえば、20代から『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』をはじめとする実写映画のプロデュースで手腕を発揮し、33歳で手がけた初小説『世界から猫が消えたなら』が全世界で累計発行部数200万部を突破。その後はアニメーション映画のプロデュースにも軸足を置き、企画制作会社STORY inc.を設立。『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』『竜とそばかすの姫』で細田守監督、『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』では新海誠監督と制作を共にし、宮崎駿以降の日本のアニメーションを世界的認知に貢献した一方で、2022年には自身の原作小説『百花』で初の長編監督としてデビュー。サン・セバスティアン国際映画祭の最優秀監督賞を受賞した。

世界とわたり合うエンターテインメントを切り拓いてきた背景には、本人が過去のインタビューでも徹頭徹尾言葉にしてきた「絶えず新人になれる場所を探している」という姿だ。『怪物』では、先に坂元とプロットを開発していた川村と共同でプロデュースを担った山田兼司が、物語の中で少年たちが重要な要素になるとわかった段階で、『誰も知らない』『そして父になる』、2018年には『万引き家族』でカンヌのパルムドール(最高賞)に輝いたことでも明らかな「子どもを大人と同じレベルで演出できる監督」として、是枝に演出を依頼。そこから坂元と是枝という最も尊敬する大先輩たちの仕事を、文字通り新人に戻って、つぶさに観察し続けたという。

「作り続けるというのは本当につらくて、僕が映画でも小説でも僅かな幸福を描きたいと思うのは、自分の人生のほとんどの時間がずっと苦しいからです(苦笑)。でも『怪物』を通して、トップランナーである是枝さんや坂元さんが、苦しみながらも作り続けようとする姿に感銘を受けました。そしてふたりが、今の世界をどう見つめ、何を受信しているのか。その深淵を見せつけられました。

つまり、どう表現するのかという以前に、何を感じているかということが大事で、優れたクリエイターはその受信力が頭抜けている。今回、このチームで仕事をして、重層的な感性で受信したことを、キャラクターや物語に落とし込むことができるのが日本という小さな国の強みだと改めて感じました。『怪物』もそれぞれの人物の複雑な感情のレイヤーを繊細に描いたことで、世界の観客とコミュニケーションできるストーリーに昇華されたように感じています。SNS上の喧嘩から国同士の戦争にもあらわれている、それぞれの正論を振りかざす不寛容な世界こそが、揺るぎないテーマになっています」

© Makoto Suenaga
© Makoto Suenaga

©Getty Images
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確かに『怪物』は、社会や内面からいつからか目を背け、気を紛らわす方にコミットする風潮に身を浸している側の観客にも、この世界をどう見ているか、そこから何を感じているか。目を見開いて、この世の中を、怪物化しているかもしれないその我が姿を見よと、迫り来る。

「相手に向いていたカメラがくるりと自分に向くことを映画ではカットバックと言いますが、僕を含むほとんどの人が自分の見た世界についてはアップやロングで語るのに、自分が相手からどう見えているかを想像する力が欠如していたりする。でも、是枝さんは子役の少年たちにもその人間力をもってフェアに接するのと同じように、年下のクリエイターにも遠慮なく意見させる空気感を出していて、彼らの提案をちゃんと取り入れて編集を変えてみた結果、『ごめん、やっぱり元に戻したい』とも言えてしまう。キャリアを積んでくると、だんだん何も言われなくなるし、自分の言ったことを撤回できなくなるものだけど、常に自分のアングル以外を試すことができることが大切だという学びは、大きかったですね。

坂元さんにしてもあんなに素晴らしいセリフを書く人でありながら『常に言葉を疑っている』と公言されてもいて、悔しさや悲しみを表現するにも、どう今までの類型に陥らず新しい表現を生み出せるかというシミュレーションを無限に繰り返している感じがありました。その姿に非常に感銘を受けましたし、坂元さんは実際に自分でもぶつぶつ呟きながら、セリフを書いている。それもある種、自分にカメラを向け続けている状態にも思えました。

映画はどうしても物語を進めるための会話に終始しがちですが、現実世界ではくだらないこともたくさん話すし、ましてや子どもたちなんてほとんど内容のない会話を延々としたりするわけで、そういう細かなリアルを拾い上げる坂元さんのセリフを引き受けつつ、物語としてのダイナミズムやスピードを落とさずヒューマニティに帰結させる是枝さんを、あらためてすごいなと感じ入りました」

©Getty Images
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そんな大先輩二人の間で、川村が是枝との編集のプロセスに至るまで徹したスタンスは、具体的にこうして欲しいというより、あくまで双方の良さが活きるアングルを探り続けることだった。その上でやはりいちばんは、是枝と坂元がまず世界や社会や人間に何を感じそれをどう表現していくのかを、ひたすら見つめることだったと反芻する。

坂本龍一のような音楽家はこの世界にもういない

川村は、『君の名は。』など新海作品でRADWINPSを、『バクマン。』ではサカナクションを起用するなど多彩な映画音楽のプロデュースでも知られるが、『怪物』を取り巻くもう一人の偉大な大先輩である坂本龍一とは、自身のプロデュース作において一つの到達点と語る李相日監督の『怒り』(2016年)で音楽を依頼した間柄。今作が遺作となった坂本の音楽は、カンヌでも深い哀悼の意をもって迎えられた。

「ラストシーンの後にスクリーンが暗転して、是枝さんと坂元さんのお名前に続いて“In memory of Ryuichi Sakamoto”というクレジットが流れてきたところで、会場から一斉に拍手とスタンディングオベーションが沸き起こった瞬間、カンヌの観客にこの映画が音楽も相まって受け入れられたことを実感できました。坂本さんと、是枝さんのプライベートなやりとりの中から生まれた『怪物』の音楽は、ラッシュを見た坂本さんが『子どもたちの姿に胸を打たれて作ることができた』とデモを送られてきたと聞いています。音楽が子どもたちの未来に語りかけているというか、ロジックを飛び越えたとても純粋な、でも絶対に坂本さんでしかない力強い音でもあって。そんなことができる作曲家はこの世界にもういないと思います」

© Makoto Suenaga
© Makoto Suenaga

今作の音楽については是枝もまたカンヌでの公式会見の場で、生前の坂本が「(クライマックスでもある)音楽室のシーンが素晴らしいので、邪魔しないようにやりたいと言っていただいた」と振り返っている。そして今年のカンヌの初日のレッドカーペットの冒頭、坂本の映画音楽の代表作である『Merry Christmas Mr. Lawrence』が予期せず流れ、映画ファンの感慨に触れたことも記しておきたい。

「映画を作るにしても小説を書くにしても、年を重ねて解像度が上がる一方で、かつての何倍も時間がかかります(苦笑)。若い頃のように勢いで書けないから、キャリアを積んでしまったクリエイターはみんな苦しくなっていく。

『怪物』は自分にとって42本目のプロデュース作品で、周囲からは『お前もそろそろ後輩に教える立場だよ』という言葉が聞こえてきたりするけど、今回大先輩たちとこうして仕事ができて、まだまだ勉強しないとなと改めて思いました。

今年のカンヌでも、ビクトル・エリセやマーティン・スコセッシやヴィム・ヴェンダースといった、存在そのものが映画史みたいな大先輩の監督たちがやってきて、彼らもまた作り続けている。僕もますます苦しみを引き受けて(苦笑)、物語の力強さをより信じて作り続けなきゃいけないなと思っています」

映画『怪物』

現在東宝シネマズ日比谷ほか全国ロードショー中
https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

Edit & Text: Yuka Okada Photos: Kazuko Wakayama(Genki Kawamura’s Portraits)

Profile

川村元気Genki Kawamura 1979年横浜生まれ。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。2011年、優れた映画制作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2018年、初監督短編作品『どちらを』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に出品され、2022年には『百花』にてサン・セバスティアン国際映画祭にて最優秀監督賞を受賞。2023年には『すずめの戸締まり』がベルリン国際映画祭のコンペティション部門にノミネート。日本のアニメーション映画としては2002年の『千と千尋の神隠し』以来の快挙で、日本映画としての海外興行収入は史上最高を記録した。作家としては2012年、初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、同作は28カ国で出版。他著に小説『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』、対話集『仕事。』『理系。』、初の翻訳本『ぼく モグラ キツネ 馬』など。2024年春には米津玄師やあいみょんのMVなどでも注目を集めてきた山田智和が初監督を務める『四月になれば彼女は』の実写映画が公開予定。

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