作家・山下紘加 インタビュー。彼女の創作とその原点に迫る。 | Numero TOKYO
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作家・山下紘加 インタビュー。彼女の創作とその原点に迫る。

芥川賞候補になった小説『あくてえ』が話題の作家、山下紘加。 ラブドール、クロスドレッサー(異性装者)、フードファイター、介護者まで、さまざまなテーマに深く潜り、力強い文体で描き切る—彼女の創作とその原点に迫る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年10月号掲載)

 

作家・山下紘加が生まれるまで

──山下さんのライフスタイルに欠かせない場所の一つが紀伊國屋書店の新宿本店とのこと。いつくらいから行くように?

「保育園の頃からですね。親に連れて行ってもらって、児童書コーナーで3、4時間ずっと本を読んでいるような子どもでした。中高生くらいからは一人でも行くようになり、さまざまな分野の本を読むようになりました」

──親御さんも本が好きだった?

「純文学からエンタメまで、さまざまなジャンルの本を読んでいたようです。家には絵本が本当にたくさんありました。私が母のお腹にいるときから読み聞かせをしてくれていたようです。保育園から小学生にかけて読んだ本で、今でも強烈に印象に残っているのは『スーホの白い馬』『水底の棺」『駆け抜けて、テッサ!』「魔法の声」「レ・ミゼラブル」『草枕』です。アレックス・シアラー、ロアルド・ダールの作品も大好きでした」

──書くことへの興味が生まれたきっかけは?

「小学生の頃から、本を読んでいるときに漠然と『書きたいな』とは思っていたんです。最初に書いたのは小学4年生のときの自由研究で書いた絵本のようなものでした。教室の後ろに置いてもらってから、クラスのみんなが読んだり感想をくれて、そのとき初めて人に読んでもらう楽しさを知った気がします。あと、絵がすごくうまい友達と共作もしていました。『ブックンとしおりちゃん』というタイトルで、本と栞のキャラクターが出てくる絵本を、友達が絵を描いて私が文章を書いたのですが、これも楽しかったです」

──その頃から小説家になりたいという憧れがあった?

「小さい頃から作家になりたかったです。小学校の校長先生と図書室の司書さんと本をきっかけに交流が生まれて、いつも本の話をしたり、書いた作品を読んでもらったりしていました。小学校低学年くらいまでは童話を、中学校の前半は児童文学を書いていたのですが、中学3年生のときに江國香織さんにハマり、『神様のボート』(新潮文庫)という小説にすごく影響を受けて。それからですね、純文学を書きたいと思うようになったのは。でも最初は原稿用紙換算で30枚くらいしか書けないし、終わらせ方がわからなくて完結できませんでした。だんだん数をこなしていくうちに、最後まで書けるようになって、高校1、2年くらいには大体100枚くらい書けるようになっていましたね。その頃から小説家になりたい、書くことを職業にしたいと思うようになりました」

──文芸部などに所属して創作活動をされていたんですか?

「そうではなく、完全に趣味として書いていました。小説って一人で書くものというイメージが私の中では強くて。だから、あまり誰かと一緒に活動するという感じがなかったです。小説家を目指していたときに、同年代の子や学校の先生に『小説家になりたい』と言うと、『どんな小説を書いているの?読ませてほしい』みたいな流れになることが多く、書いたものはけっこう読んで感想をもらっていました。あと知人で、歳は離れているんですけど、私が高校のときからデビューするまでの作品を全部読んでくれていた人がいて。作品ができたら、その人のところに持っていき、感想をもらっていました。感想をもらえるのはとても励みになっていました」

──親御さんの反応は?

「デビューした頃は、親には見せていませんでした。第3作の『エラー」からは読んでもらって、4作目『あくてえ」に関しては、現実で介護に苦労していたので、『外側からはわからない介護の大変さを書いてくれて、今までの苦労が報われたような気がする』と言っていました」

純文学とエンタメ作品の狭間で

──「あくてえ」の主人公ゆめの母親のモデルはお母さまですか?

「母ではないのですが、母が介護をしている姿は間近で見ていました」

──ーだから介護の描写がリアルなんですね。ゆめが小説家志望なのは、かつての山下さんと重なるような印象を受けました。

「確かにそうですね。重ねたほうが良い小説になると思って、あえて重ねたところはあります。今までの小説は想像力を膨らませて書いていくことが多かったのですが、『あくてえ』は実体験をもとに書いた部分があります。今はノンフィクション作品を読むのにハマっているので、実際にあった事件のルボルタージュや新聞記事から想像を膨らまして書くこともあります」

──感情をうまく言語化できずにモヤモヤを心にためてしまう登場人物たちの気持ちを、山下さんがなぜ深く理解できているのかも不思議で。

「私自身、保育園に通っていた頃は自分が思っていることを伝えるのがすごく苦手でしたが、大人になるにつれて、わりとはっきりと物を言うようになりました。ただ、幼い頃に自分の気持ちをうまく言語化できずに歯がゆさを覚えていたことが、いま小説に反映されているような気がします。あと子どもの頃に感じた『嫌だな』という感情も、そのときに感じたというよりも大人になってから『あのとき嫌だったな』と思ったりと、けっこう時差があるんです。例えば今日起きたことも、何日かたってからわりと冷静に見られるというか」

──ちなみに作品のテーマはどうやって決めていますか。

「もう本当にその時々に『あ、これを書こう』みたいな感じです。ただ、書きたいものがあっても『もう少し時間を置いてから書いたほうがいいかな』という場合もあります。あと最近、純文学を書こうと意識すると、あまり書けないんです。ご依頼をいただいて『この文芸誌に……』とイメージして書き始めても、『なにか違うな』という気がしてしまう。今、エンタメ作品の短編集のご依頼をいただいていて5話ほど書く予定なのですが、1話を7割くらい書いてから『これ、純文学にしたほうが面白いな』と書き直して、そっちを純文学に仕上げたりすることもあります」

──山下さんは純文学とエンタメ作品の定義をどうされていますか?

「人間の根源的な悲しみのようなものに触れて、そこを掘り下げたくなったときが純文学かなと思います。エンタメだと、ある程度オチをつけなければいけないけれど、純文学の場合はそこまで必要ないというか。例えば事件性のある作品を書いても、エンタメだと最後に主人公に罰を与えるなど、わかりやすい結末を読者に提示する必要がありますが、純文学だと白黒はっきりつけなくても良い書き方ができる気がしています。純文学のそういう部分が私は好きですね」

──読者が行間を読んで、奥行きを感じてくれるのもありますよね。

「そうなんです、書いてない部分にも何かを感じ取ってもらえますよね。でもエンタメ、特にサスペンス系のジャンルに憧れはあって。憧れはあるものの、あまり長さのあるようなものを今は書けないような気がしています。小説を書くとき、物語へ没入するにはかなりの集中力とエネルギーが必要で、そしてそれらを最初から最後まで維持しなければいけない。長いものを書く場合、今の自分はそれを維持できない気がするんです。多分300枚を超えたあたりから、自分の集中力、緊張感の糸が切れそうで。今は自分の書ける範囲、書ける分量で、数をこなしていきたいです」

──すごく集中力ありそうなのに!

「集中力はあるんですけど、持続力は本当にないのでこれから鍛えていきたいです。このままだとエンタメの短編集が永遠に完成しなさそうなのですが、エンタメ作品の編集者さんは待ってくれると言ってくださっているので、コツコツ書き続けていきたいです」

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Photos:Harumi Obama Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

Profile

山下紘加Hiroka Yamashita 1994年、東京都生まれ。2015年、「ドール」で第52回文藝貸を受営しデビュー。「クロス」「エラー」を発表した後、22年に小説家志望のゆめと母親のきいちゃん、そして憎たらしいばばあとの悪態の応酬溢れる日常を描いた「あくてえ」が第167 回芥川龍之介賞候補に。

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