木村文乃インタビュー「理解しなくてもいいという現場が心地よかった」
最近では『本気のしるし』がドラマ、劇場版ともに大きな話題となった映画監督の深田晃司。先日ヴェネツィア国際映画祭にも出品された最新作『LOVE LIFE』は、木村文乃が演じる大沢妙子が直面したある出来事から、夫の二郎(永山絢斗)や義理の両親、前夫であり韓国籍のパク(砂田アトム)との想いが交錯していく、愛について深く問う作品だ。観客をあらゆる感情の渦に巻き込む本作を「演じていて楽しかった」という主演の木村文乃に、妙子という人物像や深田監督との交流、趣味のダイビングについても聞いた。
「そこにいるだけでいい」と深田監督に言われて
──今作『LOVE LIFE』への出演を決めた理由は?
「これまでやってきたお芝居のやり方を変えたいと思っていたタイミングで、この作品のお話をいただいたんです。これはご縁だと思いました。監督の考えとして、役者さんに考えさせてはダメ、答えはすべて台本に書いてある、というのがあるそうなんです。台本では登場人物が誰一人おざなりになっていないし、演じる側が迷わないように書いてくださっていて。監督の優しくて繊細な人柄が詰まっていると感じましたし、小説を読んでいるような気持ちになりました」
──リハーサルや撮影中に、深田監督とはどんなコミュニケーションを?
「監督は、キャスティングの時点で8割ぐらい完成しているので、あとはチューニングを合わせる作業だとおっしゃっていました。だから、私はドラマの撮影が終わってすぐ、永山さんはドラマの撮影中だったので、いわゆるドラマっぽいお芝居の仕方をしてしまいがちなんですが、監督がそれはしなくていいと。お芝居はこうしなきゃいけないという固定観念に囚われている身と心をほぐしてくれた時間だったと思います」
──今作では韓国手話にも挑戦されていますね。
「日本語で書かれた韓国の手話の教材がないので、事前に先生に教えていただいた動きをまず覚えて。でもそれよりも、そこに気持ちをのせるために、口の動かし方やどう表情を作っていくかのほうが大変でした。先生と砂田さんが手話でやりとりをしているのを横から見ながら、こうやって感情を伝えるんだっていうのを学んでいきました」
──妙子という人物を演じて、共感した部分、難しかった部分は?
「今でも、妙子の気持ちはすべて理解していないんじゃないかと思います。私は母親でもないし、人道支援もしていないし、手話を日常で使うこともない。だから、ただ妙子を生きてみたという感覚です。台本に書いてある通りにそのシーンを演じたけれど、そこに私なりの妙子の解釈を挟み込むと監督の思い描いていたものと違ってしまうし、私も『仕事をしている』という感覚になるので、あえて妙子の気持ちを理解しようとは思わずに撮影していたところはあるかもしれません」
──それが「芝居のやり方を変える」ということにつながっていったのでしょうか。
「そうですね。お芝居は誰かの人生を生きることなのに、それが“仕事”という感覚になってしまって、お芝居=仕事と捉えることがつらくなってしまったんです。私が本当にやりたいことってなんだろうと思っていたタイミングだったので、監督からそこに立っているだけでいい、余計なことはしなくていいと言われたのがすごく新鮮だったんです。永山さんも不安になったのか、監督に『こんなに普段のようにボソボソしゃべっていていいんですか?』と聞きにいっていて、監督は『今のような感じで話してくれればいい』という感じだったんです」
──いつもと違うやり方をしてみて、手応えのようなものは?
「まだ1本目なのでどうでしょうか。私はこの方法は楽しいと思ってやっていますが、観る人が心地よいとは限らないので、みなさんの反応が気になるところです」
──ご自身で出来上がった作品をみてどう感じましたか。
「監督は怖い人だなと思いました。撮影中はいい緊張感があって、監督とピンと張り詰めたピアノ線みたいなものでお互いがつながっている感覚があったのですが、何かの拍子でその線が緩んでしまうような感覚になったシーンもあって。そこは全部カットされていたので、監督もやっぱりそう感じていたのかなと。それだけが理由じゃないかもしれないですけど、深田監督はカメラの前に立つ人の些細な感情の動きをキャッチする方だったので、気付かれていたと思います」
──永山さんも「監督は宇宙人のような人だ」と言っていました。
「そう言われてみると、確かにそうかも(笑)。でも、人の心の奥を覗き込むような人は暗い部分に侵食されていきそうなものなのに、監督はいつも穏やかで優しい方なので、どうやって心の引き出しにしまっているのか不思議です」
──今作は矢野顕子さんの楽曲「LOVE LIFE」にインスパイアされた作品ですが。
「毎朝、撮影の前に聞いていましたけど、最初に聞いた時、矢野さんの歌と曲の世界に引き込まれてしまう感覚があって、終わりまでちゃんと聞くには時間がかかりました。なるほどなぁ、ここから1つの作品が生まれるくらいのパワーがあるなぁと感じましたし、おそらく妙子は、この物語の後、これからこの曲の意味を知っていく人なんだと思いました」
──妙子を演じる中で、喜怒哀楽、どの感情を感じた時間が多かったのでしょうか。
「感情というよりは、ずっと『どうして? なんで?』と思っていました。例えば、義母に『つらかったよね』と慰められるシーンでは、そのつらいのは誰の気持ちなんだろうとか。いろんな出来事に直面するたびに、どうしてそんなことを言うのか、どうしてそう思ったのか、そんな戸惑いのほうが多かったような気がします」
──今作のいちばんの見どころを教えてください。
「日本のどこにでもいる人たちの物語です。登場人物は人間味があふれているからこそ、つらい現実や目を背けたくなる出来事があってもちゃんと見守っている人がいて、救ってくれる人がいるんだということがわかる、優しい気持ちになる作品だと思います」
忙しい仕事の合間を縫って、海に潜る日々
──プライベートについてもお伺いします。木村さんといえば、海専用のインスタグラムアカウント(@uminokimura_official)があるほど、ダイビングに熱中されていますが、お仕事で忙しくてなかなか行けないのでは。
「逆に、海に行って忙しくしています(笑)。今は国内だけですが、北から南まで日本中あちこちで潜っています」
──北と南では違うものですか?
「全然違います。海にいる生き物も違うし、もちろん水温も違うので、装備も変わります。南の海も好きなんですが、今は北の方が面白くて。寒い海に入ると気持ちがキュッと締まって、生きている実感が湧くんです。技術的にも難しいので、そこに挑戦することが楽しいです」
──好きなスポットは?
「仙台まで新幹線で行けるから、女川に行くことが多いですね。ダイビングは海に潜った後、24時間は飛行機に乗れないんですね。体内の窒素が気泡化してしまう減圧症のリスクがあるので、それを防ぐために時間を空けないといけないんですが、そうなると日帰りや1泊は難しいので、新幹線で行ける距離はすごくありがたいんです」
──仕事の合間を縫って潜っているんですね。
「そう。先日も女川に行ったんですが、台風の影響で海に入れないということになって。でも、せっかくだから何かできないかと聞いたら、川の滝壺で潜れると教えてもらったんですね。それで川で潜って、その近くの山にも登ってきました」
──アクティブですね! 川と海は違うものですか?
「淡水は海水に比べて浮力が弱くて、逆に沈むので、潜る技術が変わってきます。でも、これはこれで面白かった」
──かなりハマっていますね。
「ダイビングは続けやすいスポーツではなくて、自分の状況が変わったりすると行けなくなることもあるだろうから、今のうちにやっておこうと思っています。なにせ装備が全部で20キロぐらいになるので、いつまで腰が耐えられるかという問題もあるんですよ。海外旅行ならいくつになっても行けるけれど、わざわざ装備を持って海外の海で潜るなんていつまでできるかわかりませんしね。できれば80歳になっても潜っている人になりたいですけど」
──ダイビングのために、普段から体を鍛える必要はありますか?
「どちらからというと体力よりメンタル面のほうが大きいかも。潜ると会話ができないから、いかに塞がれた状態で安定した状態でいられるかが重要かもしれません」
──今、気軽に海外旅行に行けない状況ですが、海外で潜るとしたら?
「メキシコの海。ザトウクジラに会いたいです。日本でも見られるんですけど、3月の一瞬だけとか時期が限られてしまうので仕事の都合が合わないと行けないんですけど、メキシコだといつもいるらしいので、いつかまとまった休みができたら行ってみたいと思っています」
『LOVE LIFE』
監督・脚本・編集/深田晃司
出演/木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、三戸なつめ、神野美鈴、田口トモロヲ
主題歌/矢野顕子「LOVE LIFE」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
全国公開中
https://lovelife-movie.com/
Photos:Ayako Masunaga Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Sayaka Ito