小泉今日子 × 江國香織 対談「言葉に向き合う二人の現在地」 | Numero TOKYO
Interview / Post

小泉今日子 × 江國香織 対談「言葉に向き合う二人の現在地」

2021年4月にスタートした小泉今日子がパーソナリティを務めるSpotifyのオリジナルPodcast番組「ホントのコイズミさん」(毎週月曜日0時配信)。本をキーワードに小泉自身が会いたい人や行ってみたい場所を訪ね、ここでしか聞けない“ホント”の話を繰り広げるほか、この番組のために作った音楽も聴く人を惹きつける。今回は作家の江國香織をゲストに迎えた収録後、二人にインタビューを行った。書く人、話す人、また、時には歌う人として。それぞれのアプローチで常に“言葉”に向き合う二人の創作背景や興味の矛先を聞いた。

小泉今日子(以下、小泉)「江國さんと対談するのはかなり久しぶりでしたが、そんなに時間が経った感じがなくて」 江國香織(以下、江國)「そうですね。そもそも私は人生の途中から時間の感覚が変で、2年前なのか、5年前なのか区別がつかない(笑)」 小泉「あはは。たぶん、2年前だとしても、5年前だとしても久しぶりに会った時の感覚って変わらないですよね」 江國「そうですね。そう思います」 ──会わない間に二人の生活にも変化があったと思います。収録中、江國さんは旅先で小説のインスピレーションを得ることがあると話されていましたが、今、旅に出にくくなったことで、インスピレーションを得る方法に変化はありましたか。 江國「旅先でインスピレーションをもらうことは多かったですが、インスピレーションをもらうために旅に行っていたわけではないので、家にいても、どこにいても物語の種はあります。ただ、仕事に関係なく旅に行けないこと、それが窮屈ですね。旅に出ることで得られる“自分が新しくなる感覚”が恋しいというか」 小泉「わかる気がします。引っ越した時とか、外国のホテルに着いた時とか、自分が新しくなったような感覚になりますよね」 江國「そうなんです。旅に出る前は、家のこととか、原稿のことを考えて「旅に行かなければこれができる、あれができる」と思う。ギリギリまで誰かに電話をかけたり、バタバタしてるのに、いざ旅に出た瞬間『もうどうなってもいい』と。あの感じが好きで。飛行機に乗ってしまえば、自分にはそれまでの人生がなかったかのような、失うものは何もないっていう気持ち。錯覚なんですけどね(笑)。だから、去年、今年と旅に行かれないのが少し窮屈」

──日常と切り離された場所に身を置けることが旅の良さでもあると。小泉さんは作詞もされますが、インスピレーションはどういうところで得ていますか?

小泉「私の場合はメロディーが先にあって、そこに詩を合わせていくので、通訳をしている感覚に近いんです。音を聴いて『何が言いたいの?』と尋ねる感じ。何度も聴いていると『あ、出だしは絶対にこの言葉だ』とわかる。あとは『それから?それから?』って音に聴きながら詞を書いています」

──作詞をする前に、作曲家やプロデューサーから曲のテーマを事前に聞くこともあるのでしょうか。

小泉「ないですね。メロディーを聞いて私が感じたことがテーマだから、特に言葉で何か説明をされるってことはなくて。私はただ『この人はどこにいるのかな?そこは雨が降っているのかな、もしくは晴れているのかな』と音を聴いて考える。でも、作詞とはあまり関係なく、普段からいろんなことを考えたりとか、空想してることが自分の頭の中に散らばっていて、そのピースを集めてパズルを合わせる感じもあるのかもしれない。自分の言いたかったことが整理されて、メロディーにピタッとはまっていく感じ。江國さんはこれまで歌詞を書いたことありますか?」

江國「あることはあるんです」

──詩を作ることと、歌詞を作ることは違いますか。

江國「違いますね。とても難しかった。森進一さんが歌ってくださったんですけど……」

小泉「へえ!」

江國「私の詞がどうしても音楽に合わなかったみたいで、歌詞の一部がセリフになったんです。森さんが歌の途中でしゃべるっていう」

小泉「それもすごく良さそう」

江國「森さんの声のおかげで素敵な曲になりましたが、私は作詞をするときにあまりイメージができなかったんです。どのくらいの文字にしたらちゃんと音楽に合うのかとか」

小泉「逆だったら楽しいかもしれないですよ。メロディーが先にあって、そこに言葉をあてていくっていう」

江國「たしかに。それは楽しいかもしれないですね。私、絵が先にあって、そこに文章をつけることが好きなので」

小泉「きっとそれに近いと思います。江國さんの書いた歌詞、ぜひ聴いてみたいな」

江國さんの小説を読むと美人になれる

──収録中、江國さんはご自身の名前を伏せていても文章で江國さんだとバレてしまうという話もされていました。もしかすると、歌詞だと書いた人の人格をぼやかせるというか、誰が書いたかわからくなるのかもしれないと思いました。

江國「ね、どうなんでしょう。森進一さんに歌っていただいた歌詞は私が20代半ばに書いたものだから、もしかしたら私だと気づかれないかもしれないです」

──詞や詩、文章などで別人格になること。一方で、小泉さんは芝居で違う人になることをされていますが、どうですか。

小泉「そうですね。でも、私、あまり演技が上手じゃないから、自分ができる役しか選んでないんですよ。“本物の俳優”ってチャレンジすることが好きだと思うんです。たとえば、ハリウッド俳優の方とか、ものすごく痩せたり、ガッチリした肉体になったり、歯を抜く方もいますよね。そういう話を聞くと『本当にすごい。尊敬する』って思うんですけど、ある時、人から『今日子さんだってそういう役が来たら引き受けるでしょう?』って聞かれたことがあって、『え、ちょっと待って。私だったら?……断る!』って(笑)。発声や声色を変える俳優さんもいらっしゃいますが、私はそこまでの技術がないから、精神性だけで成立するというか、ムードだけでどうにかやってるって感じがあるんです」

──観ている側としては、娘を見守るお母さんになったり、殺人犯になったりもして、小泉さんは本当にいろんな役をやられるなと思っていました。江國さんの作品にもいろんな人物が登場しますが、頭の中でこういう声なんだろうな、こういう体型なんだろうなと想像されますか。

江國「そういう時もあります。書いている間、自分がその人物になっているような気持ちになることもあって、そういう時はかなりうまくいくというか、自分としては満足したものが書けることが多いですね。特に長編を書く時は、人物をかなり細かく設定します。小説の中で具体的に背の高さは出てこないんだけれども、身長は何センチなのか、小柄なのか、大きい人なのかは考えますね。抱き合うシーンがあれば、相手は背伸びしたほうがいいのかとか。髪は長いのか短いのか、朝は必ずコーヒーを飲むのか、お味噌汁を飲む人なのか」

──江國さんの作品に出てくる人物は素敵な名前が多くて、どうやって思いつくのかなと。

江國「名前を決めるのは毎回四苦八苦しています。でも、名前はとても大事なので、“これでよし”というのが決まらないと書けないですね」

小泉「私、江國さんの小説を読んでいる時、美人になれるんです。自分がその人物になったつもりで読むから、すごく美しい人になっている。ムードがある人というか」

江國「うん。ムードっていろいろありますけど、大事ですよね。顔の造作とか、大きい、小さい、太ってる、痩せてるとかだけじゃなくて、その人の醸す雰囲気。それって外に発散されているものだから、小説でもそこはきちんと書きたいなと思っています」

小泉「江國さんの書く男性もかっこいいんだろうなって思って読んでるんです。すごくハンサムってわけじゃなくても、ムードがありそうだなって」

江國「どうだろうなぁ。わりと男の人に関しては、いじわるなくらいダメな人を書いている気がする(笑)」

小泉「そうですか?(笑)。でも、頭に浮かぶのはムードのあるかっこいい人です」

江國「たしかに恋愛小説であれば、骨まで溶けちゃうような相手なわけだから、そういうところはあるかもしれないですね」

──小泉さんは男性の気持ちになって詞を書くことはありますか?

小泉「意図して一人称を「僕」と書いている歌詞は結構ありますね。少年というか、思春期ぐらいの男の子のイメージですけど。でも、大人の男の人になったことがないから今度書いてみようかな」

──演技で大人の男性になることは難しくでも、作詞という創作の中だと可能なのかもと思いました。

小泉「以前、加藤治子さんのお宅に伺った時、昔の舞台写真をいっぱい見せてもらったんですね。その中に、加藤さんが30代の頃だったと思うんですけど、半ズボンを履いて少年の役をやってらっしゃる写真があって。舞台だったら少年ができるんだ!って。いつかやりたいと思ってるんです」

江國「うわぁ、それはぜひ観たいです」

小泉「大竹しのぶさんも少し前に『にんじん』という舞台で、少年役をやられていましたし、私も早めにやっておきたいな。体力のことも考えたら(笑)」

──江國さんは新たにやってみたいことありますか?

江國「やっぱり外国語をやりたいですね」

小泉「英語以外で?」

江國「はい、英語以外で。英語ももっとうまくなりたいけど」

小泉「どこの言葉って決まってますか?」

江國「決まってはないんです。ただ、中国語とかデンマーク語とかは基礎がまったくないし、ましてやアラビア文字はどこまでが一文字かもわからないのでちょっと難しいなと思っていて。となると、昔ちょっとかじったことがあるスペイン語が現実的かなと。フランス語は発音が難しいじゃないですか。鼻に抜ける音とか」

小泉「わかります。Rの発音も難しいですよね。以前、パリに行ったとき、『Robert Clergerie(ロベルト クレジュリー)』っていう靴屋さんに行きたくて、どこにあるのか現地の人に聞きたいんだけど発音できなかった。Rが多すぎて(笑)。Rが多くなかったら言えたはずなのにって。文字で書いておけばよかったと後悔しました」

「なければ、作ればいい」から生まれた「黒猫同盟」

──今回、Podcastという形でお二人の対談が実現しましたが、小泉さんが思うPodcastの楽しさを教えてください。

小泉「ラジオのようにお話をする番組ですが、自由度が高いところが楽しいですね。放送局のラジオ番組だと、途中でコマーシャルが入ったり、ある程度フォーマットが決まっているけど、Podcastは特にルールがなくて、こんなふうにロケに出て収録もできますし。ただ、既存の曲を流せないんですよね」

江國「そうなんですか」

小泉「ライセンスフリーの曲しか使えないんです。で、『オリジナルの曲だったら流せるのでは!?』とひらめいて、この番組で音楽を流すために、新しいユニット『黒猫同盟』を作ったんです。それを思いついた時、気分はマリー・アントワネットでした。『既存の曲がかけられなければ作ればいいじゃない』って」

江國「ふふふ。かっこいい!」

小泉「で、友人のミュージシャンの上田ケンジさんに『ちょっと相談があるんだけど』って恵比寿にある『銀座』という喫茶店に呼び出して」

江國「わぁ! あそこ、まだタバコ吸えるかな」

小泉「吸えます(笑)。相変わらずです」

黒猫同盟
黒猫同盟

──「黒猫同盟」の由来は?

小泉「上田さんとたまたま同じ時期に二人とも黒猫を飼ったので、じゃあ『黒猫同盟』にしようって。私たちの曲は『黒猫の目線を通したこの世の中を描く』というテーマで、ちょっとピリッとしたところも歌詞の中に入れています。風刺とまではいかないんですけど、社会に対して文句を言ったり。でも、それは私ではなくて、『猫が言ってるんですよ』っていうテイで(笑)。ちなみに、黒猫が住んでるのは、日本ではなくてパリなんですよ」

江國「黒猫はパリが似合いますよね」

小泉「そうですよね。最初に作った曲は『Un chat noir(黒猫)』って曲なんです」

──「黒猫同盟」は今年のフジロックにも出演予定ですね。

小泉「そう。これは偶然だったんですけど、上田さんが津田大介さんと古くからの知り合いで。津田さんがフジロックでアトミックカフェというブースをやっていて、そこは、みんなで社会のことも考えつつ、ライブもやりましょうというブースなので、黒猫同盟にぴったりだね、と。トークとライブを披露する予定です。本当は10月くらいにライブをやろうと思ってたんですけど、フジロックが初ライブになっちゃって。できるのかな?って、ちょっと心配(笑)」

江國「フジロックっていつですか?」

小泉「8月21日なんです」

江國「もうすぐですね」

小泉「リハもまだしてないんですけど(笑)。でも、楽しみです」

ホントのコイズミさん

無類の読書家である小泉今日子が、本に関わる人たちをゲストに招き、一緒に本を囲みながら、日々の暮らしや人生観、本が誘う新しい世界などについてお互いの体験や考えを語り合うPodcast番組。黒猫同盟の音楽にも注目! Spotifyにて毎週月曜0時配信。江國香織がゲストの配信日は、前編を8月2日(月)、後編を8月9日(月)に配信。
URL/http://spoti.fi/HontoNoKoizumisan


黒猫同盟
『Un chat noir』(2021年9月29日リリース)
¥3,300(ビクターエンタテインメント)

 


 

Interview & Text: Mariko Uramoto Edit: Yukiko Shinto

Profile

小泉今日子Kyoko Koizumi 1966年2月4日、神奈川県生まれ。1981年に日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」に出場し合格。翌82年に歌手デビューし、数々のヒット曲を放つ。俳優として映画やドラマ、舞台などにも多数出演。エッセイをはじめ文筆家としても定評があり、エッセイ集『黄色いマンション 黒い猫』では第33回講談社エッセイ賞を受賞。2015年には自らが代表を務める株式会社明後日を設立。20年、外山文治監督の映画『ソワレ』のプロデュースに参加。
江國香織Kaori Ekuni 1964年東京生まれ。1987年『草之丞の話』で毎日新聞社主催「小さな童話」大賞を受賞。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本 周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、12年『犬とハモニカ』で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。作品は小説のほか、エッセイ、絵本、詩、翻訳など多岐にわたる。近著に『去年の雪』(20)、『旅ドロップ』(19)など。

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