ロンドンファッション界の精鋭、グレース・ウェールズ・ボナーにインタビュー
ロンドンコレクションで最も注目されているブランドの一つ「ウェールズ・ボナー(Wales Bonner)」。2014年セント・マーチンズ卒業後ブランドをスタートし、文学や音楽、アート、歴史など多様なジャンルの綿密なリサーチに基づくコレクションで知られる。イギリス人の母とジャマイカ人の父のもと生まれ、ユーロ&ブラックカルチャーのハイブリッドなミックスに定評がある。新型コロナウィルスによる約3ヶ月間のロックダウンを経て、今、ロンドンのアトリエに戻ったデザイナーのグレース・ウェールズ・ボナーに話を聞いた。
グレース・ウェールズ・ボナーが語る、多文化主義の象徴となる新しいスタイル表現
──ロックダウンの期間中はどうされていましたか? 「ブランドを創設して以来、常に未来のことばかりにフォーカスしていて過去を振り返ることがなかったので、良い機会になりましたね。この5年間に成し遂げてきたことを一旦振り返り、その上で改めてブランドの価値やミッションについて考える時間を持つことができました。 これまではクリエイティブ面に注力してきましたが、ロックダウン中は現実的なビジネスのあり方も再考し、自分の脳の違う部分を使ういい訓練にもなったかもしれない。今後は何にせよ、本当に作る価値のあるものに特化していきたいと思っています」──なぜファッションデザイナーに、そしてメンズからスタートしたのでしょうか?
「昔から自分のアイデンティティやコミュニティがどのようなイメージで表現されてきたか、という歴史に興味があったのです。10代の頃、結構な長距離をバス通学していたのですが、その車中、さまざまな人々の服装やスタイルに注目するようになりました。インド人のコミュニティやモスクに出かける人たち、中でもアメリカ的なスポーツウェアを英国の伝統的なアイテムと合わせるハイブリッドな着こなしには心を奪われました。
多種多彩なグループの人に遭遇する中で、服装とはロンドンのマルチカルチャーやダイバーシティの象徴でもあり、着る人たちのリアルなマニフェストになっている、と気づいたんです。音楽や文学など他分野の学びも深めていく中で、自分の進路としてアーティストかファッションデザイナー、もしくは歴史研究家になるべきか、と迷っていたのですが、セントラル・セント・マーチンズを卒業する頃になってファッションこそが、豊かなニュアンスを携えながらコミュニケーションするにはとても良い手法だ、という結論に至ったのです。
メンズから始めた理由は、自分のアイデンティティ表現として歴史がどのように黒人のスタイル、黒人男性のボディを結びついているか、という特定の文脈を解読するフレームワークとして適当だと思ったからです。そして女性である自分自身と一定の距離を置けるので、よりプレイフルにアイデアを表現することができます。
私がメンズウェアを始めた頃、特にブラック系ファッションはストリート系に偏っていて、あまりエレガントで洗練されたデザインがなかったんです。過去に遡ってみれば、歴史的には70年代などメンズウェアがもっと表現豊かでセンシュアルだった時代もあるのに。だから、自分は一元的に捉えられがちな黒人スタイルの男性性を解放し、異なるバックグラウンド、様々なスキントーンの人々が織りなす多元的なニュアンスや耽美的な要素を持った新しいスタイルとして表現してみたいと思いました」
──「ウェールズ・ボナー(Wales Bonner)」のメンズコレクションはスリムなシルエットも多く、ある意味でフェミニンでもありますよね。女性のお客さんも最初からいたのではないでしょうか?
「はい、ファーストシーズンからウィメンズラインとして展開する店もありました。だから、2018年FWからウィメンズコレクションを作るようになったのも自然な流れではありますね」
──ウィメンズコレクションはどのような女性像を持って作られていますか?
「自分自身のスタイルをもち、テーラリングやシャツなど英国の伝統的な製法やクラフト、ユニフォーム的な服装に興味を抱く人たち、でしょうか」
──ディオールの2020年クルーズコレクションにコラボレートデザイナーとして招聘され、ディオールのアイコニックな“ニュールック”をインスピレーションとしたデザインを発表されましたね。特にジャケットをデザインされる上で、英国的なテーラリングとの違いは感じましたか?
「ディオールのアーカイブの中で、特に初期の作品にピュアな創作、ある意味ミニマルな表現を見いだすことができたのはとても勉強になりました。ディオールというハウスコードを使って女性用のジャケットを作る上で、パッドを駆使しながら彫刻的なフォルムを作っていく過程は英国のメンズテーラリングとは異なり、とても新鮮でした」
──コレクションを作る際、どのようにインスピレーションをまとめていますか?
「大抵は文学から始めることが多いです。そこを始点としてその周辺のリサーチ──ヴィジュアルや学術的な文献、音楽、環境、そしてその背景にある男性のワードローブや生地素材などへ広げていきます。図書館にもよく足を運びますね、自分のやり方はオールドスクールだと思います」
──2019年にはロンドンのサーペンタインギャラリーでアート展「A Time for New Dreams」もキュレーションされましたね。コレクションを作るのと共通点はありましたか?
「アート展とファッションデザインの仕事は自分の中ではパラレルに存在しています。アート業界は数年かけて一つのプロジェクトを動かすことも多く、リサーチやディベロップメントに時間の余裕がありますから、半年のサイクルで動くファッションとは異なるタイムフレーム。リサーチのプロセスは似ていますが、違いは即時性があるかどうか。ショーは10分足らずで終わってしまいますが、展覧会は数ヶ月にわたりオープンしていて、再訪も可能です」
──最後に2020-21年秋冬コレクション、そして今準備されている2021年春夏コレクションについて教えていただけますか?
「2020-21年秋冬コレクションはロンドンにおけるブリティッシュカリビアンコミュニティを舞台に、70年代後半から80年代前半のジャマイカ音楽やスタイルがどのようにイギリス文化と結びついているか? というのがテーマでした。写真家ジョン・ゴトーが当時撮影した人種を超えたカップルたちのみずみずしいルポタージュもインスピレーションとなりました。
今年初めには、自分の家族の故郷でもあるジャマイカにも滞在し、美術館でアーカイブなどもリサーチしてきたんです。9月に発表する2021年春夏コレクションは秋冬コレクションの続編ですが、よりパーソナルな要素も強くなってきています。アディダスとのコラボレーションも継続しており、ウィメンズコレクションもさらに充実したシーズンです、楽しみにしていてください」
Wales Bonner
ジェムプロジェクター
TEL/03-6418-7910
Interview & Text : Akiko Ichikawa Edit : Michie Mito