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パリ・オペラ座バレエ団の知られざる姿──ピエール=エリィ・ド・ピブラック展@シャネル銀座

名実ともに世界の頂点に立つパリ・オペラ座バレエ団。その知られざる舞台裏を写真に収めた作品シリーズの展示が、東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催されている。写真家の名は、今回が日本での初個展となるピエール=エリィ・ド・ピブラック。美麗にして独創的な作品世界、その眼差しをひもとくインタビュー。

「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’
「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

ルイ14世の統治時代(17世紀)にまで歴史を遡ることができるというパリ・オペラ座バレエ団。その劇場の舞台裏に入ってダンサーたちの日常風景をとらえ、また彼らと協力しながら制作された作品「In Situ」三部作を国内で初披露する展覧会が、シャネル・ネクサス・ホールで開催されている(※1)。新進作家ながらオペラ座バレエ団の芸術監督に撮影を認められ、独創的な作品シリーズを制作するという偉業を成し遂げた写真家ピエール=エリィ・ド・ピブラックに、制作の意図や写真家としての信条について話を聞いた。

(※1)関連記事:ピエール=エリィ ド ピブラック展 「In Situ」

会場エントランスにて。 ©CHANEL
会場エントランスにて。 ©CHANEL

写真家の視線がとらえたパリ・オペラ座の舞台裏

──展覧会名の「In Situ」は、今回展示された作品シリーズ全体のタイトルでもありますね。日本語では「本来の場所で」や「元の位置に」という意味になりますが、どういった意図でこの言葉を選んだのでしょうか?

「本作は三つの異なるシリーズによって構成されているのですが、すべてパリ・オペラ座バレエ団の協力のもと、本拠地であるガルニエ宮(オペラ座)やオペラ・バスティーユ(新オペラ座)に通い、ダンサーたちと生活をともにしながら撮影しています。その場所の内部にいたということを言葉で表したいと思い、“このシチュエーションやグループの中に身を置いている”という意味を込めて『In Situ』をタイトルにしようと決めたんです」

「Confidences」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’
「Confidences」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

──三部作のうち、最初に制作したのはモノクロ写真による「Confidence」シリーズだったそうですね。

「制作の許可を与えてくれた当時の芸術監督、ブリジット・ルフェーブルは、パリ・オペラ座への自由な出入りを許してくれましたが、通い始めた頃は観察をしながらメモを取るだけにとどめて、撮影はしませんでした。まずはダンサーたちとの信頼関係を築くことが大切だと考えたからです。そして実際に取りかかった時には、広角で撮ることのできる35mmレンズのカメラを使い、被写体の感情や息遣いがわかる距離まで近付いて撮影を行いました。そのため、シャッター音がダンサーたちの邪魔にならないよう、無音のカメラを使用したんですよ」

──普段はベールに包まれていて見ることのできない、ダンサーたちのリハーサルや日常の風景がとても親密に写し出されているのは、そういった努力があったからなんですね。

「このシリーズから始めたおかげで、ダンサーたちとお互いを深く知ることができたので、次は彼らも交えて構成を考えていくような作品に取りかかることができました。それが、2作目となる『Analogia』のシリーズです」

「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’
「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

──前作から一転して、壮麗な劇場建築が大画面に写し出されていて、とてもスケール感のある作品になっていますね。

「この『Analogia』はガルニエ宮という歴史ある建造物が主役なので、180度の画角を備えた大判のビューカメラを使っているんです。シャッターの露出時間を長く取らないといけないので、モデルとなってくれたダンサーたちには長時間、動かずにポーズを取っていてもらう必要があったのですが、とても難しいポーズをしてもらったものもあって、当時妊娠8カ月だった妻のオリヴィアが見えないようにダンサーを支えている写真もあるんですよ(笑)」

「Catharsis」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’1
「Catharsis」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’1

──三つ目のシリーズ「Catharsis」は、あえて写真がブレたイメージになるように撮影していますね。

「このシリーズのテーマは、ダンサーの体から発生する音楽性をとらえるということでした。それは、私が芸術を見た時に感じるセンセーションを鑑賞者にも感じてほしいという願いの表れでもあります。そこで、そのエネルギーの流れを写真としてとらえるために、非常に早いシャッタースピードで撮影を行いました。身体とエネルギーとの一体感を、3D のようなイメージで表現したかったのです。2014年の写真集にもこのシリーズの一部が掲載されていますが、私の意図を満足のいく形で表すことができたと感じているのは、その後に撮影したさらにダークで親密なイメージの作品で、今回はそれを展示しています」

──それぞれにまったく異なるコンセプトとイメージによって、三部作が成り立っているということですね?

「シリーズを通して言えることですが、パリ・オペラ座やバレエだけが主題なのではなく、特に『Catharsis』のシリーズに表れているように、『人が芸術を見た時に感じるもの』が重要なテーマになっているんです」

会場風景より。 ©CHANEL
会場風景より。 ©CHANEL

“バレエ×写真”の定型を壊すという挑戦

──バレエをはじめとした舞踊芸術は写真の撮り方に定番のようなものがある上、これまでにたくさん撮影されてきたジャンルでもありますから、ご自身のオリジナルな表現を見つけるのは非常に難しい挑戦だったのではないでしょうか?

「まさにそれこそが、私の興味のあったところです。バレエを撮りたいと私が言い始めた時は、つまらないとか、何の役にも立たないという反応ばかりでした。しかし、そうなるとますますやりたくなってしまう性分なんです(笑)。プロジェクトが終了して、作品を見てもらおうと出版社に連絡しても、誰も会おうとすらしてくれませんでした。ある編集者との出会いがあって写真集にすることができたわけなんですが、今でも『なぜオペラ座をテーマにしたの?』と聞いてくる人がいるくらい。そんな時は『定番のイメージを壊し、閉ざされた空間にあるものに光を当てて見せることが面白いと考えているんです』と答えるようにしています」

──定番のイメージを壊すには、まず対象を深く理解しないといけないですよね?

「私にとっては対象となる環境の中にどっぷり身を浸して撮るという、そのプロセスこそが一番重要だと言ってもいいですね」

「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’<br />
「Analogia」シリーズより。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

──奥様や生まれたばかりのお子さんを連れて、キューバで暮らしながら作品を制作されたこともあるそうですね。あえて大変な所で長期滞在して作品を撮りたいと思うモチベーションは、どんな所から出てくるのですか?

「それは私自身の内なる欲求といってもいいのですが……あえて難しい道を進むほうが、後になって自分自身が解放されるんです。見知らぬ環境に身を置くということは、常に自分の中で葛藤し続けるということでもありますが、そういった過程を経たからこそ、満足のいく作品へと昇華できる瞬間を迎えることができるんです。今回の三部作の中で最も個人的な作品は『Catharsis』ですが、まさに自分が感じていることを写真に表すことができました。あの写真を撮った時には、思わず涙ぐむ程の強い感情があふれました。もしかしたらとても暴力的なイメージになってしまったのではないかと思い、最初は妻に見せるのもためらったくらいでしたが、でもこれを撮ることによって私自身が解放されたのは間違いのないことです。妻も時間とともに何が表現されているのかをよく理解して、今ではお気に入りの作品だと言ってくれています」

「Catharsis」シリーズより、ピエール=エリィが「最も強い思い入れがある」と語る作品。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’
「Catharsis」シリーズより、ピエール=エリィが「最も強い思い入れがある」と語る作品。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

──奥様のオリヴィアさんも一緒に作品のディレクションを考えているんですね。ビジネススクールを卒業されながらも大きな方向転換をして写真家になったのは、奥様からの後押しがあったことも大きかったとうかがいました。

「そもそも彼女がいなければ、今頃は金融の仕事をしているところでした(笑)。実はパリ・オペラ座へ写真を撮りに行こうと言い出したのも彼女でした。制作はいつもオリヴィアと話し合いながら進めていて、彼女はすべてのプロジェクトに関係しています。私だけだと対象となる世界に入り込み過ぎてしまうので、客観的な視点が必要なんです。それに、家族と一緒に長期滞在しながら制作するのは、私たちにとって写真というものが、そこに到るまでの経緯や冒険、出会いなどを経た最終的な帰結としてできあがるものであり、それが自分たちには必要なことだからでもあります。私との結婚は彼女にとって大きな冒険の一つだと言われたこともありますね」

展示空間に隠された数々のストーリー

──今回のシャネル・ネクサス・ホールの展示の中でも一番奥にある、ガルニエ宮の屋上で撮影された写真(※2)は、とてもアイコニックなイメージになっていますね。

「実は、ちょうどこの作品を撮影した日の朝に娘が生まれたんですよ。数カ月前から制作の準備をしていましたが、出産中の妻を置いていくのは無理だと思ったんです。でも妻は『絶対に行かなければならない』と言って、私を送り出してくれました。そして、娘が生まれたことを反映して、計画を少し変更することにしたんです。最初に予定していた衣装はもっとカラフルなものだったのですが、当時の芸術監督だったベンジャミン・ミルピエに急遽お願いをして、公演初日を翌日に控えていた『ダフニスとクロエ』の衣装を貸してもらい、白を基調とした神聖なイメージに変更しました。ダンサーたちも一緒に娘の誕生を祝ってくれて、とても思い出深い撮影となりました」

(※2)本記事のTOPに掲載の写真を参照

──衣装や構図なども、前もって綿密に計画して撮影されているんですね。

「この屋上の作品では、左端に立つ少女が自分の未来を見ているという設定になっています。クラシックで古風な衣装を着た彼女が見ている未来、つまり見られている側のダンサーたちはコンテンポラリーなコスチュームを着ているというように、対比的な構図を意識しています。その上で今回の展示では、この屋上の作品の前に立って後ろを振り返ると、同じ少女の姿を写したモノクロのポートレートが見られるように配置しました。つまり、この少女をめぐるストーリーのファーストシーンとラストシーンが重なっているわけなんです」

「Confidences」シリーズより、ピエール=エリィが「少女をめぐるストーリーのファーストシーン」と語る作品。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’
「Confidences」シリーズより、ピエール=エリィが「少女をめぐるストーリーのファーストシーン」と語る作品。 ©Pierre-Elie de Pibrac/Agence Vu’

──モノクロのポートレートのほうが、ファーストシーンということですか?

「オペラ座のダンサーは実力に合わせてヒエラルキーが決まっていますが、昇級のためのコンクールが定期的に開催されるんです。モノクロの作品はその期間が終わった後に、コンクールと同じ衣装を着てもらって撮影したものです。そして、この屋上の写真では、その少女がいよいよキャリアをスタートさせた様子を表現しています」

──作品に対するご自身の思いやダンサーたちのストーリーなど、いろいろな要素が今回の展覧会に込められているわけですね。全体を通してご自身の考える見どころがありましたら、教えてください。

「『In Situ』のシリーズ全体をコンセプトに合わせて展示することができたのは、今回が初めてです。会場の空間は私がオペラ座の内部を発見していった道のりを、そのままたどっていただけるように構成されています。そして、その中心部には私の最も個人的な体験を表現した『Catharsis』の展示空間を設置しています。この会場に来てくださったみなさんが“In Situ”、つまり現場の内部に入り込んで、作品世界を体験するという仕掛けです。この空間でみなさんが何かを感じてくださったら、これほどうれしいことはありませんね」

会場風景より。空間全体がガルニエ宮(オペラ座)の回廊をたどるように構成され、その中心部には黒壁に囲まれた「Catharsis」の展示スペースが設けられている。 ©CHANEL
会場風景より。空間全体がガルニエ宮(オペラ座)の回廊をたどるように構成され、その中心部には黒壁に囲まれた「Catharsis」の展示スペースが設けられている。 ©CHANEL

※掲載情報は3月20日時点のものです。
開館日や時間など最新情報は公式サイトをチェックしてください。

ピエール=エリィ ド ピブラック展「In Situ」

会期/開催中〜3月27日(金)
会場/シャネル・ネクサス・ホール
住所/東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
開館時間/12:00〜19:30
休館日/なし
入場料/無料
URL/https://chanelnexushall.jp/program/2020/operadeparis/

※本展覧会は4月18日(土)〜5月17日(日)の間「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」のプログラムとして京都へ巡回予定でしたが、9月19日(土)〜10月18日(日)に順延となりました。詳しくは「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」公式サイトをご参照ください。

※4月5日(日)までの開催予定から会期短縮となりました。(3月27日追記)

 

Interview & Text:Akiko Tomita
Edit : Keita Fukasawa

Profile

ピエール=エリィ・ド・ピブラックPierre-Elie de Pibrac 1983年、パリ生まれ。祖父は写真家のポール・デ・コードン。2007年、最初の写真ルポルタージュをキューバとミャンマーで制作。09年に名門ビジネススクールを卒業後、本格的に写真の道へ進む。13-14年のシーズンにかけてパリ・オペラ座のバレエダンサーたちに密着し、「In Situ」シリーズを制作、写真集も出版。14-15年のシーズンに再び制作された新作を今回発表する。16年にはキューバに8カ月間滞在し、製糖業に生きるアズカレロスと呼ばれる人々を撮影した「Desmemoria(忘却)」を制作、19年に写真集が出版された。

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