アンジェラ・ディーンにインタビュー「私たちの記憶はすべてゴーストみたいなもの」
プールや公園、海辺に観光地etc.…。レトロ感漂う風景に現れた、ユーモラスなゴーストたち。真っ白な布に二つの穴──グッチ(Gucci)とのコラボレーションも話題の「Ghost Photographs」。アンジェラ・ディーン(Angela Deane)が紡ぎ出す、摩訶不思議なアートの世界へ、ようこそ。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2019年12月号掲載)
ゴースト×アートで回りゆく世界
ファウンド・フォト(収集された写真)に描かれたゴーストたちの姿。彼らは何故、どのようにして生まれたのか。運命の微笑み、グッチからのオファー、まだ見ぬ景色まで……才能の軌跡をたどるインタビュー。偶然が呼んだゴーストの饗宴
──ゴーストのシリーズはどのように始まったのですか? 「実はハッピーなアクシデントだったの。2012年頃、ニューメキシコでのアートレジデンシー(滞在制作)の準備で、古い写真をたくさん集めていたんです。写真を使ったコラージュを作る計画で、使うものと使わないものに仕分けして、箱に入れておいた。でも、私って何でもギリギリまでやらないたちだから、荷物を送る段になり、間違って使わないほうの箱を送っちゃって! 現地で開けてみてびっくり、でも手持ちの写真で何ができるか? と考えた結果、人物を塗り潰してゴーストにする、という作品が生まれました」──作品に使う写真はどのように探しているのでしょうか?
「主にeBay(世界最大のネットオークション)で。ほとんどはアメリカの1960〜80年代、フィルムで撮影された時代のものですね。今となっては写真のプリント自体が特別なものだし、それを集めることにはさらに叙情的な意味があると思います」
──アメリカの古き良き時代が写し出されたヴィンテージ写真は、色褪せてノスタルジックでありながら、もの悲しさも感じられます。シンガーソングライターのラナ・デル・レイが歌っているようなアメリカーナ(アメリカの原点への郷愁)的な主題は意識していますか?
「自分の経験はすべてアメリカで培ったものだから、そうかもしれないですね。ロケーションは自分自身の思い出に基づいていることも多くて、ビーチやプールなどの写真が多いのは、フロリダで生まれ育ったせいもあると思う」
「海を前に大地を踏みしめていると、自分が世界の中でどんなにちっぽけな存在かということを感じます。それに私は海や空など、青という色がとても好きなんです。ゴーストたちも、水を背景にしたときにこちらを見つめてくる感じがより強調されるような気もするし」
──ゴーストは、あなた自身の別人格でもあるのでしょうか?
「そうね、私たちの記憶はすべてゴーストみたいなものだとも思っていて。その場面の主人公だった人物をゴーストに置き換えることで、写真に写し出された世界は特別性や意味を失ってしまう。時間のスナップショットとでもいうのか…。ゴーストは私たちを記憶の世界にジャンプさせ、その中を旅するための装置としても機能している」
──エイリアンやフラワーのシリーズにはどんな意味が?
「ニューメキシコにはエイリアンの絵がペイントされているようなキッチュな場所が多くあるんです。地球の外から来た人間離れした存在なのに、日常に生息しているのが面白いなと思って」
「エイリアンもフラワーも手法はゴーストと同じですが、写真ではなくヴィンテージのポストカードにペイントしています」
グッチとの協働(コラボ)、新たな展望
──グッチとのプロジェクトはどのように始まったのですか?
「インスタグラムを通じてオファーをもらいました。ゴーストが服を着たのも初めてだし、こんなに大きなものを制作するとは思ってもみなかったわ! SNSについてはいろんな意見があると思うけど、自分の作品や考えをシェアするにはとても便利。もしも自分が大学生の頃にインスタがあったら、人生が大きく変わっていたと思う。もしかしたら自分のセルフィーばっかりポストしていたかもしれないけれど(笑)」
──子どもの頃からアーティストになりたかったのですか?
「幼い頃から何かとクリエイティブな発想はあって、将来は世界を揺るがすような発明家になりたいと思っていました。科学でも医学でも、何の分野でもよかったのだけど。でも、アートもそれまでに存在しなかったことを発表するという点では、似ているかもしれないわね。大学では写真を専攻しました。当時は誰もいない空間とか、忘れ去られたようなものたち、色や形自体をテーマにした写真を撮っていました。ポートレートはなんだか気が引けて全然撮っていなかったから、ゴーストのシリーズでポートレートを使うようになったのは奇遇ね。でも人物はすべて塗り潰して、当事者のアイデンティティはなくなっているけれど(笑)」
──影響を受けたり、インスピレーションを得たりしたアーティストは?
「アートよりはむしろ、本や映画に興味があります。最近読んだ本ではドナ・タートの小説『ゴールドフィンチ』(14年度ピューリッツァー賞受賞作/今年映画化)が最高。特にメトロポリタン美術館が舞台の始まりのシーンが素晴らしくて。映画ではイーサン・ホークとジュリー・デルピー主演の『ビフォア』シリーズとか」
──映画『ア・ゴースト・ストーリー』17年/デヴィッド・ロウリー監督)はご覧になりましたか?
「みんな薦めてくれるんだけど、実はまだ。でも監督は私の作品を買って持ってくれているの。今、ひと段落したから、見てみようと思っているわ」
──この秋は作品集『The Ghost Within』も出版されましたね。
「これまで通算で約3千点を制作し、各地で展覧会を開催しましたが、その集大成です。もともとアルバムや写真集が大好きなので、約8カ月間の編集作業を経て完成したときは、泣きそうなほど感激しました。初版本はすぐに完売して、いま増刷版を制作中。実はオリジナルプリントのゴーストシリーズは、この秋でフィナーレを迎えます」
──卒業アルバム的な一冊でもあるのですね。今後の予定などは?
「よりアート的な作品、ドットをモチーフとした抽象画に取り組んでいます。あとは……愛を見つけたいわ! 生涯を共にできるパートナーを。そういえば昔ニューヨークに住んでいたとき、キンコーズでボーイフレンドに出会ったことがある。そのときは一言も話さなかったけど、一年後に再会したら、お互いそのときのことをしっかり覚えていて。不思議よね、またそんな出会いがあるといいわね」
Coordination, Interview & Text : Akiko Ichikawa Edit : Keita Fukasawa