写真家 市田小百合インタビュー「しなやかに羽ばたく“折れない魂”」 | Numero TOKYO
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写真家 市田小百合インタビュー「しなやかに羽ばたく“折れない魂”」

欧米のバレエ団を経て、現在はニューヨークで活動するフリーダンサー小栗麻由の姿を写したシリーズ『Mayu』より。©Sayuri Ichida
欧米のバレエ団を経て、現在はニューヨークで活動するフリーダンサー小栗麻由の姿を写したシリーズ『Mayu』より。©Sayuri Ichida

オブジェのように佇む一人のダンサー。うなだれてもなお、立ち上がり続ける──。この不均衡な世界の中で、しなやかに生きる女性の姿を写し出す写真家、市田小百合。ファッションフォトの世界に憧れ、ニューヨークへ。再びカメラを手にしたとき、何かが変わった。挫折を経て自身の原点と向き合い、見いだした境地とは? 世界で羽ばたく、ある才能の物語。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2019年10月号掲載)

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida
鍛え抜かれた身体による印象的なポーズと、背景や衣装の色彩が鮮烈な写真作品『Mayu』シリーズが、国内外で注目を集めている。撮影のロケーションはすべてアメリカのニューヨーク近郊。ファッション写真家を志して海外に飛び出した一人の女性が、やはり異国の地で奮闘する日本人バレエダンサーの小栗麻由に出会い、共創することで生まれた作品だ。この秋には「浅間国際フォトフェスティバル2019 PHOTO MIYOTA」にも出展予定だという。 写真家の名は市田小百合。今後が期待される若手として、各界が熱い視線を向けている。ニューヨークをベースに活動する彼女に、Skypeでのインタビューを試みた。

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

移民女性の“葛藤と強さ”を表現

──『Mayu』シリーズについては、世界中からさまざまな反響が寄せられていると思いますが、最初はどんな形で発表したのでしょう?

「Instagramに一点ずつ投稿していたのが始まりでした。それがたくさんのフォロワーを持つアカウントにフィーチャーされたことをきっかけに、海外のウェブマガジンで取り上げられるようになり、カナダやスペインの国際写真展から声をかけてもらうきっかけにもなりました」

──制作はどのような経緯で始めたのですか? 被写体の麻由さんは、ヨーロッパやニューヨークのバレエ団で経験を積み、現在はフリーで活躍するダンサーだと伺いました。

「彼女からアーティスト・ポートレートを撮ってほしいと頼まれたことが最初のきっかけでした。でもミーティングを重ねていくうちに、お互いの経歴に似たところがあることがわかってきて、共感する点も多かったので、その感覚を、作品を通して表現できたらいいのではないかと思うようになったんです」

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

──お二人の似た経歴とは?

「彼女はバレエを学ぶためパリで7年間生活した後、ニューヨークに移住してきましたが、私も2年間のロンドン留学を挟んで、同じくこの街に移ってきました。夢を追いかけて日本を飛び出しながらも、言葉の壁をどう乗り越えるか、少数派の日本人としてどう生きるかといった“移民”としての難題に、お互いにたくさん直面してきたんです」

──その孤独感や苦悩が、作品に込められているんですね。

「それだけでなく、女性にもともと備わっている強さも同時に表現したいと思いました。たった一人でもたくましく立ち上がるようなポーズをしてもらったのは、そういった意図もあるからなんです」

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

──背景や衣装の色彩も、とても印象的です。

「衣装はすべて麻由さんの私物なんですが、撮影現場の壁や周辺環境の色、光の調子などと照らし合わせながら、その場で決めていきました。撮影場所探しには、前作の『Deja vu』シリーズを撮るためにニューヨークやニュージャージー近辺に何度も通っていたのがとても役に立ちましたね」

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

異国の地で見つけた“懐かしい風景”

──『Deja vu』シリーズでは、家の外観をほぼ必ず正面から撮影されていますが、もともと風景や建築に興味があったのですか?

「写真家になりたいという思いは中学生の頃からあって、その入り口がポストカードによくあるような風景写真だったんです。それで高校時代は、当時住んでいた新潟の海岸や田園風景を撮影していました」

──ロンドンには英語を学ぶために留学したそうですが、なぜ海外を目指したのでしょう?

「写真の専門学校で学んでいたとき、ファッション写真という分野があるのを知って、こんな世界もあるのかと衝撃を受けました。特にニック・ナイトやマート&マーカスなど、デジタル技術を駆使する海外の作家が大好きでした。本格的なファッション写真が掲載されている雑誌ということで、『Numéro』もよく見ていましたね。卒業後は東京のフォトスタジオに就職したんですが、ファッション写真を本格的にやるためには英語が必須だと感じて、海外に出ようと思ったんです」

ニューヨーク近郊を訪れ、子ども時代に遊んだドールハウスを思わせるデザインの家々を撮影したシリーズ『Deja vu』より。©Sayuri Ichida
ニューヨーク近郊を訪れ、子ども時代に遊んだドールハウスを思わせるデザインの家々を撮影したシリーズ『Deja vu』より。©Sayuri Ichida

──ニューヨークに移ったのも、その業界を目指すためですか?

「ビザの問題もあったのですが、ニューヨークではファッション写真家のレタッチャーとして仕事を得ることができました。でも、業界特有の商業主義的な価値観に違和感を覚えるようになり…。作品の制作からもすっかり遠ざかっていたんですが、ライカのフィルムカメラを手に入れたのを契機に、リハビリのようにして撮影を再開しました。昔好きだった風景写真を撮ってみようと」

──原点に戻ったわけですね。

「その中に、少しずつ家の写真が混ざるようになってきたんです。見たことのない他人の家なのに、自分が懐かしさを感じていることに気づきました。子どもの頃に遊んでいたドールハウスに似ている家に反応しては、ひたすら撮影を重ねました」

『Deja vu』より。©Sayuri Ichida
『Deja vu』より。©Sayuri Ichida

──それはもしかして「シルバニアファミリー」ですか? 好きな女性は多いですよね…!

「そうです! 『シルバニアファミリー』のような家がアメリカには現実に建っているんだと思い、Googleマップのストリートビューでリサーチして、目当ての家がありそうなところに出かけては撮影するようになりました。ですから、『Deja vu』は自分の記憶とリンクするような家を撮影したシリーズといえますね」

──『Mayu』シリーズを含め、撮影はすべてライカのフィルムカメラで?

「レタッチャーとして働いた6年間、デジタルで撮影されたものをモニターで見続けていたからか、デジタル特有のシャープな画(え)に距離感を感じるようになってしまい、逆にフィルムで撮影したイメージのディテールに惹かれるようになりました。それに、フィルムのカメラは失敗のリスクが多い分、緊張感があって集中できますし、そのリスクも楽しみたいと思っています」

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

『Mayu』より。©Sayuri Ichida
『Mayu』より。©Sayuri Ichida

──9月開幕の「浅間国際フォトフェスティバル」でも、出展作家としてフィーチャーされていますね。

「出品する『Mayu』シリーズはすべて屋外で撮影しているので、同じ太陽光の下に展示したときに周囲の環境とどう相互作用を起こすのか、今からとても楽しみです。これからもカテゴリーにとらわれず、自分が興味を持った表現に挑戦していきたいと思っています」

「浅間国際フォトフェスティバル2019 PHOTO MIYOTA」

浅間山麓、自然豊かな御代田町を舞台に屋内外の大型写真展示を楽しむアート写真の祭典。昨年のプレ開催から規模を拡大し、ワークショップやトークイベント、フォトブースなど「五感を刺激する写真体験」を展開する。
会期/2019年9月14日(土)〜11月10日(日)
メイン会場/御代田写真美術館「MMoP」予定地(旧メルシャン軽井沢美術館 長野県北佐久郡御代田町馬瀬口1794-1)および周辺エリア
URL/https://asamaphotofes.jp/

Interview & Text : Akiko Tomita Edit : Keita Fukasawa

Profile

市田小百合Sayuri Ichida 1985年、福岡県生まれ。東京ビジュアルアーツ写真学科卒業後、スタジオマンを経てロンドンへ。2012年よりニューヨーク在住。16年に『Deja vu』でジャパンフォトアワードを受賞。その後『Mayu』の注目をきっかけに国内外のフォトフェスティバルに参加するなど、活動の幅を広げている。(Photo: ©Shinji Otani)

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