ナディーン・ラバキー監督インタビュー「映画は世界を変えられると信じています」 | Numero TOKYO
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ナディーン・ラバキー監督インタビュー「映画は世界を変えられると信じています」

12歳の少年が「僕を産んだ罪」で両親を訴えるという衝撃のストーリーで中東の貧困や移民の問題に切り込み、第71回カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞したナディーン・ラバキー監督の最新作『存在のない子供たち』が、7月20日(土)に公開となる。子どもたちを取り巻く世界の惨状をあぶり出すリアリティと未来への希望を託した、この雄弁な意欲作について、初来日したラバキー監督が丁寧に語ってくれた。

子どもたちが育つ未来を、よりよい世界にしたい

——監督は、映画が世界を変えられると信じていますか? 映画の効果はどんなものだと思いますか? 「私は、本気で映画が世界を変えられると信じています。映画から外に出て、現実のあなたが変わる、ということが起こるからです。私自身、これまで映画に出合って変わる、という経験をしてきました。一度だけじゃない、人生で何度も。台詞だったり、シチュエーションだったり、登場人物だったり、考え方に変化をもたらす場所はそれぞれでしたし、特別な1作というわけじゃなく、たくさんの映画が私を確かに変えたんです。たとえば、本を読んでると、たまに、『どうやって表現すればいいかわからなかったけど、私が考えていたのはまさにこれだった!』と思う一文と出合う瞬間がありますよね。映画を観ていると、真っ暗な部屋で、知らない観客同士のバイブスを感じながら、音楽と映像が完全に融合した巨大なスクリーンに、半ば拘束された状態で身を沈めることになります。だから、そういう瞬間があると、ものすごい知覚的なインパクトをもたらすのだと思います」 ——監督は本作を、「ホームメイド」な映画と表現されていましたが、まさに3年間のリサーチ期間で、実際に難民・移民の声を聞きながら脚本を作り、半年かけて、演じる役柄によく似た境遇にある演技未経験の出演者たちと対話しながら撮影し、2年かけて編集をして完成させています。辛抱強く対話していくという姿勢が、今世界で必要とされていると同時に、母親に求められる素質に近いのではと思うのですが、それはずっと前から持っていたものですか? それとも母親になったことで変化したのでしょうか。 「もともとの素質として、あるとは思います。これまでも、私は映画の中に現実の物事をアダプトさせる実験として、実際にそこに生きる演技未経験の人たちをキャスティングしてきました。プロの俳優と仕事をすることも好きですが、私は自らの体験や人生を映画を通して分かち合える人々にものすごく惹かれてしまうところがあって。映画の中に信じられる何かを作り出すことに、苦労してきたので。ただ、母になったことで、子どもたちが育つ世界をよりよくしたい、と強く意識するようになりました。世界が今どうなっていて、どこへ向かっているか。本能的な恐怖心から、子どもにとって、より安全な世界を作り出すオルタナティブな方法について考えるようになった。だから、今一番惹かれるのは、子どもについての物語なんです」

——これまでの作品は女性の視点で描かれていましたが、まさに今回は子どもたちの視点の物語でしたね。

「だって、そこが全ての始まりですから。人間的にも、経済的にも、社会的にも、政治的にも、どんなレベルにおいても、よりよい世界に生きたいと願うなら、私たちがまずやるべきことは、どんな子どもにとっても安全な場所を作ること。その子がどこの国から来ていても、どんな家庭から生まれても、貧乏でもお金持ちでも。悪の根源は、愛されたことのない子ども時代に起因すると私は思っていて。親からネグレクトされた子どもは、その傷が癒えるまで、ものすごく時間がかかるんです。愛が足りていないということが、彼らが成長して親になったときに、ネガティブな影響として現れてしまうこともある。一番大事なのは、あなたが誰であっても、どんな状況にいても、育てている子どもに愛を与えること。愛は、親が子どもに与えられる、一番強い武器です。たとえ、ほかに何も与えられるものがなかったとしても、愛を与えることです」

——映画を通じて、子どもたちの持つ、純粋さと自由な生命力を強く感じました。子どもの魅力は、そこにあると思いますか?

「純粋で、最もパワフルですよね。子どもたちは、私たち大人が習慣として受け継いでいる、くだらない社会的記号や品行や偽善や権力やルールで捻じ曲げられていません。純粋で神聖な魂の持ち主です。子どもが言うことって、常に理にかなっているんです。世界をフィルターなしで、ありのままに見ている。言わば、真実を見据える、小さな神様なんです。だから、大人が生み出したカオス、混乱について子どもたちがどう思っているか、私はそこに耳を傾ける必要がありました。私自身がある種、子どもたちの声となって、子どもの視点で語ること。それが、この映画で私が一番大切にしていたところです」

——確かに、世界は今まさに混沌としていて、その影響を一番に受けているのが子どもたちかもしれません。

「そうなんです。私たちは、日々、苦しんでいる子どもたちのいろんな写真や映像を目にします。シリアで化学兵器の被害に遭う子、メキシコの国境で引き離される親子、インドで家族を養うために重い石を頭に乗せ働く子、海で溺死する難民の子。レバノンの道路で、眠る場所がなく、狭い歩道に座った状態でうとうとする1歳の子を見かけたとき、『どうして私たちは、こんな地点まで来てしまったんだろう?』とハッとしたんです。それから、もし、トルコの海岸で亡くなった3歳のシリア難民アイランくんと話ができたなら、彼は私たちに何て声を掛けるだろうかと想像しました。まず、唾を吐かれるだろうと。そして、こう言われるんじゃないかって。『世界は最低で、苦しみと傷以外の何も与えないあなたたちにはうんざりだ』。この映画を通じて、子どもたちが私たちをどう見ているかを知ってほしかったんです」

——成長すればするほど希望を見出せなくなりがちな大人にとっては、厳しい状況の中でも希望を見つける子どもたちに教えられる部分も多いのではないでしょうか。

「誰の言葉かは忘れたんですけど、『人間は蝶のように生まれて、芋虫のように死ぬ』という一節が大好きで。本当に、その通りだと思う。3歳の娘を見ていても、自由に歌ったり、踊ったり、羽ばたいていて、自分を幸せにする行動しかしません。驚くほど堂々としていて、何も恐れていない。子どもって、どんな逆境もバネにする力を持っていて、知性を育てて解決策を見つけていきますよね。なのに、成長すればするほど、他人の目線や評価を気にし始めて、どんどん縮んでいって、最終的には芋虫みたい凝り固まって死ぬという」

——そこは抗いたいところですけどね。ナディーン監督が、映画を制作する上で、クルーに求める資質があれば教えてください。

「振り返ってみると、キャストは全員演技未経験者ですし、撮影技師はこれが2作目だけど、編集技師はこれが初作品だし、この作品が初めてという人ばかりでした。共通する資質があるとすれば、情熱的、献身的であること、決断力、謙虚さ、辛抱強さ。成長したい、学びたいという意思と、私たち自身よりも大きなことをやっていて、この旅が私たちを永久に変えるものだと信じていていること。そして、実際に私たちは変わりました。だからこそ、一致団結して、この長いプロセスを乗り越えられたんだと思います」

人生の全てをかけた、映画作りへの情熱

——あなたの夫で本作の音楽も手がける作曲家のハーレド・ムザンナルさんも、本作でプロデューサーデビューされていますよね。

「そうなんです。夫には心底感謝しています。作曲家なのに、必要に迫られて、この作品だけプロデュースしてくれました。普通のプロデューサーだったら、古典的な映画にしなくちゃいけないとか、いつまでに撮影は終わらせなきゃいけないとプレッシャーをかけてくるところ、彼は、自然なスタイルで働きながら私たちが自由に選択することを許してくれた。製作費を捻出するために我が家を抵当に入れたことさえも、私を監督業に集中させるために言わなかったですし」

——夫婦ゲンカはしました?

「それはもう(笑)。でも、彼は全ての問題や頭痛の種から私を守ってくれていたので、対プロデューサーとして揉めることは全くなくて。ただ、音楽については、最善を尽くすために徹底的に口論はしたけれど、最終的にはお互いにとっての正しいバランスを見つけたと思っています」

——夫婦で働くということのメリットはどこにあると思いますか?

「ネガティブよりはポジティブ面の方が多いですよね。常にいろんなことを共有できますし。私は、あまりプライベートは仕事から離れていたいというタイプじゃないんです。むしろ、いつも仕事に浸ってたい。夫や子どもたちとも、仕事について話したり、表現したり、アイデアを出し合ったりします。私は3階に住んでいるんですが、撮影のときも授乳の度に帰宅しては出かけて、編集も自宅の1階で授乳しながらしていたし、音楽もそこで作ったし、と全部ごちゃまぜなんです(笑)。私のプライベートな人生も、プロフェッショナルな人生も、別々じゃなくひとつの人生だから。私は自分の仕事と生きているという状態が好き。夫がその一部であることも大きくて、彼が全く別の仕事をしていたら、全てをかけて映画を作る私の人生を理解することはできなかったと思います」

——本編の中には収まらなかった、500時間もの未公開映像があるそうですが、それはいつか観ることができるのでしょうか?

「まさに今取り掛かっていて、テレビシリーズにするかもしれないし、いくつかの長編映画としてまた別のフォーマットで公開するかもしれないのですが、それをしない限りは満足できない気がしてます。最初に編集したバージョンは、12時間だったんです。見せないなんて残念すぎる! という美しいシーンがまだまだたくさんあるので、近いうちにロングバージョンをお見せできると思います。でないと、私自身次に進めないので。次に進んで、また別のアイデアを考えたいんですけどね」

——現実と地続きになっている映画ほど、次に進むことは簡単ではないように思います。

「子どもたちを巻き込んでいるので、次に進むのは難しいですよね。彼らは今や私の人生の一部であり、家族の一員です。主人公のゼインや妹役のセドラからは、毎日『元気?』とメッセージが来ますし、彼らが元気にしていて、何か必要なものはないかを私も知りたい。出演してくれた人たちは、みんな今とてもいい状況にいて、ゼインはノルウェーに家族と移住し、やっと学校で読み書きを学び、クラスで一番を取ることもあるんだとか。セドラももうストリートでガムを売ってはいなくて、学校へ通い、『いつか映画監督になりたい』と話してくれました。原題『カペナウム』は、カオスと奇跡を意味します。カペナウムは、イエスが最初に奇跡を起こし、のちに崩壊した場所なので。この言葉が象徴するように、私たちはこの旅を通じてたくさんのカオスに巻き込まれ、結果、たくさんの奇跡にも立ち会うことができました。まだまだ理想には遠いけれど、その奇跡は今も起き続けているのです」

『存在のない子供たち』
監督:ナディーン・ラバキー 『キャラメル』
出演:ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ ほか
2018/レバノン、フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12  
配給:キノフィルムズ
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

2019年7月20日よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
sonzai-movie.jp

Photos: Yayoi Arimoto Hair & Make-up: Sara Maeda Interview & Text: Tomoko Ogawa Edit: Chiho Inoue

Profile

ナディーン・ラバキ―Nadine Labaki 1974年2月18日レバノン・ベイルート生まれ。内戦の真っただ中に育ち、ベイルート・サンジョセフ大学を卒業。ベイルートを舞台にした『キャラメル』は自身が脚本を執筆・監督し、主演も果たした初の長編映画。2007年のカンヌ国際映画祭での監督週間にて初上映され、ユース審査員賞を受賞。さらにサンセバスチャン映画祭で観客賞を受賞し、60か国以上の国で上映された。2008年には、フランスの文化・通信省より、芸術文化勲章を授与される。その他の監督作に『Where Do We Go Now?(英題)』(2011)、『リオ、アイラブユー』(2014)。役者としては『友よ、さらばと言おう』(2014)、『チャップリンからの贈り物』(2014)など。本作ではゼインの弁護士役として出演している。

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