主婦から作家へ、こだま「普通」という重圧から解放されて
どんな人生も肯定したい!私たちを勇気づけてくれる十人十色な人生を綴り、共感を呼ぶストーリーテラーたちにインタビュー。自身の夫婦間のセックスの悩みをそのまま私小説にし、作家として衝撃のデビューを飾った主婦こだまが語る、世の中の「普通」に対して思うこと、その中で見出した自分らしい生き方とは?(「ヌメロ・トウキョウ」2018年11月号掲載)
こだま著『夫のちんぽが入らない』は、監督にタナダユキ、出演に石橋菜津美、中村蒼を迎えてドラマ化が決定。FOD、Netflixで2019年配信予定。
「普通」でないことを悩み続けて
誰しも一つくらいは人に言えない悩みを持っているのではないだろうか。そんな悩みをそのまま私小説のタイトルにしてしまったのがこだまさんだ。「こんな話を書くのは一生に一度きりだから、思い切りストレートにいこうと思った」というタイトルは『夫のちんぽが入らない』。一度聞いたら忘れられないそのインパクトとは対照的に、夫婦関係だけでなく内向的な性格から生まれる悩みなどが巧みな表現力で繊細に綴られている。そうして、多くの読者にそっと寄り添い、共感を得た。実際、「自分の話を読んでいるようだった」などの感想をもらうことも多いという。
「『普通は子どもを欲しがる』『夫婦なら普通はセックスする』『困ったら普通は相談する』など、世間の『普通』から外れてしまう人間が存在することを書きたかった。世の中にはもっと苦しい『普通』を強いられている人がいると思います。理解できない生き方をする人にも、そうなる過程があり、理由がある。無理に共感しなくてもいい。『こういう人間もいる』と知ってもらえるだけでいい。そう思いながら書きました」
彼女自身、ずっと「普通」に縛られて生きてきた。本が評判になることで、同じように「普通」に息苦しさを感じている人たちがたくさんいることも浮き彫りになった。2018年9月に漫画版、文庫版が相次いで発売され、2019年にはドラマ化されることからも反響の大きさがうかがい知れる。
「この話を書くまで、自分は脱落した人間だと思っていました。でも、それは接してきた親や周囲の言葉から勝手に『普通』という幻想を作り出していたにすぎません。『普通』じゃないと思い込まされていたのだと思う。『自分らしく生きる』という意味がずっとわかりませんでした。けれど、インターネットを通してたくさんの人の生き方、考え方を目にしているうちに、世界はもっと広くて、自由で、『女だから』とか『子どもがいないから』という言葉に縛られなくていいのだと気が付きました。SNSを見ていると、一つの出来事に対して賛同も批判も流れてくる。同じ人間なのにこんなに考え方が違うのだから、『普通』なんて言葉で片付
けられるはずがないと、ようやく目が覚めました」
自分らしく生きるには
ではこだまさんの場合、「普通」はどのようにして染み付いたのだろう。
「私は小さな集落に生まれ、人付き合いも苦手だったので、とても狭い世界で生きていました。その小さな世界の『普通』や『常識』を当然のように受け止めてしまい、そこに馴染めない自分はおかしいのだと思い込んでいました」
狭い世界に生きること。それが自由に生きることへの妨げになっていた。
「『こんなことを書いたらどう思われるだろう』と過剰に人の目をとても気にする人間だったのですが、『ちんぽ』という明らかに怒られそうな単語を用い、赤裸々に書いてしまったことで、もう周囲を気にする必要がなくなってしまいました。何を書いても『ちんぽの作者』ですから、恥ずかしがることはないのだと。荒療治により一皮むけたような心境です」
こだまさんがたどり着いた、自分らしく生きる方法とは。
「接する世界を広げたほうがいいと思います。私は人と話すのが苦手なので、本やネットで『世の中にはいろんな考えの人がいる』ことに気付けた。私が話せた(書けた)のは、たまたま自分の体験だったからです。見聞きした話よりも、当事者の言葉は強く伝わると思う。SNS文化が発達した今、それぞれが『自分の切実な話』を発信することで理解が深まるはずだと思っています」
そんな彼女が自分の居場所を見いだしたのは、まずインターネット。家にこもりがちな時も世界は広がった。
「人生のどこかでつまずいても、受け止めてくれる人や場が存在するだけで救われる。駄目だと言われた部分が逆に受け入れられることもある。私は自分を欠陥だらけだと思っていたけれど、その部分をさらけ出したことで楽に生きていけるようになった。これは受け入れてくれる人たちが存在したおかげです」
自分のように人とは違うかもしれない生き方が受け入れられる社会になれば、みんな楽に生きていける。身をもって感じたからこそ彼女は書くことを続け、自分なりの生き方を選択した。彼女の控えめな印象とは裏腹に、その決意はとても心強い言葉で語られた。
「私は子どもを持たない人生を選びました。そのことで得られなかった喜びを嘆くより、ひょんなことでいただいた執筆活動に専念したい。転げ落ちたように感じる人生も、ちょっとしたきっかけで逆手に取って生きられるのだと胸を張って言えるように」
Edit&Text:Sayaka Ito