ジャン=ポール・グードが語る、女性と美のめくるめく世界
男性用フレグランス「エゴイスト」そして「ココ」「チャンス オー ヴィーヴ」など、シャネルとの歴史的なコラボレーションから、グレイス・ジョーンズをはじめとする傑作ヴィジュアルの数々までーー。東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催中の「In Goude we trust! ジャン=ポール グード展覧会」。そのめくるめくクリエイションと作品を彩る女性たちについて、グードその人に思いを聞いた。
シャネル・ネクサス・ホールで開催中のジャン=ポール・グードの個展は、展覧会であり、同時に劇場である。それは稀代の「イメージメーカー」であるグードが世に送り続けてきたアートの集大成であり、また、芸術家たちの熱心な支援者であったココ・シャネルの慧眼を受け継ぐメゾンとの“共犯関係”の軌跡でもある。
1940年に米国人の母とフランス人の父の間に生まれたグードは、60年代にイラストレーターとして活動を開始。70年代にアメリカで「エスクァイア」誌のアートディレクターに就任して以来、写真、映像、ダンス、グラフィックデザインと多岐にわたる領域で活躍してきた。
なかでも80年代に発表した、公私ともにパートナーだった歌手グレイス・ジョーンズのイメージは、グードのキャリア初期の創造性を鮮烈に印象づけた仕事の一つだ。また89年には、フランス革命200周年記念パレードの芸術監督を務め、メディアを通じて一躍その名を世界に広めた。
本展のために来日したグードはとても軽妙洒脱でアクティブ。思考と身体が同時に反応するような表現力は、ダンサーや俳優のようなパフォーミングアーティストを思わせる。
──本展の導入部では、若い頃から現在までに描かれたドローイングの展示が出迎えてくれました。これは世界初の試みとのことですが、特に10代の頃の作品で、女性の身体のディテールに向けられた視点がとても瑞々しいですね。
「今でも変わらずフレッシュで、エロティックな目線で女性を見つめていますよ! 女性の身体のフォルムにとても関心があります。客観的に洞察することと、豊かなエモーションを持つこと。その二つが常に僕のモチベーションにはあるのです」
──展示室正面のマルチスクリーンでは、膨大な情報量の映像が展開され、まるでイメージの洪水のようでした。モニターのなかで往年のハリウッド映画やブロードウェイ・ミュージカルなどのシーンが繰り返され、絶え間なく刺激を送ってきます。
「母がダンサーで、近所の子どもたちにバレエを教えていたんです。僕自身も10代の頃はダンサーを目指し、ミュージカルの世界に進むことを夢見ていました。でも、うちは中流家庭でお金を稼ぐ仕事に就かなければならなかったし、実はそれほどロマンを追い求めるタイプではないので、より野心的な仕事のできる広告業界に進みました。ダンスや音楽、オペラといった舞台芸術は常にインスピレーションの源泉です。今回の展示でも、映像インスタレーションには、僕の創造性のルーツともいえる重要なエレメントが散りばめられています」
──その舞台芸術の要素を色濃く感じさせるクリエイションが花開いたのが、89年に芸術監督を務めたフランス革命200周年記念パレードですね。
「あれは本当に素晴らしく祝祭的で、劇的なパレードでした。数千人ものフランス人がシャンゼリゼで一斉に踊り、大通りがブロンド、赤毛、黒髪などあらゆる人種のカラフルな頭で埋め尽くされたんです。パフォーマンスの演出は、パブロ・ピカソやエリック・サティが手がけたバレエ・リュスの舞台『パレード』のイメージから発想を得ています」
──その翌年の90年にシャネルとの長年にわたるコラボレーションが始まります。なかでも男性用フレグランス「エゴイスト」のCMはショッキングでした。怒れる女性たちを登場させたファッション界初のコマーシャルだったのでは?
「バルコニーの鎧戸がリズミカルに開いて、女たちが『エゴイスト!』と叫ぶ。まさに“不満のオペラ”です。音楽はプロコフィエフのバレエ『ロメオとジュリエット』のなかの楽曲『騎士たちの踊り』を使用しています。バレエやオペラの手法をアートディレクションに取り入れたいという発想を初めて理解し、大がかりなセットを組んで実現してくれたのがシャネルでした」
──この映像の中で、女性たちを烈火のごとく怒らせていたのはいったい何だったのでしょう。
「彼女たちはなぜ男たちをエゴイストと呼ぶのか? なぜなら現実にそのような男たちが存在し、彼らによって傷つけられた人がいる。そこには不満と正義に対峙する男と女の劇場があったはずです」
──公私ともにパートナーであった、アフリカ系のグレイス・ジョーンズ、アルジェリア出身のファリーダ・ケルファ、そして現在の奥様である韓国人のカレン・グードも。あなたは80年代以来、欧米社会におけるマイノリティである女性たちの魅力を発見し、ボーダレスでポジティブなまなざしを注いできました。
「歴史的に、ヨーロッパの国々は競って世界各地の土地を占有しようとしてきました。僕はパリの隣街サン=マンデの生まれですが、家から50メートルのところに国立移民史博物館(旧植民地博物館)があったんです。そこでかつてフランスの植民地だったアフリカやアジアなどの文化に触れる機会があり、ヌードの彫像やレリーフに魅了されました。母はアメリカ生まれでしたし、外来の文化に対してそれぞれの立場や価値観を認め、先入観ではジャッジしないという空気が家庭にもありました」
──例えば、ディズニーのアニメで、シンデレラやオーロラ姫が典型的なハリウッド女優のような容姿に描かれていたりすることに違和感を感じます。女性美の規準には文化圏によって特有のコードがありますね。
「アメリカのポップカルチャーは確かに世界を大きく変える影響力を持ってきました。でも女性がみんな大きな胸とブロンドのセクシーなイメージである必要はない。一人ひとりに、それぞれの美しさがあります。まだまだ未知の世界がどこかに存在すると思うんです。僕はシンプルな人間なので、新しい美を発見すると、すぐにエモーションをかきたてられ、恋に落ちてしまいます」
──グレイス・ジョーンズやファリーダは、今の時代に見ても鮮烈で、超人的なプロポーションに恵まれています。均整が取れた美というよりは、規格外の美しさといえるでしょうか。
「僕自身、美に対しては、秩序よりもむしろバランスの素晴らしさを讃えてきたといえるでしょう。グレイスはまるでコミックに登場するキャラクターのように人工的で力強い美しさを生まれもっていますが、実生活ではとても繊細で優しい女性なんです。彼女と付き合っていた頃、僕のまわりにいるフランス人のマッチョたちは『自分より大きな女性をどうやって扱ってるんだ?』と、羨望のまなざしで見ていました(笑)。当時、僕はすでに、ありがちなマスキュリンなイメージには飽き飽きしていたんです」
二つの世紀を通してグラマラスな時代の寵児であり、同時に、文化の多様性を体現してきたジャン=ポール・グード。独自のビザールでめくるめく高揚感に満ちた作品世界は、バランスを求めて揺らぐ時代に手向けられた、「イメージメーカー」からの示唆に富んでいた。
「In Goude we trust! ジャン=ポール グード展覧会」
会期/開催中〜12月25日(火)
会場/シャネル・ネクサス・ホール
住所/東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
開館時間/12:00〜19:30
休館日/なし
入場料/無料
URL/https://chanelnexushall.jp/program/2018/jeanpaulgoude/
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Interview & Text:Chie Sumiyoshi Edit : Keita Fukasawa