宇多田ヒカル、デビュー20周年で迎えた“二度目の初恋” | Numero TOKYO
Interview / Post

宇多田ヒカル、デビュー20周年で迎えた“二度目の初恋”

1998年、文字通り“彗星のごとく”音楽シーンに現れた宇多田ヒカル。圧倒的なボーカル力と類い稀な音楽性で愛され続ける国民的なポップアイコンが、デビュー20周年を機に語った“成長”と“不変”。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年9月号掲載)

かつてもいまも変わらぬ主題

宇多田ヒカルが7thアルバム『初恋』をリリースした。このタイトルは1999年に大ヒットし、今も多くのリスナーに愛されている彼女の1stアルバム『First Love』を想起させる。言わば“二度目の初恋”ともとれるこの一枚には、深淵なる才能によって更新された圧倒的なポピュラリティと、切なくも瑞々しく、より力強いピュアネスが満ちていた。 「自分でも象徴的なアルバムタイトルになったと思います。もちろん、かつての『First Love』から今回の『初恋』までの間にはいろいろな流れを経ているんですが、その一方で、私としては特にスタンスを変えたつもりもなく、むしろ歌っている主題は基本的に変わっていないと思っていて。そうした思いから、今回のタイトルの対比が自分の中でしっくりときました」 ──その変わらぬ主題とは? 「人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。浅いものから深いものまで。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くは無意識に作用して、他者との関係性に影 響していく。その無意識の影響を紐解いては、『何故なんだろう?』と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです」

──不変的な主題だからこそ、普遍性が見出せるということですか?

「そうですね。やっぱりそこにたくさんの答えがあるので」

──1曲目の「Play A Love Song」の歌詞の一部は、ご自身も出演された清涼飲料水のCM撮影の合間に浮かんだそうですね。

「雪の中にいたせいか、〈長い冬が終わる瞬間〉というのがぱっと浮かんで。前作の『Fantôme』(※2016年。急逝した実母に捧げられた)には喪に服しているような緊張感があったけれど、今回はそこからの雪解けというか、春が訪れたような生命力や開放感みたいな方向へ向かっていたので。これは今回のすべての曲に通じるんですが、〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、“すべてはいずれ終わる”という考えに繋がっていて。“諸行無常”というわかりやすい仏教の言葉があるけれど、それを理解し受け入れることは、そんなに簡単なことじゃないよねっていう。今回はそういう思いが詰まったアルバムでもあって」

──たしかにいくつもの“始まり” と“終わり”が詰まった一枚ですね。

「そう感じてもらえたらうれしいです。 例えば『初恋』という曲も、恋の始まりとも終わりとも取れるように書いています。初恋というのは、それを自覚した瞬間から、それ以前の自分の終わりでもあるので」

──前作以前のポップ感が戻ってきたような印象も受けました。

「自分でも久々に言葉の響きや語呂遊びで“遊べた”気がします。白洲正子さんの『名人は危うきに遊ぶ』というエッセーが昔から好きなんですが、私は“遊び”という言葉が“余裕”という意味で使われていたというのをその本で知ったんです。例えば紐を緩めることを『遊びを持たせる』と表現するじゃないですか。今の自分の作風や気持ちはそれに近いというか。着物の帯をちょっと緩めて、息を深く吸うような感じで詞曲に臨むことができたと思います」

──表題曲となった「初恋」は、かつて『First Love』を書いた宇多田ヒカルが、いま“初恋”を描くとこうなるのか、という考察においても興味深い一曲です。

「そうやって比較ができること自体、面白いですよね。一人のキャリアの中で照らし合わせのできる曲が生まれるというケースも、案外珍しいのかもしれないなって」

──「Forevermore」の〈愛してる、愛してる〉の後に続く〈それ以外は余談の域よ〉という歌詞からは、あらためて現在の宇多田さんの作詞の凄みを感じました。

「うれしいです。『Fantôme』のときから、自分自身に設けていたセンサーシップ(検閲)を外した自分と向き合って曲を作ることが、いまの私にとっての成長というか。だからこの行も、自分で読んで『うんうん、そうだよね』と頷いていました」

パーソナルとフィクション

──「Too Proud featuring Jevon」 は“セックスレス”をモチーフに描いた官能的な曲ですね。

「今回のなかでもお気に入りの上位です。これって夫婦に限らず、恋人間でも起こる話で。特に私が書きたいと思った理由のひとつが、特に“日本で多い”という事実を知ったからでした。これ、海外で話すと、『何でそうなるの?』っていう反応なんですよ。そこから日本で色濃い理由を突き詰めてみると、それは“臆病さ”であり“拒絶されることへの恐れ”なのかなって。仮に信頼している相手から、意図的ではなくとも、傷つけられたり、一時的に受け入れられなかったとしても、『自分に価 値がないからだ』とか『もう駄目だ』なんて思わず、また相手に向き合えると思うんです。でもそこで怖さを強く孕ませてしまう空気が、どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか、すごいじゃないですか。“一度挫折したらもう終わり”みたいな雰囲気とか」

──たしかに。ラストの「嫉妬されるべき人生」は本作のなかでも小説的な要素がより色濃い歌詞ですね。

パーソナルなようでいてフィクション性の強い、私小説のような歌詞ですよね。愛とはまた異なる、いまの私が書ける“至上の恋”を描く究極のラブソングを目指しました。時折、『この歌詞は実話ですか?』と問われることがありますが、それって私からすれば『今日の下着の色は?』と聞かれるのに近い感覚というか。楽曲を評価する上においてどうでもいい話だと思うし。たとえ発端は事実だったとしても、パーソナルさが増せば増すほど、同時にフィクション性も増していくものですからね」

──最後に、本作は宇多田さんにとってどんな一枚となりましたか?

「制作の最後で、すべての物事は始まりでもあり終わりでもあるんだという思いが、一気に収束するような達成感を強く感じられてほっとしました。『Fantôme』とはまた違った重さを備えた、これまでで最もパワフルなアルバムになったと思います」

宇多田ヒカル『初恋』

エンジニアと演奏は豪華海外勢。世界レベルを誇るクオリティの傑作
レコーディングエンジニアは前作に引き続きサム・スミス等を手掛けるスティーヴ・フィッツモーリスが担当。演奏もアデルやエド・シーラン等の仕事で知られるドラマーのクリス・デイヴほか、ハイレベルな海外勢で固められた。
¥3,000(EPICレコードジャパン)

Photo : Takay Hair & Makeup : Ryoji Inagaki Styling : Kyohei Ogawa Text : Masaki Uchida Edit : Michie Mito

Profile

宇多田ヒカル(Hikaru Utada)1983年生まれ、NY出身。1998年デビューシングル「Automatic/time will tell」でダブルミリオンセールスを記録、15歳にして一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。ファーストアルバム「First Love」はCDセールス日本記録を樹立。以降、アルバムはすべてチャート1位を獲得。2016年6枚目のオリジナルアルバム「Fantôme」は自身初のオリコン4週連続1位や全米のiTunesで3位にランクイン、CD、デジタルあわせミリオンセールスを達成するなど、国内外から高い評価を受けた。2018年6月に7枚目のオリジナルアルバム「初恋」をリリース。11月からは12年ぶりの全国ツアーも予定している。

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