People / Interview

片山真理インタビュー「時間というものが唯一信じられるピュアなものなのかもしれない」

第45回(2019年度)「木村伊兵衛写真賞」を受賞した片山真理(本誌取材は発表前)。幼少期に両足を切断し、以来、義足とともに生きてきた自分をモチーフに創作活動を続けるアーティストである彼女に「ピュアとは?」という質問を投げかけてみたら、彼女の作品がいま私たちに問いかける数々が浮かび上がった。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ』2020年5月号掲載)

shell, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association
shell, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association

white legs #001, 2009 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association
white legs #001, 2009 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association

片山真理と考える「ピュア」

「自分」という存在をモチーフにインスタレーションと写真をメディアとして作品を作る片山真理さん。その自身を真っすぐ見つめる姿には「ピュア」という言葉がよく似合う。9月に京都で開催予定のKYOTOGRAPHIEへの思いを聞いた。

──ピュアという言葉は片山さんにはどう響きますか?

「最近、水をテーマにした作品を撮って、真っ先に浮かんだのは「澄んだ水」でした。けれど、味や香りがないからといって水が澄んでいるとは限らない。何をもってして「ピュア」といえるのかとも思ってしまう。ピュアとは、混じり気がないという意味ですよね。そこに弱々しさや繊細さも感じてしまうんです」

──人間として一番ピュアな存在は生まれたての赤ちゃんかなと思ったんですが、命を産み落とすという体験を経てどう感じてます?

「最初は、食べられるなって思いましたね(笑)。生まれたての頃は汚れてないし、鼻水だって食べられましたけど、離乳食が始まると急に人間くさくなるというか。外の世界に出てきて、社会に順応しながら『自分』として存在していく。そうなるってことはピュアさを失うということかもしれませんよね」

bystander #002, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association
bystander #002, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association

──片山さんの自己に向き合う姿にピュアなものを感じるのですが、ご本人としてはどうですか?

「一つの作品の中に、その作品を作るまでの過去の自分、作っているときの自分と、複数の時間軸があるんです。過去・現在・未来がグラデーションになっていて、それは独立した存在なんですね。そういう意味では、時間というものが唯一信じられるピュアなものなのかもしれない。例えば、いま足尾銅山の水のことを調べていて、目で見るととてもきれいなんです。でも鉱毒事件が起きて、田中正造という政治家がそれを訴えた歴史を考えると、これが本当にピュアなのか、と思ってしまう。ただ、時間の流れだけはみんなに平等で、人間が勝てないものだとは感じています」

──人間の勝手な行動によって公害などが起きるわけですが、同時に水や自然には人間に勝てないような自浄作用があってほしいという希望のような感情も持ってしまいますよね。

「希望があった、と過去形で思っています。自然の作用と人間がやってしまったことを分けるのではなくて、いいことも悪いこともあると考えるしかない時期に来ていると思うんです。極端な話をすると、その間に存在するのが自分なのかな、と。自然なものに、人工的に手を加えてもらってやっと生きている。人間としての作用を待っていたら、今、ここにはいられない。道具を使って生き残ることが人間の特性なのだとしたら、その間があってもいい。そう考えないと、自分が存在できる気がしないし、その答えをずっと探しているのかなとも思います。足尾銅山に加えて、水の汚染があったミシガン州フリントに行ったり、水俣病について調べていて、過去・現在・未来という時間軸の中に、人間だからやったこと、人間だからできたことがある。いいことも、悪いことも覚えていくことが大切なのかなって。赤ちゃんだって、放っておいたら死んでしまうし、手を加えていない、汚れがないものに疑いの目を持ってしまっているのかもしれない」

in the water #008, 2019 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association
in the water #008, 2019 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association

──今回の出展作品の中にも「in the water」という作品がありますね。水に興味を持ったのは?

「そもそも故郷が足尾銅山から流れている渡良瀬川の下流にあって、畑が汚染されて裁判なんかがあったという話を祖父に聞いていたのですが、群馬に拠点を移すにあたってドライブに行ったりして、海辺や渡良瀬川のそばで写真を撮ったりしていたんです。ただ今回の『in the water』は、実は水とは関係なくて。自分の足の帯状疱疹が悪化して抗体にアレルギー反応を起こすようになってしまって、その姿に公害、人間がやってきたこと、社会の成り立ちと似たものを見たんですね。内部で問題が起きたときに、外部に敵をつくるといがみ合っていた人たちが同じ方向を向くというような。ただ普通に痛々しく撮るのは嫌だったから、ラメっとくか(笑)と、キラキラさせて写真撮ったら海っぽくなったので、そのタイトルを付けたんです。そしたら2ヵ月後に、滞在先のベネチアで、アクアアルタと呼ばれる満潮を体験したんです。温暖化による58年ぶりの高潮で、滞在先も水浸しになり、命の危険を感じるほどの状況を体験して水に関わるのはもうやめたほうがいいのかな、とも思いました。なんで足の写真にこのタイトルを付けたんだろうってずっと考えていたんですが、娘に教えられたことがあって。子どもの肌のようにすべすべな私の足にずっとスリスリしていた娘が、帯状疱疹でブツブツができたあとも同じように接してる姿を見て、自分はそれまで、何が悪くて何が良いのかの白黒をはっきりさせたかったんだけど、よし悪しと『好き』という気持ちは別なんだなって。例えば今の日本という国の状況に対しても、つらかったり嫌なこともあるけれど、だからといって愛情が変わるわけではないというか」

──今の世の中、まだ「女性アート」にくくられる風潮がありますよね?

「そもそも男女が半分ずついるのに、なんで『女性』というところがピックアップされるのだろうとも思うんですが、同時に言わないと始まらないとも思うんです。障害者であるってこともそうですが、平等な存在ではあるけれど、あなたにできて、私にできないことがあるってことは、言わないとわかってもらえない。でも言い続けていれば、社会は進化するんだと思います。足尾銅山は百年公害と言われたんですが、娘が生まれてからは特に、母、祖母を超えた前の時代や、娘、その子ども、というように百年以上の時間軸を考えるようになり、今の自分の動きの大切さを自覚するようになりました。言い続けないとダメだなって」

──女性にはピュアであることが必要以上に求められることもあります。

「女性としてもそうですが、障害者ピュア説ってあるんですよ。自分が普通に恋愛してきたことに驚かれたりすることもあります。日本だとどうしても障害者は制度上の施しを受ける身として「立場をわきまえろ」という空気感がある。だから私は良い意味で、期待を裏切っていきたいなと思っています」

「かつてかわいくてフリフリな物が好きだったんだけど、最近、だんだん苦手になってきた」と話す片山さん。KYOTOGRAPHIEの展示では、過去の作品に加え、近年の「水」への関心を表現した作品を展示する。これからの進化にも注目だ。 on the way home #009, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association
「かつてかわいくてフリフリな物が好きだったんだけど、最近、だんだん苦手になってきた」と話す片山さん。KYOTOGRAPHIEの展示では、過去の作品に加え、近年の「水」への関心を表現した作品を展示する。これからの進化にも注目だ。 on the way home #009, 2016 ©Mari Katayama. Courtesy of rin art association

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020
世界屈指の文化都市・京都を舞台に開催される、日本最高峰のアート写真フェスティバル「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2020」。通常非公開の寺院、指定文化財などといった歴史的建造物から、ギャラリー、近代建築などさまざまな空間を舞台にアート写真を展示。第8回目を迎える今年は「VISION」がテーマ。片山真理、オマー・ヴィクター・ディオプら国内外のアーティストの作品が京都に集結する。
9月19日(土)〜10月18日(日)予定 京都市内十数箇所
www.kyotographie.jp/

Interview&Text : Yumiko Sakuma Edit : Mihie Mito

Profile

片山真理Mari Katayama 1987年、埼玉県生まれ、群馬県育ち。2012年東京藝術大学大学院修了。先天性の四肢疾患により9歳の時に両足を切断。身体を模った手縫いのオブジェや立体作品、装飾を施した義足を使用しセルフポートレート作品を制作するほか、歌手、モデル、講演など多岐に渡り活動。05年に群馬青年ビエンナーレ奨励賞を受賞。多数の個展を開催し、あいちトリエンナーレ2013、六本木クロッシング2016、ヴェネチア・ビエンナーレ2019国際企画展などさまざまな国内外のグループ展に参加。

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