時間は、常に、誰にでも平等で、普遍的な財産なのだと思う。
2020年5月28日(木)発売の『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年7・8月合併号に寄せて。編集長・田中杏子からのエディターズ レター。
小誌を創刊して、今年で14年目です。この14年間は常に“あ~っ忙しい”と言いながら過ごしてきた気がします。特にここ数年のファッションの流れは春夏、秋冬コレクションのみならず、クルーズやホリディ、プレフォールといったように一年間に発表するコレクションの数が圧倒的に増えました。国内で開催する新作発表の展示会もあれば、ご招待いただいて出向く海外開催のものもあり、海外プレスとともに余興を体験するという楽しいイベントも数多くありました。
もちろんディナーやパーティといった華やかな夜の会も多く、人と会い、会話を楽しみ、そこでまた新しい企画のインスピレーションが湧くといった日々が日常でした。それが新型コロナウイルスによりパタリと止まってしまったわけです。あんなに忙しい忙しいとめまぐるしく生きてきた私に思いもかけない膨大な時間が与えられました。さて。
この貴重なおうち時間を有意義に過ごそうと、今まで見て見ぬ振りをしてきた本棚に始まり、家中の掃除を始めました。今の住処に引っ越しをした際に片付けをしたそのままの状態で早10年。すっかり手付かずの本棚に、さらなる新参物が続々追加され、ひしめき合って、でもそれなりの秩序を保ちながら陳列されていました。それらを丁寧に本棚から出し、ページを開いて取捨選択。購入したままビニールカバーを外していなかった写真集や作品集もあり、本たちに申し訳ないことをしていたなと自責の念も生まれました。
小誌2020年3月増刊号の表紙にご登場いただいた近藤麻理恵さんが以前、片付けの極意の一つとして“本は叩いて起こしてあげましょう”と話されていました。その言葉どおり、表紙をポンポンっと叩いて起こし、埃を払っていくと、その本を手にしたときのこと、購入を決めた動機、読了後の感想などを思い出していきます。こんなふうに過去を振り返ることなどしてこなかったので、あり余る時間をいただけたことに感謝しながら、久しぶりのおうち時間を楽しんでいます。
時間ができたことでもう一つ着手できたのは、自分自身を振り返るという作業。まだまだ将来は長いと思っていたけれど、ふと気づくと過去のほうが長いわけで、どんな経験を積み、どんな人生をたどってきたのか。また、これからそう長くはない時間をどう有意義に過ごしていくのか。気づきもあれば反省もありで、“時間”に感謝ひとしおです。
今号では“時間”という概念を作品に落とし込んだアーティストや映画、作品を紹介しています。彼らの作品や表現を通して“時間”が教えてくれることに思いをはせてみるのはいかがでしょう。また、“時間とお金”という超資本主義社会に警鐘を鳴らしてきたミヒャエル・エンデの言葉から将来を考えてみる「エンデが夢見たユートピアに向かって」もオススメです。
時間は、喜びや戸惑い、自己省察、鼓舞といった人生の面白味に気づかせてくれます。それぞれが紡いできた時間こそ、二つとない貴重な財産なのだと気づかせてくれます。時間は私たちに大切なことを教えてくれます。その時間をいただけた今こそ、有意義に、次なるアクションにつなげられるように過ごしていきたいと思います。
Numéro TOKYO編集長 田中杏子