心を揺さぶられる、感動を超えた旅。世界自然遺産の知床へ【ダージリン コズエが行く、人生最高の旅】
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心を揺さぶられる、感動を超えた旅。世界自然遺産の知床へ【ダージリン コズエが行く、人生最高の旅】

旅のプロ、ダージリン コズエによる連載。世界中のあらゆるデスティネーションを行き尽くし、現在も国内外問わず旅に赴く玄人トラベラーが語る、“人生最高の旅”とは?

人生最高の旅というテーマで連載をスタートして数ヶ月経ちますが、ふと、人はどういう時に最高の旅と思うのだろうと考えてしまいます。

最高の旅。それは体験した年齢、それまでの経験によって受け止め方が変わり、また誰と過ごし、どのような天候だったかによって、最高にも最悪にもなる可変性を持ち合わせています。

私は旅行に出る度に、行きたいところへ行き、やりたいことをやるのですが、加えて今まで「できなかったこと」や「はじめてのこと」、「関心がなかったこと」を旅の間で少しだけ取り入れ、知らないことを学ぶようにしています。

今年の夏、北海道のグリーンシーズンに、道東でダイナミックな大自然に触れる旅に行ってきました。

「道東へ行く」と言うと、「動物が好きなの?」「ハイキングをするの?」など質問をされたのですが、動物にもハイキングにもあまり興味はなく、ただ夏の北海道で自然を感じながらSUPをしたいという一心で、北海道SUPの老舗であるHokkaido Great Adventureに依頼し、道東をまわる4日間のツアーを組んでもらいました。

羽田から女満別空港へ入り、屈斜路湖、阿寒湖へ行き、静寂な森に囲まれた湖でSUPをし、大自然を全身で感じるという自分にとっては最高の旅行。

天候もいいし、ダイナミックな北海道を体験できよかったーと最初の1日半ほどで旅の満足度がマックスを超えたような気持ちでした。

が、これはまだ序章だったのです。

道東を旅していると、道端にひょっこりキタキツネが出てきたり、またハイキング途中にエゾジカが人間の存在を気にしながらも、草や木の実のご馳走を夢中になって食べたりしている場面によく遭遇します。

いかんせん、人生のほとんどをインドア派で生き、この2〜3年でアウトドアに興味が出てきたという新人。しかもアウトドアと言ってもフィールドは南の海ばかりだったので、このような陸に住む野生動物とは無縁の生活を送ってきました。

しかし、実際に野生動物を見ると、そのかわいさに圧倒され、一定の距離をとりながら、ついスマホをむけてしまいます。

今まで犬以外の動物に対して特に興味はなかったのですが、北海道で野生動物を見てからというもの、彼らの魅力にやられてしまったのです。

そして、知床ではさらに想像を遥かに超える景色や、感動が待っていました。

北海道東部に位置する知床半島は、手付かずの大自然と、希少な動物などが生息しており、2005年に世界自然遺産に登録されました。

また、ヒグマが高密度で生息している地でもあります。

知床半島では、「ヒグマの生息地 近づかない!餌を与えない!」と書かれた看板を日本語、英語でよく見かけます。

ヒグマがいるところに、私たち観光客がお邪魔をしているというわけで、常にピーンとした緊張感があります。

理解して訪れているにも関わらず、やはりヒグマに遭遇したらどうしようという恐怖が常にありました。

そんなとき、車で移動中に、道路近くの熊笹の中を歩く若いヒグマの後ろ姿を見かけたのです。

Photo: Hokkaido Great Adventure
Photo: Hokkaido Great Adventure

一瞬、ものすごい緊張感が走ったのですが、なんとも言えないこの哀愁あるヒグマの後ろ姿。それまでただ凶暴な動物だと思っていたヒグマに対して、私の中では恐怖から関心へと変わっていきました。

知床でガイドさんや地元の方々の話を聞いていると、ヒグマは基本的にとてもシャイで人間の気配に気づくとさっーと去るらしいのですが、木の実を夢中で食べていて人の存在に気づかず、鉢合わせして人もクマも「ぎゃっ!」とパニックになってしまう事があると。まずはあわないためにも人間側は音を出し、クマにあった時は知らんふりしてゆっくり引き返す事が必要など。

一方で、本来はクマが知ることのない人間の食べ物を観光客が与えることで、一度味を覚えるとそれを忘れることはなく、ものすごい執着心で人がいるところへ出てくるため、クマも人間も幸せにならないというお話も。

そのような話を聞いていると、いかにこの知床の大自然の中で人間と野生動物とがそれぞれのテリトリーで自分の存在を発しながら長いこと共存していることを知るいい機会となりました。

さて、この豊かで厳しい知床の旅では、半島の東側にある羅臼も訪れました。

車で日本最北端の相泊港までいき、そこから漁師さんが出す小型ボートに乗り換え、知床岬の方面へ。

夏とはいえ、20度を下回る気温。
海岸線には、漁師さんたちが漁のために夏の間寝泊まりし、作業などをする「番屋」が建ち並んでいます。海岸から近いところには漁場が広がっており、高級昆布として有名な「羅臼昆布」もまさにこの番屋を舞台にして作られているとのこと。

あいにくその日は曇り。海はしけていなかったのですが、時折小雨が降る天気でした。

しかし、この天候がまさかの景色を見せてくれたのです。

鬱蒼と生い茂る緑が、険しいながらも風光明媚な半島を覆い、そこに白い霧がふんわりと覆っています。そして、時間とともに、海から近いところから霧が上がっていき、岩肌が出てくる姿がなんともドラマティック。

「羅臼」は、獣の骨のあるところという意味をもつ「ラウシ」が語源と言われています。

この日乗船した小型船の船長さんは、長年漁師としてこの地で暮らし、羅臼の海や生き物を知り尽くしていらっしゃる方。乗船中、なんと天然記念物であり、絶滅危惧種にも分類されている「オジロワシ」がいて、近づきしばしエンジンを切って観察です。

岩とカモフラージュしてわかりにくいかもしれませんが、てっぺんに2羽が仲良く海と山を見渡していました。

羅臼の海は、冬の流氷、そして知床連山から流れる川の水と海水とが合わさって、恵まれた水産資源を生み出しています。

そしてこの陸と海とが川で繋がることによって、この場所で自然界の動物たちのドラマが繰り広げられているのです。

海鳥やオジロワシが魚を狙い、秋には、海から川へと遡上するサケを狙って、河口付近にはヒグマが陣取ります。

木彫りの熊もサケを咥えているので、てっきりヒグマはサケを丸ごと食べるのかと思っていたのですが、栄養が高いイクラを食べて、ほかの部分は、ペッと捨てるらしいのです。そして、その身の部分をキタキツネやオジロワシなどが狙っていると。

食物連鎖がこの海岸沿いでだけでもきているんですね。

魚卵好きな人間の私としては、サケよりイクラを好むので若干ヒグマに対して親近感も湧いてきたのですが、痛風を心配する人間とは異なり、彼らは冬眠に備えて栄養をたっぷりと蓄えるためにイクラを食べているというのはとても理にかなっているなと。

大人になっても、知らないことばかりです。

最後に、なんだかこの羅臼の景色を見ていると「神隠し」というのがしっくりくるなと思いました。

アイヌ語でヒグマのことを「キンムカムイ」というそうで、意味は「山の神」。

この日、ボートからヒグマを見ることはできなかったのですが、美しい霧が知床の山の神を隠しちゃったのかな、と。

今まで野生動物にほとんど興味はなかったのですが、知床での大自然の美しさとともに動物の話を聞けば聞くほど、ダイナミックな自然環境の中でそこに生きる逞しくしなやかな人と動物たちの息遣いを感じる旅となりました。

きっと、このような自分の常識や興味関心を揺すぶられる旅こそが、人生最高の旅となっていくのではないかと思います。

 

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Photos & Text: Darjeeling Kozue

Profile

ダージリン コズエDarjeeling Kozue 20代で世界一周の旅を経験し、30代で世界中のブティックホテルやデザインホテル、ラグジュアリーリゾートなどを巡ってきた旅のエキスパート。海外旅行のガイドブックや雑誌などの編集経験もあり。本業は、外資系企業でジェネラル マネージャーを務めている。Instagram: @cozykozue

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