ノア・バームバック監督作『ジェイ・ケリー』でジョージ・クルーニーが”ほぼ本人”の映画スターを快演
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ノア・バームバック監督作『ジェイ・ケリー』でジョージ・クルーニーが”ほぼ本人”の映画スターを快演

「自分でいることは重圧。他人か匿名でいるほうが楽だ」──30歳の若さで自死した米国出身の詩人シルヴィア・プラス(1932年生~1963年没)の言葉が冒頭で引用される。この映画『ジェイ・ケリー』は、あのジョージ・クルーニーが、世界的な成功を収めながらも個人的な後悔や葛藤に苛まれる60歳の映画スターを演じる内容だ。我々には“ほぼジョージ・クルーニー本人”にしか見えないジェイ・ケリーの姿だが、果たしてこれは彼の自画像なのか? クルーニー自身は自伝的な内容であることを否定しているものの、例えばロバート・レッドフォードの映画人生をオマージュ的に映し出した『さらば愛しきアウトロー』(2018年/監督:デヴィッド・ロウリー)のように、クルーニーのキャリアの途中総括的なメタシネマだといわれても違和感がない。おそらくジェイ・ケリーは、マルチバースに生きるもうひとりのジョージ・クルーニー、あるいは彼に似た他の誰か、とでもいえる存在かもしれない。

一見華やかなハリウッドセレブの知られざる孤独と苦悩を映し出す心の旅とは

監督はノア・バームバック。『マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)』(2017年)、『マリッジ・ストーリー』(2019年)、『ホワイト・ノイズ』(2022年)に続くNetflix作品であり、2025年12月5日からグローバル配信開始。同年8月に第82回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映され、米国では11月14日に一部劇場で公開。日本でも11月21日から限定劇場公開されている。


 
物語は映画撮影中の舞台裏から始まる。ベテラン人気俳優ジェイ・ケリー(ジョージ・クルーニー)は、最新作『八人の無頼漢』の撮影を完了させた後、まもなく大学に入学する高校生の娘デイジー(グレイス・エドワーズ)と一緒に過ごすオフの時間を取ろうとする。しかしデイジーはその申し出をすげなく断り、友人たちと共にパリのジャズ・フェスティバルに行くというのだ。
 
また同じ頃、ジェイ・ケリーは恩師であるピーター・シュナイダー監督(ジム・ブロードベント)が亡くなったことを知らされる。シュナイダー監督は約35年前、『クランベリー街』という映画で新人時代のジェイ・ケリーを起用し、まったくの無名だった彼のキャリアを大きく切り開いてくれた。だが現在、不遇の状態にあるシュナイダー監督は、新作の資金調達のためジェイ・ケリーに協力を申し出るが、彼はそれを断ってしまった。ジェイ・ケリーの胸に後悔の念が押し寄せる。


 
さらにシュナイダー監督の葬儀のあと、ジェイ・ケリーはかつての演技学校のルームメイトであるティム(ビリー・クラダップ)と再会。実は『クランベリー街』のオーディションの際、ジェイ・ケリーはティムの付き添いで参加しただけだった。しかしそこで監督に見初められたジェイ・ケリーはハリウッドでスターダムにのし上がり、一方でティムはチャンスを掴むことができず、現在は児童セラピストとして働いている。当然ティムの心にはジェイ・ケリーへの妬みや怒りが溜まって燻っており、やがてそれが爆発。「正直言って君が嫌いだ。俺の人生を盗んだ!」という言葉から、ふたりは駐車場で殴り合いを繰り広げることに……。
 
その翌朝、ジェイ・ケリーは大胆な決意をする。次回の映画を降板し、娘デイジーを追いかけてヨーロッパへの旅に出ようというのだ。そこで一度辞退を表明したイタリアのトスカーナで開かれる映画祭での功労賞を、やはり受けることに変更し、献身的なマネージャーのロン(アダム・サンドラー)や、広報担当のリズ(ローラ・ダーン)を連れて、一般客と同じ列車に乗り込み、パリを経由してトスカーナへと向かうことにする──。

一見華やかなハリウッドセレブの知られざる孤独と苦悩。劇中では現在のジェイ・ケリーが、23歳の自分(チャーリー・ロウが演じる)の光景を客観的な視座から見つめている──という演出で回想シーンが語られる。現実と幻想を行き来しながら、映画監督の告白的な内面模様を描いた名作としてはフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』(1963年)がよく知られており、例えばアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のNetflix映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(2022年)も同様の系譜の延長にある。『ジェイ・ケリー』はその俳優版といえるだろうが、主体は特定の個人というより「映画スター」の象徴としてのジェイ・ケリーである。演じることで虚実皮膜を生きる存在の代表かつ典型像として、ジョージ・クルーニーが自身の身体やキャラクターを提供し、彼について私たちが知っている事柄やイメージを映画の基盤にしている。


 
「ジェイ・ケリー、ゲイリー・クーパー、ケイリー・グラント……ジェイ・ケリー。クラーク・ゲイブル、ジェイ・ケリー……ロバート・デ・ニーロ、ジェイ・ケリー……」と、列車の中でトイレの鏡に写る自身の顔を見ながらジェイ・ケリーはひとりつぶやく。ハリウッドを体現する偉大な先達のスターたちと並んで、彼はその輝きの背後にある個的な闇に潜む問いを静かに提示する。
 
さらにアダム・サンドラー演じるマネージャーとの関係は、スターの背後にある支えと犠牲を映し出す。これは単なる人物関係ではなく、映画産業並びにショービジネスそのものの構造を示す寓話である。我々観客はその姿を通じて、映画がいかに夢を紡ぎ、同時に関わる人間を消耗させるかを理解する。また資本主義の論理に支えられたシステムの中でもビジネス上の立場やつながりを超え、確かな友情や人間信頼が紡がれている様子も目にすることになるだろう。
 

『ジェイ・ケリー』は光と影の旅。スクリーンに映るのはひとりの男の栄光と後悔でありながら、同時に映画という夢の装置が自らを語る時間である。おそらくクルーニーもまた、彼の深層はこの作品の主題と重なり、彼自身が「映画とは何か」を問い直す生きた証人となるのではないか。トスカーナの映画祭でのトリビュート・リールには、『マイレージ、マイライフ』(2009年/監督:ジェイソン・ライトマン)、『オーシャンズ11』(2001年/監督:スティーヴン・ソダーバーグ)、『アウト・オブ・サイト』(1998年/監督:スティーヴン・ソダーバーグ)といったクルーニー主演の代表作の映像が収められている。
 
撮影を務めたのは『ラ・ラ・ランド』(2016年/監督:デイミアン・チャゼル)でアカデミー賞撮影賞を受賞したスウェーデン出身の名手、リヌス・サンドグレン。35mmフィルムで撮影し、これがバームバック監督との初コラボレーションとなった。また来年(2026年)1月に開催予定の第83回ゴールデングローブ賞のミュージカル/コメディ部門では、最優秀主演男優賞にジョージ・クルーニー、最優秀助演男優賞にアダム・サンドラーがノミネート。賞レースでの結果も大いに期待される。
 

Netflix映画『ジェイ・ケリー』

監督/ノア・バームバック
出演/ジョージ・クルーニー、アダム・サンドラー、ローラ・ダーン
www.cinemalineup2025.jp/jaykellyfilm/
一部劇場にて公開中/Netflixにて独占配信中

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

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