イニャリトゥ監督最新作がNetflixで配信『バルド、偽りの記録と一握りの真実』 | Numero TOKYO
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イニャリトゥ監督最新作がNetflixで配信『バルド、偽りの記録と一握りの真実』

『レヴェナント:蘇えりし者』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で2年連続アカデミー賞監督賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の新作『バルド、偽りの記録と一握りの真実』がNetflixにて独占配信中。イニャリトゥ監督が2000年に世界的センセーションを巻き起こした『アモーレス・ペロス』以降、初めてメキシコで撮影した映画でもある本作は、主人公シルヴェリオの濃密かつ感動的な心の旅路を美しい映像とともに描く、壮大で心奪われる物語。

二度のアカデミー賞に輝く映画監督の極私的でストレンジな内面の旅──。
メキシコ出身の鬼才、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が赤裸々に描く、彼自身の「偽り」と「真実」とは?

とある荒野。助走をつけて、空を飛ぼうとする男の影が映る。彼の主観と一体化したカメラアイ。浮かんだ! だがしばらくするとまた降下。男は諦めずチャレンジ。再び宙に浮かび、今度はぐんぐん上昇。しかしまた下がってくる。男はあきらめないで、いま一度助走。これを何度も繰り返す──。

飛ぼうとして、飛びきれない男。あるいは虚空を彷徨う男。そんな印象的なオープニングシーンから始まるのは、メキシコ出身の名匠、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(1963年生まれ)の最新作だ。長編監督デビュー作『アモーレス・ペロス』(2000年)でいきなり世界的な脚光を浴び、ワールドワイドな規模感で役所広司や菊地凛子も出演した『バベル』(2006年)により、カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)と『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015年)ではなんと二年連続でアカデミー監督賞に輝いた。

驚異的なスピードで、映画監督としてキャリアの頂点に立ったイニャリトゥ。だが7年ぶりの新作長編となる本作『バルド、偽りの記録と一握りの真実』は、まるで楽屋裏のように、そんな華々しい成果や達成に隠れた本音の部分を見せてくれる。彼自身を投影した主人公の心の旅路を描くもの──極めて内省的なオートフィクション(自らの実体験をもとにした創作)のスタイルによる異色の自伝的作品だ。2022年8月から9月に催された第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出され、Netflixで2022年12月16日(金)から独占配信されている。

主人公は、米ロサンゼルスを拠点に活躍する著名なジャーナリストであり、ドキュメンタリー映画作家のシルヴェリオ・ガマ(ダニエル・ヒメネス・カチョ)。彼はメキシコ人としては初となる国際的な賞の受賞が決まり、世間の祝福ムードの中で久々に母国へと帰郷することになる。

風貌からしてイニャリトゥに良く似た主人公シルヴェリオがたどる道筋は、現実に幻想や回想が連鎖的に絡んでいく奇妙なもの。劇中の言葉を借りれば「映像や記憶、断片的なものが絡み合う騒乱だ」。

もちろんこれは特に『バードマン』など、イニャリトゥの映画ではおなじみの作風でもある。だが今回のシュールな描写の数々はイニャリトゥの自己言及性に密着したものだ。例えば病院の分娩室で、母親の胎内から外に出ることを拒否する赤ん坊。医師が「もとの場所に戻りたいらしい。ひどい世の中だから」と呟く(そのあと、廊下で寝ていたシルヴェリオが目を覚ます)。あるいはシルヴェリオがビニールの水槽を抱えて列車に乗っていると、車両の中が突然水浸しになって淡水魚が浮かんだり――等々。シルヴェリオ=イニャリトゥの不安や焦燥が重層的に重なる、厭世的なイメージのスペクタクルとでも言うべきか。イニャリトゥが監督デビュー前、小さな息子を亡くしていることなども、これらのシーンからは想起させられる。

さらに、いわゆる現実的なシーンでは、シルヴェリオ=イニャリトゥの葛藤や自己批判、自問自答ぶりが露わになる。特にシルヴェリオに対して容赦なく辛辣な言葉を向ける“敵役”として登場するのは、旧知の仲であるテレビ番組の司会者、ルイス(フランシスコ・ルビオ)だ。例えば彼の番組にシルヴェリオがゲストで出演した時、「君が米国リベラル派に利用されていて、受賞は極右からの攻撃の償いだという声もある。認識してる? LAのメキシコ人コミュニティを喜ばせる受賞だと」「資本主義のためCMを撮り続けてきた君が、急に芸術家に?」などとキツい調子でイジられる。さらに別のシーンでは「もったいぶって意味もなく夢幻的だ。筆力の凡庸さをごまかしているんだろう」なんて作風をディスられたりも。これは「イニャリトゥ批判」の最も安直かつ典型的なパターンのようで、さすがにシルヴェリオも反論するのだが、それにしても世界的な賞賛とは真逆の、自身の評価をめぐるネガティヴな面をさらけ出し、己のメンタルをはらわたごとえぐり出すような表現を赤裸々に展開していることに驚かされる。

社会的に成功することで生じた、セレブ化した自分と、出自や母国メキシコの現状、あるいは作品の主題性との段差。さらに家族との関係や軋轢など、あらゆる極私的なジレンマや欺瞞が、「遊び心を加えたドキュフィクション」(シルヴェリオの自作解説の台詞より)へと変形/昇華されて差し出される。映画監督のオートフィクション系の中でも、本作はイニャリトゥがリスペクトを表明しているフェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』(1963年)の系譜と言えるだろう。例えば北野武監督の怪作『TAKESHIS’』(2005年)などもそうだが、混乱したアイデンティティの在処を捜す“内面の旅”を、抽象的な想念を絡めて率直に描いたトラジコメディ(悲喜劇)とでも呼べる内容だ。

極私的とは言っても、さすがそのイマジネーションは豊かな幻惑性を湛え、壮大なスケール感に満ちている。偽りの記録が指し示すココロとは、そして一握りの真実とは何か──? イニャリトゥという現代を代表する映画作家の内に広がる、奇妙な小宇宙の風景を知ることができる貴重な一本が届いた。

Netflix映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』

独占配信中
監督/アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演/ダニエル・ヒメネス・カチョ、グリセルダ・シチリア二、ヒメナ・ラマドリッド
www.bardo-jp.com/

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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