「女、命、自由」をスローガンに揺れるイランの社会状況を反映。映画『聖なるイチジクの種』
イランから超弩級の衝撃作が登場。それが2024年5月の第77回カンヌ国際映画祭で絶賛を浴び、審査員特別賞を獲得した『聖なるイチジクの種』だ。監督のモハマド・ラスロフ(1972年生まれ)は、『ぶれない男』(2017年)や『悪は存在せず』(2020年)などで知られる反骨の映画作家。1979年のイラン革命以降、映画の検閲並びに表現の自由への規制が極度に厳しくなった同国において、ラスロフ監督は自作映画で政府批判を繰り広げたとして実刑判決を受けており、カンヌへの出席が危ぶまれていた。結局イランから亡命し、イラク経由でドイツに入ってからフランスに向かい、無事レッドカーペットに到着。作品上映前、ラスロフ監督が会場入りした瞬間に巻き起こったスタンディングオベーションはまさに伝説級の盛り上がりを見せた。
カンヌを沸かせた反骨の鬼才監督モハマド・ラスロフ、渾身のマスターピース
本作は「フランス・ドイツ・イラン合作」の形で製作され、今年(2025年)3月開催予定の第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にドイツ代表としてノミネートされている。
こういった背景の経緯からも政治的な意義やテーマ性ばかりが強調されがちだが、映画的な面白さとしてもかけ値なしの傑作だ。物語はイランの首都テヘランで暮らす、ある裕福な一家をめぐって展開する。国家公務員の一家の主イマンは20年に渡る勤勉さと愛国心を評価され、念願だった予審判事に昇進する。しかし仕事の内容は、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下すための国家の下働きだった。弾圧された市民たちの反感感情は日々募っており、報復の危険があるため、イマンには護身用の銃が国から支給される。だがある日、家庭内でその銃が消えてしまう。やがてイマンは妻ナジメ、長女レズワン、次女サナという愛する家族3人に疑惑の目を向け始めるのだが──。
説話構造は「紛失した一丁の拳銃をめぐるサスペンス」と「家父長制社会における家族の物語」という2つの軸が巧みに絡み合うものとなっている。まず主人公一家の家族構成をそのままイラン社会の縮図に仕立てているのが卓越点だ。
国家公務員として働くイマンは「父」であり「国」。しかも予審判事に昇進して、このままいけば夢の判事にまで出世できる。ただし現職では反政府デモの逮捕者をどんどん有罪判決に送りこまねばならない。イランは死刑執行数が年々急速に増加していることが国際的に問題視されている。国連の人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、イランで2024年、少なくとも901人に対する死刑が執行されたと見られると発表した。その内の約40人は、12月の1週間で処刑されたとしている。
ラスロフ監督の2020年の前作『悪は存在せず』は死刑制度をテーマにしたもの。さらに同年の『白い牛のバラッド』(2020年/監督:マリヤム・モガッダム、ベタシュ・サナイハ)など、イランの死刑問題を扱った映画が深刻な事態を反映して増えている。当然にもそれらは国内だと上映禁止。しかし苛烈な死刑執行の現状は国内でも反発が強くなっており、だから父イマンは護身用の拳銃を渡されるのだ。死刑執行人としての恨みを買う可能性が高いからと。
一方、2人の娘である大学生の長女レズワンと高校生の次女サナは、言うならばイランのZ世代で、反政府運動に共鳴する側にいる新世代だ。特にレズワンには大学の同級生であり、デモにも身を投じているサダフという親友がいる。
この「父」と「娘」の間にいるのが「母」のナジメだ。彼女はこれまで家父長的な価値観に則って生きてきた。しかも国に忠実な夫のおかげで良い家での暮らしを手に入れた。果たして彼女の“関心領域”は「父」の支配体系の中に留まるのか、それとも「娘」たちとの新しい連帯に向かうのか──。この母ナジメの選択こそが本作の決定的なキーポイントになっていく。
そんな本作の劇中には、イランで実際に起こった大きな事件が重要なモチーフとして組み込まれている。2022年の「マフサ・アミニの死」事件だ。9月13日、ヒジャブの着用の仕方に問題があったからという理由で道徳警察に逮捕され、3日後に死亡したイラン国籍のクルド人女性、マフサ・アミニさん(当時22歳)。彼女は警察に拘留中、当局の人間から激しい暴行を受け、それが死因になったと見られている。このあまりに理不尽な事件を受けて起こったのが「女、命、自由」をスローガンとするジーナ運動だ。女性や若者を中心とする体制への抗議運動はイラン各地での大規模なデモへと広がったが、同時に政府による弾圧も凄惨を極めた。
ちなみに第36回東京国際映画祭で話題になった2/28(金)公開予定のアメリカ・ジョージア合作映画『TATAMI』(2023年/監督:ガイ・ナッティブ、ザーラ・アミール)もジーナ運動の影響を受けている。本作はもともとイランの男子柔道選手に起こった事件をもとにしているが、映画ではマフサ・アミニ事件の衝撃を受け止めたアンサーのような形で、それを女子柔道に変更している。共同監督と出演を務めたのは、やはりイランの女性問題を扱った傑作『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022年/監督:アリ・アッバシ)に出演していたザーラ・アミール。先の東京国際映画祭コンペティション部門では審査委員特別賞と最優秀女優賞のW受賞に輝いている。
なぜイランの支配体系がこれほど苛烈を極めるかという点に関しては「政教一致」の問題がある。つまり政治と宗教(イスラム教)を一致させた体制であること。イランでは法学者(ウラマー)の最上位に立つ最高指導者の命令は絶対であり、国政全般における最終決定権を持つ。最高指導者=政府の決定に逆らうことは、国家への反逆並びに「神への反逆」だと見做されるわけだ。ゆえに本作『聖なるイチジクの種』の父イマンも「神に逆らうのか?」という言葉を持ち出して家族を抑圧しようとする。
ラスロフ監督の作品設計はどこまでも緻密かつ周到。しかもさらに驚かされるのは後半の豪快な展開である。詳しい記述は当然差し控えるが、まるで急カーブを切るように、テヘランの都市空間を離れて場所も話法も新たなステージに移る。ある種、突飛にも映るユニークな展開・構成ながら、ここでアクションスリラーの馬力を発揮して、強烈なインパクトのラストへとなだれ込んでいく。うねるような運動性で畳みかける演出のドライヴ感こそが映画監督としての実力証明だ。
冒頭のテロップでは『聖なるイチジクの種』(The Seed of the Sacred Fig)というタイトルの由来が解説される。「聖なるイチジクの木の一生は独特だ。種子は鳥の糞に混ざり、他の木に落ち、発芽すると地面に向けて根を伸ばす。そして宿主の木に枝を巻き付け、締め上げ、最後には独り立ちするのである」──。果たして締め上げられるのは何か、独り立ちするのは誰か。作品全体の主題を映画ならではのダイナミズムで可視化していくパワフルな駆動力が最高。167分の長尺があっという間だ。
『聖なるイチジクの種』
監督・脚本/モハマド・ラスロフ
出演/ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
2月14日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
https://gaga.ne.jp/sacredfig/
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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