人気監督タイカ・ワイティティのバック・トゥ・ルーツ『ネクスト・ゴール・ウィンズ』 | Numero TOKYO
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人気監督タイカ・ワイティティのバック・トゥ・ルーツ『ネクスト・ゴール・ウィンズ』

とにかく元気の出る映画。楽しく、わかりやすく、優しさにあふれた幸福な時間と共に、人生にとって大切なメッセージをそっと届けてくれる。ドラマティックな実話をベースにしながら、劇映画ならではの醍醐味がたっぷり込められた、すべての人にお薦めしたいハートフルコメディ。それが2023年のイギリス・アメリカ映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』だ。

サモア流の大らかな世界にようこそ! 奇跡の実話をユーモアと肯定性で包み込むハートフルなスポーツコメディの快作が登場

監督は奇才タイカ・ワイティティ(1975年生まれ、ニュージーランド出身)。第二次大戦中を舞台に、ドイツ人少年の目を通してナチスドイツを描いた名作『ジョジョ・ラビット』(2019年)で第92回アカデミー賞脚色賞を受賞。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)では『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年)と『ソー:ラブ&サンダー』(2022年)の監督を務め、スーパーヒーローの世界にコミカルな味わいを大胆に持ち込んだ。

すっかり世界的な人気監督となり、いまや私生活までマスコミに追いかけられるハリウッドセレブとなったワイティティ。だが彼はもともと母国ニュージーランドで俳優やコメディアンとしての活動から始め、やがて低予算のヒューマンコメディ映画を監督することで独自の才能を発揮。そこから急速に世界的な注目を浴びていったフィルムメーカーなのだ。

そんな彼の新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は、ローカル色全開のワイティティ本来の世界に帰ってきたという点でもうれしい一本である。舞台は南太平洋に浮かぶ小さな島国の米領サモア。ちなみに同じサモア諸島でも、西経171度線を挟んで西側に位置するサモア独立国とは異なる。米領サモアは「小さいほうのサモア」なのだ。

同地はポリネシア系の国民が多く、ニュージーランドとつながりの深い文化圏に属している。ゆえに映画の冒頭、『SHAME-シェイム-』(2011年/監督:スティーヴ・マックイーン)や『それでも夜は明ける』(2013年/監督:スティーヴ・マックイーン)、『ザ・キラー』(2023年/監督:デヴィッド・フィンチャー)などの怪演で知られる名優マイケル・ファスベンダーが演じるサッカーの鬼コーチ、白人男性のトーマス・ロンゲンが米領サモアの地に足を踏み入れた時、そこにはワイティティ初期の監督作品──特に彼自身が主人公の少年のダメな父親役を演じた珠玉の傑作『ボーイ』(2010年)辺りに回帰したようなローカルムードが心地良く漂うのだ。ちなみに物流管理の問題で米領サモア現地での撮影は叶わず、ロケは同じポリネシアン・トライアングルの領内であるハワイのオアフ島で行われている。

本作のベースになったのは、米領サモアのサッカー代表チームにまつわる奇跡の実話だ。10年以上にわたりFIFAランキング最下位、世界最弱とまで呼ばれて笑いものにされていた同チームが、熱血オランダ人監督のトーマス・ロンゲンを迎え入れ、公式戦の初勝利を目指して奮闘する。この件は『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』(2014年/監督:マイク・ブレット、 スティーブ・ジェイミソン)というドキュメンタリー映画にもなっている。それをワイティティ監督は、みそっかす集団の逆転劇という黄金の鉄板フォーマットを基本に、ウォルター・マッソー主演の米映画『がんばれ!ベアーズ』(1976年/監督:マイケル・リッチー)の系譜に連なるスポーツコメディの快作へと昇華させた。

しかも「最弱チーム」という設定はワイティティ作品の根幹を成す。初期の『イーグルVSシャーク』(2007年)や『ボーイ』、『ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル』(2016年)などにも見られるように、はみ出し者や変わり者、非モテや負け犬──社会の主流から弾き出されたイケてない人間たちを「それでもいいじゃないか」と優しく肯定する。それがワイティティの描く世界に一貫する流儀なのだ。

本作ではそういったワイティティの個性を形成した源流でもある、サモア流の人生哲学が前面化(あるいは全面化)している。島民たちは何よりも伝統や日常を大切にしており、豊かな自然や大らかなユーモアに包まれたライフスタイルを営んでいる。それに触れることで、ギスギスした競争社会に染まり、疲弊したトーマスも次第に肩の力がほぐされていく。我々観客にとってもセラピー効果の絶大な映画だといえるだろう。

苛立ちながらも試合に勝つことにこだわり続けるトーマスに対し、「なら負けましょう。みなと一緒に」という名言を放つサッカー協会会長・兼カメラマン・兼レストランオーナーのタビタさん(オスカー・ナイトリー)や、サモア語で「ファファフィネ」と呼ばれる神聖な性の形を持った選手のジャイヤ(カイマナ)など、この映画の登場人物たちはみんな素敵だ。さらに『ベスト・キッド』(1984年/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)や『エニイ・ギブン・サンデー』(1999年/監督:オリヴァー・ストーン)といった映画ネタや、ティアーズ・フォー・フィアーズの1985年の大ヒット曲「ルール・ザ・ワールド(Everybody Wants To Rule The World)」といった選曲など、細かい要素にまでワイカティティらしい個性が詰まっている。大らかなユーモアと肯定性に包まれた彼のバック・トゥ・ザ・ルーツ、リラックスして存分に味わっていただきたい!

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』

監督・脚本・製作/タイカ・ワイティティ
出演/マイケル・ファスベンダー、オスカー・ナイトリー、エリザベス・モス
全国公開中
https://www.searchlightpictures.jp/movies/nextgoalwins

配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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