Numero TOKYOおすすめの2024年2月の本 | Numero TOKYO
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Numero TOKYOおすすめの2024年2月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、歌人・伊藤紺の新作と、“ミズダコ”が活躍する心温まる物語をお届け。

『気がする朝』

著者/伊藤紺
価格/¥1,870
発行/ナナロク社

ポジティブな心持ちにさせてくれる、伊藤紺の最新歌集

上白石萌歌の初写真展『かぜとわたしはうつろう』への短歌提供やルミネ荻窪でのコラボレーション企画など、活躍の場を広げつづけている伊藤紺の第3歌集。102首の掲載歌の半分以上が新作という贅沢な一冊となっている。

タイトルとリンクする〈この人じゃないけどべつにどの人でもないような気がしている朝だ〉をはじめ、人と人をつなぐ情を詠んだ歌が特に印象的で、読み終える頃には自然と心が外へと向くポジティブな心持ちにさせてくれる。

また特徴的なのが、〈爪を塗るようにまぶたを塗るようにいのちを塗るのが旅行と思う〉や〈僕らいっせいに喜び合って生きものは愚かなほうがきれいと思う〉など、「思う」というワードが多用されていることだ。

ともすれば考えや意思などをインスタントに言葉にしなければ無かったことにされがちな世の中だが、心の中で静かに大切に思い、そして熟考を重ねてから言葉や文字にすることの優美さを、数々の「思う」を取り入れた歌に感じる人も少なくないだろう。

ブックデザイナーの脇田あすかによる、朝陽の清らかさを思わせる繊細な装幀も素晴らしい、長く本棚のベストポジションに並べておきたくなる一冊だ。

『親愛なる八本脚の友だち』

著者/シェルビー・ヴァン・ペルト
訳/東野さやか
価格/¥1,595
発行/扶桑社

ミズダコが心と心を結ぶ、チャーミングな心温まる物語

越前松島水族館にミズダコをフィーチャーする新たな展示施設「みずだこ館」が3月にオープンしたり、ジェームズ・キャメロン監督が映画『アバター3』の再撮影を中断してタコの秘密に迫るドキュメンタリーの制作を進めるニュースが報じられたりするなど、タコ愛好家に喜ばしい出来事が多い昨今。

そんな世界的に見ても決して少なくないであろうタコ愛好家の方々にぜひとも読んでいただきたいのが、本書『親愛なる八本脚の友だち』。なんとミズダコが主役級の大活躍を見せる、心温まる物語となっているのだ。

物語の主な舞台となるのは、ミズダコのマーセラスが暮らす水族館があるソーウェル・ベイ。人間の言葉を理解する「すこぶる頭のいい生き物」であるマーセラスは、ミズダコの平均寿命に自分が近づいていることも熟知している。水槽から抜け出し、趣味のひとつである館内の夜散歩をしている最中に窮地に陥った彼は、清掃員のトーヴァに助けられたことをきっかけに風変わりにも見える友好関係を彼女と築きはじめる。

そんなさなかトーヴァが怪我をしてしまい、訳ありの元バンドマンのキャメロンが臨時の清掃員として雇われる。70代のトーヴァと30代のキャメロンが交流を深めていくなか、とある真実に気がつくマーセラス。死期が近づくなか、どうにかふたりに真実を伝えようとマーセラスは奮闘するが──。

600ページ近いボリュームのある作品だが、デビュー作とは思えないほどに完成度が高く、あらゆる描写に無駄のない構成となっており、気づけば(特に終盤にさしかかるあたりでは)ページをめくる手が止まらなくなるはずだ。また、この上なく心地良い読後感を味わえるので、どうかこれ以上の前情報を入れずに楽しんでほしい。読み終えた後、思わず誰かにおすすめしたくなる、全米で100万部を突破したユニークながらも心を動かす傑作。

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Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

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