映画史の裏通りに輝く1993年の超絶カルト映画が日本初の劇場公開!『悪い子バビー』 | Numero TOKYO
Culture / Post

映画史の裏通りに輝く1993年の超絶カルト映画が日本初の劇場公開!『悪い子バビー』

不意打ちのような衝撃。怪作にして問題作、そして破格の傑作と呼ぶしかない。映画マニアの間で超絶なカルト的支持を誇っていた1993年の伝説のオーストラリア映画が、この2023年に日本初の劇場公開となる。その名は『悪い子バビー』──原題は“BAD BOY BUBBY”。

『フォレスト・ガンプ/一期一会』よりも奇想天外なバビーの冒険が30年の時を超えて、いま始まる──

実は日本でも、本作はかつて『アブノーマル』という邦題でVHSビデオがリリースされていたが、王道的な映画史のうえではほとんど語られることはなかった作品だ。しかし当時の評価は絶大なものがあり、1993年の第50回ヴェネチア国際映画祭で審査員特別大賞ほか計5部門を受賞。ちなみにコンペティション部門の審査員長はオーストラリア出身、『ピクニック at ハンギングロック』(1975年)やのちに『トゥルーマン・ショー』(1998年)などを撮る名匠ピーター・ウィアーだった。

監督のロルフ・デ・ヒーア(1951年オランダ生まれ、オーストラリア育ち)も、やはり長きに渡って国際的に認められている実力者だ。『悪い子バビー』の前作は、あのジャズの帝王、マイルス・デイヴィスが最晩年に出演したことで知られる『ディンゴ』(1991年)。ピーター・ジギルと共同監督した『Ten Canoes』(2006年)は第59回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員特別賞を受賞。そして最新作『The Survival of Kindness』(2022年)は、今年の第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品されている。

すなわちヨーロッパの三大映画祭ご用達のシネアストの代表作──それが『悪い子バビー』なのだが、ただしいかにも格調高いアートハウス系の作風を想像するなら、大きく裏切られる。むしろその真逆を行く、バッドテイスト満載のよどんだムードで映画は始まるのだ。まるで決して開けてはいけない蓋や扉を開けてしまうような。

主人公はいきなり全裸で登場する長髪の男性バビー(ニコラス・ホープ)。彼は35歳の今まで、母親から廃墟のようなスラムの一室に閉じ込められたまま生まれ育った。グロテスクな家庭内支配、もしくは常軌を逸する共依存。児童虐待のエクストリームな成れの果て。そんな母親と息子の異常な日常を、柱に飾られた小さなイエス・キリスト像が全部見ている。

そんなある日、35年間まったく姿を見せたことのなかった父親が姿を現わす。バイトで牧師をしているという胡散臭い父親のせいで、バビーは邪魔者扱いされてしまう。疎外感と激しい暴力に耐えきれなくなったバビーは、ソファーで寝ているパパとママの顔に食品用のラップを巻いて殺害。こうして毒親はこの世を去り、初めて外の世界に出てひとり歩き始める──。

こうして外界に出たバビーの奇想天外な冒険物語が起動する。彼がたどる怒涛かつ驚愕の展開は、製作・公開時期が近かったトム・ハンクス主演の名作『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年/監督:ロバート・ゼメキス)と当時よく比較された。確かに、母親と密接な関係を築いて育ったイノセントマンの数奇な運命……という点は共通するのだが、しかし『悪い子バビー』はその極端な陰画だ。アメリカ現代史の表層をダイナミックかつ爽やかに駆け抜けていくフォレスト・ガンプに対し、バビーはオーストラリア南部アデレードの都市を彷徨うだけである。映画が映し出すこの街の閉塞的な雰囲気を、ジョン・ウォーターズのボルチモアになぞらえる評言もあった。

それでもバビーはさまざまな出会いによって、闇の中にあった自分の人生を激変させていく。彼を仲間として迎えてくれたロックバンドの男たち。障がい者施設で働く職員の優しい女性エンジェルなど──。とんでもない大ハズレの親ガチャを引いたといえるバビーは、生まれながらに苛酷な試練を与えられた。しかし素敵な出会いと自由意志があれば、負の連鎖を断ち切って、人生を良き方向にアップデートすることができる。神なんか忘れろ。自分の人生は自分で切り開け──といったメッセージを感じる領域に、やがてバビーの冒険は突き抜けていく。

ほとんど夢か幻覚を目にしているようなラストシーンも含め、本作の物語はいろんな解釈が可能である。だが、どういった意図を読み込むにせよ、すべてのタブーを踏み越えた先の真実──ジョン・ウォーターズやファレリー兄弟すら届かなかった境地にタッチした奇跡の一本であることは間違いない。劇中に繰り返し流れるクラシックの名曲、ヘンデルの歌劇「クセルクセス」からの「ラルゴ」(「オンブラ・マイ・フ」)の響きに包まれながら、我々はかけがえのないバビーの人生を目撃するのだ。

『悪い子バビー』

監督・脚本/ロルフ・デ・ヒーア
出演/ニコラス・ホープ、クレア・ベニート、ラルフ・コッテリル、カーメル・ジョンソン
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
https://badboy-bubby2023.com/

© 1993 [AFFC/Bubby Productions/Fandango]

映画レビューをもっと見る

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

Magazine

DECEMBER 2024 N°182

2024.10.28 発売

Gift of Giving

ギフトの悦び

オンライン書店で購入する