香りによるタイムリープが誘う異次元の映画体験!『ファイブ・デビルズ』
今フランスで最も注目を浴びる新鋭レア・ミシウス監督作日本劇場初公開。最新作『ファイブ・デビルズ』は、香りの能力でタイムリープする少女とその家族の物語。『アデル、ブルーは熱い色』で世界を魅了したアデル・エグザルコプロスが能力者の娘を持ち自身も“ある秘密”を抱える母親を熱演。全く新しい奇妙な世界観を纏った怪しげな家族ドラマはSFの世界へ突入し、やがて情熱的な愛の物語へと昇華する──。
フランス最注目の新鋭監督、レア・ミシウスが放つ鮮烈な「超ジャンル映画」
ただならぬムードが冒頭から画面を支配する。ある場所に広がる巨大な炎と、耳をつんざくような悲鳴。これは夢か現実なのか? そしてスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年)の有名なオープニングを彷彿させる、走る車の俯瞰ショットがさらなる不穏な予感を煽る──。
監督&脚本はレア・ミシウス(1989年生まれ)。彼女はいま、フランス映画界の最も才能豊かな新鋭として熱い注目を浴びている。今作『ファイブ・デビルズ』は長編第2作。失明の日が迫る13歳の少女を描いた長編デビュー作『アヴァ』(2017年)に続くもので、さらに脚本家としてはジャック・オディアール監督の『パリ、13区』(2021年)で、セリーヌ・シアマと共同脚本を務めた。またアルノー・デプレシャン監督の『イスマエルの亡霊たち』(2017年)や、クレール・ドゥニ監督の『スターズ・アット・ヌーン』(2022年)の脚本にも参加。ユニークな着想と、ストーリーテラーとしての手腕が高く評価されている。
本作『ファイブ・デビルズ』は、タイムリープ(時間移動)という手法を用いた新奇な趣向の傑作だ。SFでおなじみの物語装置であり、奇しくもセリーヌ・シアマ監督の『秘密の森の、その向こう』(2021年)が寓話的な世界で同じモチーフを使っていたが、こちらの作風はホラーやスリラー系。また人種差別に加え、ジェンダーやセクシュアリティへの偏見を撃つ戦闘的な風刺劇でもあり、第75回カンヌ国際映画祭ではLGBTQ+がテーマの作品に授与されるクィア・パルムにノミネートされた。つまりはハイブリッドな「超ジャンル映画」とでも呼びたくなる作品設計。例えばジュリア・デュクルノー監督(1983年生まれ)の『RAW~少女のめざめ~』(2016年)や『TITANE/チタン』(2021年)などと並んで、仏映画のエンタテインメントを刷新する新しい潮流ともいえる。
舞台はフランスの小さな田舎町。この狭い村社会の中で、物語の因果関係に絡んでくるメインの登場人物は5人だ。
まずは8歳の少女ヴィッキー(サリー・ドラメ)。嗅覚が天才的に発達した彼女は、いろんな香りを研究するのが趣味。学校では変わり者扱いで、同級生の女子たちから酷いイジメを受けている。
彼女のママである水泳のインストラクター、ジョアンヌ(アデル・エグザルコプロス)はまだ27歳という若さの白人女性で、ヴィッキーとは一見して肌の色がまるで違う。彼女の夫、つまりヴィッキーの父ジミー(ムスタファ・ムベング)はセネガル生まれのハンサムな黒人男性。消防士である彼は、ジョアンヌの同僚であるナディーヌ(ダフネ・パタキア)という女性と親密な関係にあったようで、彼女は顔の片側にヤケドを負っている。
やがて、そこに父ジミーの妹、ヴィッキーにとっては叔母に当たるジュリア(スワラ・エマティ)が10年ぶりに姿を現わすのだが……。
この閉鎖的な架空の村の異様な雰囲気は、デヴィッド・リンチ監督の金字塔的なドラマシリーズ『ツイン・ピークス』(1990年~1991年)を連想する人も多いのではないか。それもそのはず、『ファイブ・デビルズ』というタイトルは実際に同作へのオマージュだ。劇中で家族3人がソファに並んで見ているテレビに映っているのも『ツイン・ピークス』である。だが『ファイブ・デビルズ』の場合、そこにポリティカルな問題意識が濃厚な密度でぶっ込まれている点が重要となる。例えばジョアンヌの父、つまりヴィッキーのおじいちゃん(パトリック・ブシテー)は一見優しいが、実は「狭い村」の保守的な白人男性の典型像を示すもの。こういった環境の不均衡は、少女ヴィッキーの存在不安を呼び起こし、そのまま恐怖の形となる。ジャンル映画のマナーと社会的主題の融合について、レア・ミシウス監督は、ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』(2017年)や『アス』(2019年)からの影響を公言している。
そしてタイムリープという要素。ヴィッキーは謎めいた叔母ジュリアが現われてから、ある出来事をきっかけに「香り」の力で不意にタイムリープ。そしてまだ自分が生まれる前──当時高校生だった10年前の母や叔母、父、ナディーヌの光景を見ることになる。
この「香り」によるタイムリープの着想について、レア・ミシウス監督はマルセル・プルーストの大長編小説『失われた時を求めて』の「紅茶に浸したマドレーヌの香り」を例に挙げているが、日本だと筒井康隆の原作、大林宣彦監督の実写映画や細田守監督のアニメ映画で知られる『時をかける少女』の「ラベンダーの香り」と重ね合わせる人が多いのではないか(そもそもタイムリープとは和製英語であり、『時をかける少女』から広まった造語である)。その「香り」という視覚化の難しいエレメントの処理も見事で、例えばヴィッキーが叔母ジュリアの荷物を勝手にまさぐって、そこにあった小ビンを開けて匂いを嗅いだ時に「イメージの音」が一瞬重なったり――。「香り」の効果をサウンドデザインや演出のアクセントで的確に伝えている。
「現在」と「10年前」──このふたつのレイヤーで語られる因縁の物語から浮かび上がるものは何か? 少女ヴィッキーを演じるのはオーディションで選ばれたサリー・ドラメ。実年齢以上の精神性と聡明さを感じたと、レア・ミシウス監督は彼女を絶賛。ヴィッキーのキャラクターには、ギュンター・グラス原作の『ブリキの太鼓』(1979年/監督:フォルカー・シュレンドルフ)の“見た目は子供で中味は大人”の主人公オスカルのイメージも入っているらしい。また母親ジョアンヌを演じるのは、『アデル、ブルーは熱い色』(2013年/監督:アブデラティフ・ケシシュ)の主人公アデル役の鮮烈な印象がいまも記憶に新しい、アデル・エグザルプロスだ。
35mmフィルムでの撮影を務めたポール・ギロームは、本作の共同脚本家でもある。『パリ、13区』でも撮影監督を担当し、ミシウスとギロームは2016年に30分の短編『Lile jaune』を共同監督。こういった信頼の座組みにより、すべてがハイレベルに仕上がった本作は、われわれの映画体験を異次元へと導いていく。
『ファイブ・デビルズ』
監督/レア・ミシウス
出演/アデル・エグザルコプロス、サリー・ドラメ、スワラ・エマティ、ムスタファ・ムベング、ダフネ・パタキア、パトリック・ブシテー
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中
https://longride.jp/fivedevils/
©2021 F Comme Film – Trois Brigands Productions – Le Pacte – Wild Bunch International – Auvergne-Rhône- Alpes Cinéma – Division
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito