セリーヌ・シアマの新たな傑作!『秘密の森の、その向こう』 | Numero TOKYO
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セリーヌ・シアマの新たな傑作!『秘密の森の、その向こう』

名作『燃ゆる女の肖像』を生み出したセリーヌ・シアマ監督が真骨頂である女の深淵を描きつつ、まったく新しい扉を開く最新作を完成させた新作『秘密の森の、その向こう』がいよいよ公開される。祖母が他界し、その悲しみに耐えかねた母が姿を消した日、8歳のネリーは、かつて母が遊んだ森を探索するうちに、自分と同じ年の少女と出会う……。各国の映画祭で上映され惜しみない絶賛評を受け続けている、喪失と癒やしの物語。

8歳の少女同士として、時空を超えて出会い直す母と娘──
『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督&そのチームが贈る、
女性の内面世界を冒険する珠玉の寓話

完璧な作品設計。73分というコンパクトな尺の中、少女の不思議な冒険を通して、ひとりの女性の多層的な自意識を掘り下げていく。過度な説明を排して、風景や表情、衣装や美術など繊細な映像描写で見せていくスタイルだが、あくまで平易で親しみやすい「お話」。簡素なロケーション主体の撮影ながら、考え抜かれた作劇と演出で、日常の「向こう」の世界に連れて行ってくれる。寓話としての質の高さに惚れ惚れしてしまう。

監督は、いまや「時代の寵児」といった感もあるセリーヌ・シアマ(1978年生まれ)。18世紀フランスを舞台に、女性同士の鮮烈な恋——望まぬ結婚を控える貴族の娘と肖像画家の関係を描いた前作『燃ゆる女の肖像』(2019年)は、#MeToo以降のニュースタンダードという評価が早くも定着している。第72回カンヌ国際映画祭での脚本賞とクィア・パルム賞のW受賞をはじめ、59冠もの各国映画賞を獲得するという快挙を成し遂げた。

ただシアマ自身は、15歳の少女を主人公にした長編デビュー作『水の中のつぼみ』(2007年)から、女性が女性に寄せる恋愛感情を扱っていて、第2作の『トムボーイ』(2011年)など、既成のジェンダー観を揺さぶる作家性は初期からの重要な特徴であった。また、シアマの長編監督作の中で大人の物語は、いまのところ『燃ゆる女の肖像』だけ。『水の中のつぼみ』や、いわゆる「バンリュー映画」の系譜に当たる、パリ郊外の団地に暮らすアフリカ系の16歳の女の子を描いた長編第3作の『ガールフッド』(2014年)は、思春期のティーンの物語だ。そして『トムボーイ』は10歳の世界。多感で鋭敏、かつ純粋な若い感受性を通して、世界を批評的に見るのがシアマの真骨頂なのだ。

その意味で今回はセリーヌ・シアマ監督のエッセンスが綺麗に詰まっている。主題設定や問題意識は現代的で、一方、映画作法としてはむしろクラシカルだったりする。そのバランスも絶妙だが、『秘密の森の、その向こう』はとりわけ普遍性が際立った作品といえるだろう。

原題は『Petite Maman』=「小さなお母さん」。お話は、ネリーという8歳の女の子が、時空を超えて自分と同い年になった母親のマリオンに出会うというもの。タイムマシンではなく、亡くなったばかりのおばあちゃんが住んでいた家の近くにある森の向こう側で——。

森の小道を抜けて二つの家を行き来する少女たちの小さな世界。同じ8歳という年齢になって、対等な目線と関係で新たに友情を育む母親と娘。母と娘の「ガールフッド」がこういう形で実現するのは面白い。さらに祖母も交えた、女性三代のワンサイクル。喪失の痛みを抱えた娘・母・祖母の三世代が、現実と異なる形で出会い直すことによって、癒やしと回復に向かっていく。

この作品の森は魔法がかかる場所であり、ひとつ世代を巻き戻る回路になっているわけだが、思えば『トムボーイ』にも森が出てくる。シアマ作品の「秘密の森」というのは、どこか子どもたちのサンクチュアリ(解放区)といったイメージがあるのではないか。

またシアマ監督は、宮﨑駿監督作をはじめとするスタジオジブリのアニメーション作品から多大なインスパイアを受けたという。確かに日常から異世界に入っていく辺りなど、『千と千尋の神隠し』(2001年)を連想する人も多いだろう。そして「子ども」というモチーフ。子どもはまだ世界を発見している途中の未分化な段階なので、不思議なこともバイアスなしに受け入れやすい。だからママのほうも8歳に戻ることにより、ピュアな感性で「未来から来た娘」の存在を受け入れることができる。

ネリーとマリオンには、これが映画初出演となる小さな双子――ジョセフィーヌ&ガブリエルのサンス姉妹が扮した。一緒にクレープを作ったり、池でボート遊びに興じたりする時の無邪気な笑顔や掛け合いは、誰もが魅了される愛らしさ。ネリーの母親である大人のマリオンを演じるのは、『カミーユ』(2019年/監督:ボリス・ロジキン)で中央アフリカの紛争を取材中に殺害された実在の報道写真家を演じ、セザール賞有望若手女優賞にノミネートされたニナ・ミュリス。音楽はジャン=バプティスト・ドゥ・ロビエ、撮影はクレア・マトン。また細かい色彩設定が張り巡らされ、タイムレスな魅力に満ちた少女たちの衣装は、シアマ監督自身が担当している。

スタッフには『燃ゆる女の肖像』の世界観をシアマ監督と共に作り上げたチームが再集結しているが、実は自主映画と呼べるほど小さな規模で撮られたもの。でも作家の想像力や世界観が強ければ、これだけスケール感のある映画世界を確立できるという、見本のような作品でもある。ジブリアニメを参照先として挙げたように、シアマ監督といえばアートハウス系のイメージになるが、これはファミリー映画やキッズムービーの極めて良質な作品として受容される可能性も備えた、広い層に開かれた傑作だ。第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品されたほか、第69回サンセバスチャン国際映画祭で観客賞を受賞するなど、すでに各国で大きな賞賛を浴びている。

『秘密の森の、その向こう』

監督・脚本/セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』
撮影/クレア・マトン『燃ゆる女の肖像』
出演/ジョセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス、マルゴ・アバスカル
9月23日(金・祝) よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他 全国順次公開
https://gaga.ne.jp/petitemaman/
ⓒ2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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