エストニアから登場した怪奇にして詩的なゴシック・ラブファンタジー。映画『ノベンバー』 | Numero TOKYO
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エストニアから登場した怪奇にして詩的なゴシック・ラブファンタジー。映画『ノベンバー』

舞台は「死者の日」を迎えるエストニアの寒村。“すべてのものには霊が宿る”というアニミズムの思想をもとに異教の民話とヨーロッパのキリスト教神話を組み合わせて、カルト的ベストセラーをライネル・サルネット監督が映画化。その独創性にあふれた映像美が高く評価され、観客を魅了した傑作『ノベンバー』が日本でも公開される。

「死者の日」をモチーフに展開する幻想的な悲恋物語。モノクロームの映像美に目を奪われる

ヨーロッパ北東部に位置するバルト三国の小国、エストニアから生まれたダークファンタジーにして、異色ラブストーリー(2017年作品)。原作はアンドルス・キビラークのベストセラー小説「レヘパップ・エフク・ノベンバー(Rehepapp ehk November)」。同国を代表する気鋭として評価を高めつつあるライナー・サルネ監督(1969年生まれ)は、「すべてのものには霊が宿る」というアニミズムの思想のもとに、エストニアのおとぎ話と、キリスト教の神話を組み合わせて映画化。そのモノクロームで綴られる独創性にあふれた映像美が高く評価され、2018年アカデミー賞外国語映画賞のエストニア代表に選出。また、世界中の映画の現在について考察するドキュメンタリー映画『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』(2021年/監督:マーク・カズンズ)で、2010年以降の重要映画作品111本のうちにも挙げられていた噂の傑作『ノベンバー』が、ついに日本公開となる。

物語のメインモチーフとなるのはキリスト教に伝わる「死者の日」。万霊節(ばんれいせつ)とも呼ばれるこの日には、亡き先祖の魂がよみがえり、家族のもとに戻ってくるといわれている。メキシコを舞台にしたピクサー/ディズニーのアニメーション映画『リメンバー・ミー』(2017年/監督:リー・アンクリッチ)も、この「死者の日」を題材にしたお話である。

『ノベンバー』の舞台は19世紀、エストニア辺境の寒村。貧しい村人たちの最大の悩みは、厳しい極寒の冬をどう乗り切るかだ。11月1日の「死者の日」──万霊節には、死者たちがよみがえり、家に戻ってごちそうを食べ、貴重品が保管されているかを確認する。死んでもなお欲深い村人たち。美しい農家の娘リーナ(レア・レスト)も、魂をよみがえらせた母親と束の間のひとときを過ごす。リーナは青年ハンス(ヨルゲン・リイイク)に恋をしているが、強欲な父親は農夫エンデルにリーナとの結婚を約束してしまう。一方、ハンスは領主であるドイツ男爵の美しい娘(ジェット・ルーナ・エルマニス)に一目惚れ。だが彼女は夢遊病者だった。ハンスが別の娘に夢中なのを知ったリーナは、魔女の老婆に相談。月夜に獰猛な雄叫びをあげて、狼に変身してまでもハンスを振り向かせようとするのだが──。

超自然的なキャラクターが次々と登場する本作で、とりわけ目を引くのは「使い魔クラット」と呼ばれる、農具や廃品、動物の頭蓋骨などから作られた動く人形のような精霊だ。もともとクラット(Kratt)はエストニアの古い神話に登場する魔法の生き物で、宝物を運ぶ者。『ノベンバー』では、村人たちが「使い魔クラット」を操り、隣人から家畜や食料を盗むことに使っている。骨組みだけの簡易ロボットのごときユーモラスな風貌のクラットは、仕事と称して牛を鎖でつないで空中に持ち上げ、主人の農場に届けたり。

歩行するジャンクアートとも呼べるクラットの映像はCGではなく、アナログな特殊効果と、ストップモーション・アニメを駆使。クラットは生活用品やゴミなどから作られたもので、操るためには「魂」が必要となる。「魂」を買うために、森の交差点で口笛を吹いて悪魔を呼び出しては、取引をするのだ。悪魔は契約のために三滴の血を要求するのだが、村人たちはそれすらもったいないと、カシスの実を血の代わりに使い、悪魔をもだます。

作品全体としては詩的で美学的な幻想奇譚に、ジャンル映画の要素を多種組み込んだもの。ラブストーリーとしては、貧しい農家の一人娘リーナと村の青年ハンス、ドイツ人男爵のミステリアスな娘のすれ違いが展開する悲恋物語。ゴシックホラー、メルヘン、ブラックコメディなど、あらゆる作風を呑み込みつつ、摩訶不思議でカテゴライズ不能の個性が渦を巻く。

ライナー・サルネ監督は、ドイツの伝説的な鬼才監督であるライナー・ヴェルナー・ファスビンダーへの深い敬愛を表明。本作にはドイツ表現主義やジャン・コクトーの『美女と野獣』(1946年)、またアート・アニメーション部分はヤン・シュヴァングマイエルやブラザーズ・クエイなどからの多大な影響も感じられる。他にタル・ベーラ、デヴィッド・リンチ、テリー・ギリアムなどと比較されており、まさにこういったカルト的な異能監督の系譜に属することは間違いない。

夢幻的なモノクローム映像を撮影したのは、マート・タニエル。トライベッカ国際映画祭、ミンスク国際映画祭での最優秀撮影監督賞、アメリカ撮影監督協会スポットライト賞をはじめ、多数の栄誉に輝いた。秀逸なサウンドデザインを手がけたのは、ポーランドの音楽家ジャカシェック。劇中ではベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」も使用される。

魔女、幽霊、老婆など、印象的なキャラクターの多くは役者経験のない村人が務めた。男爵役には『ムカデ人間』(2010年/監督:トム・シックス)の主人公ハイター博士役などで人気を誇るドイツの名優、ディーター・ラーザー。2020年2月に78歳で他界、本作『ノベンバー』が遺作となった。

『ノベンバー』

脚本・監督/ライナル・サルネット
出演/レア・レスト、ヨルゲン・リイイク、ジェッテ・ローナ・ヘルマーニス、アルヴォ・ククマギ、ディーター・ラーザー
10月29日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

© Homeless Bob Production,PRPL,Opus Film 2017

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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