ジュリア・ジャックリンによるポジティブな告白作『Pre Pleasure』 | Numero TOKYO
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ジュリア・ジャックリンによるポジティブな告白作『Pre Pleasure』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ジュリア・ジャックリン(Julia Jacklin)のアルバム『Pre Pleasure』をレビュー。

変わっていく自分と他人を朗らかに受け止める、ポジティブな告白作

筆者の個人的な好み、そしてこうしてレビューなどを執筆するアーティストの多くはシンガー・ソングライターなのだが、なかなか筆が進まない……ということが時折ある。というのも、いわゆるシンガー・ソングライターたちの音楽とはすなわちその人物にとってデリケートな告白そのものであることが多く、ゆえに踏み込んだ言葉でもってそれを詳らかにすることには、共感性羞恥心というのか、筆者としてもどこか居心地の悪さを感じてしまうことが少なくないからだ。その意味では、このオーストラリアのシドニー出身ジュリア・ジャックリンも、筆者にとっては「最も好みでありながら、同時にしばしば書きづらい」アーティストの一人ではある。

しかしそうであっても彼女のサード・アルバム『Pre Pleasure』について記しておきたいと思うのは、そうした痛みや恥を伴った言葉がポジティブな音楽によって昇華されているからだ。ジュリアにとって、約3年ぶりのアルバムとなる今作。前作はちょうど20代の終わりにリリースされたもので、内向的であった彼女自身が「人の言いなりにならず、他人に自分の感情を伝えることができる」ようになったことをテーマに、朴訥としたギターをかき鳴らしながら突き進む直線的なイメージの作品であったのだが、今作では、30代に入った彼女がより人間関係の複雑さにフォーカスを当てているという。

冒頭の「Lydia Wears A Cross」は、カトリックの学校に通っていたがゆえに、自分の考えや意見を確立しようとする時期に宗教の教えのまま、他に選択肢を与えられず信じ込まされてかつての自分に対して捧げた曲だといい、確かにやはりシリアスな「告白」めいたオープニングだ。これまでの作風とは異なり、ミニマルなドラム・マシーンのシーケンスにピアノのシンプルなコードを重ねたアレンジが展開され、音楽的にも内省的な手触りがある。しかしながら、それは冒頭だけのこと。たとえば、ジャケットのモチーフにもなっている4曲目の「I Was Neon」では、時が経つにつれ今の自分を失ってしまうことへの不安を歌っているものの、楽曲はインダストリアルな雰囲気も漂うファジーなギター・リフとアッパーな四つ打ちがぐいぐいと牽引する。今作を作るにあたって、エレクトロ・ポップ・スターのロビンや、ノイズ・ミュージックの雄、スロッビング・グリッスルを念頭においていたということで、そうしたポップネスとアグレッシブさの両面がこの曲には最も反映されていると言えるだろう。

彼女自身、今作はもっと楽しく聴けるアルバムを目指したのだそうで、歌ものとしてのポップさも全体を通じて磨きがかかっている一方、アコースティック・ギターを鳴らすカントリー・ライクな「Magic」などは楽器の音色の抜けも現代的であり、昨今のテイラー・スウィフトをも彷彿とさせる部分も。ラストの「End of Friendship」も印象的な1曲だ。これは、恋愛関係ではなくあくまで友情の移り変わりと終わりについて歌ったもので、それがウォール・オブ・サウンドを彷彿とさせるドラムとストリングスの共演がビーチ・ボーイズを思わせるひときわ美しいアレンジによって彩られているのである。つまり今作は、自分自身が立脚する地点を振り返りつつも、人との関係や境界線は絶えず流動的な変化の連続であることと、そうした経験を経て自分自身の輪郭もまた変わっていくこと、そしてそんな複雑な人間関係に対して、苦しさよりも、やりがいやポジティブさを示してくれている気がするのである。

ポップソングにありがちな、恋愛関係だけじゃない。友人であれ、家族であれ、他人と深く関わっていくことは時に徒労に感じることも、傷つくことも少なくないだろう。それによって、今の自分が変わっていくことに不安を抱くこともある。けれど、そんな変化をもオープンに受け止めても良いのではないかとも、今作は朗らかに指し示してくれているのである。

Julia Jacklin 『Pre Pleasure』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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