ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作がいよいよ公開!『リコリス・ピザ』 | Numero TOKYO
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ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作がいよいよ公開!『リコリス・ピザ』

『マグノリア』でベルリン国際映画祭金熊賞、『パンチドランク・ラブ』でカンヌ、『ザ・マスター』でヴェネチア、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でベルリンと世界三大映画祭すべてで監督賞受賞の伝説を作り、常に世界中の映画ファンが新作を心待ちにしている天才監督ポール・トーマス・アンダーソン。最新作『リコリス・ピザ』がいよいよ公開!

70sの陽光あふれる甘酸っぱい恋のカリフォルニア・ドリーミング
天才監督ポール・トーマス・アンダーソンが贈る極私的にして究極の一本!

ノスタルジックな恋の次第。そんなありふれた主題も、現役最高とも呼ばれる破格の天才監督、ポール・トーマス・アンダーソン(以下“PTA”)が手がけると特別な傑作になる。それが彼の長編第9作目となる最新作──第93回ナショナル・ボード・オブ・レビューで作品賞・監督賞・ブレイクスルー賞を受賞、第94回アカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞の3部門ノミネートされるなど、各方面から絶賛を浴びている『リコリス・ピザ』だ。

物語の舞台は1973年のLAハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。まずオープニングシーンが最高だ。あるハイスクールでの写真撮影の日。ちょっと太めの15歳の男子高校生、ゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)が、カメラマンアシスタントとしてやってきたスカイブルーのTシャツに白いホットパンツの女性、アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)にひと目惚れする。積極的に歩きながら話しかけるゲイリー。「『屋根の下』は観た? 僕はトニー役だ」。彼は子役から活動している芸能人なのだ。「私は25歳よ。彼女になんかなれない」。そうすげなく返事するアラナだが、ゲイリーはしつこく誘い続け、テイル・オコック(当時実在したレストラン)で会う約束を取り付ける。そんなふたりを追いかけて移動するカメラ。眩しい光に包まれたこの一連の流れに、ニーナ・シモンが歌う「July Tree」の美しいメロディが重なる──。

もう完璧! と思わず溜め息が出そうになるボーイ・ミーツ・ガールの場面から始まり、この映画には「良いシーン」しか登場しない。サンフェルナンド・バレーはPTA監督が生まれ育ち、現在も暮らす地元。彼の監督作『ブギーナイツ』(1997年)、『マグノリア』(1999年)、『パンチドランク・ラブ』(2002年)はいずれもこの地を舞台にしている。トマス・ピンチョン原作の『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)もまた近い時期(PTAの生年でもある1970年)のLAが舞台であり、あちらがラヴ&ピース幻想が終焉した直後の憂鬱でアシッドな陰画だとしたら、『リコリス・ピザ』は無邪気な陽光あふれる、甘酸っぱい個的な幻想のカリフォルニア・ドリーミングである。

さて、小さな頃から芸能界に染まっているゲイリーは大人びた態度の“マゼガキ”。いつも妙に自信満々だが、やんちゃな振る舞いが業界で問題視されたりも。また、もはや子役とはいえない年齢や体格となり、キャリアの壁にも直面しているようだ。一方のアラナはユダヤ教の厳しい家庭の抑圧を受けながら、今も手狭な実家暮らし。自己実現のヴィジョンも見えないままで、年齢のわりには大人になりきれていない。

それぞれ人生の岐路に立っている10歳差のふたりの運命が不思議に交差するわけだが、しかし「お付き合い」にはなかなか発展しない。やがてゲイリーはタレント活動そっちのけでウォーターベッド販売(!)の事業に乗り出し、アラナは何となくふらふらと業界に接近していく。危なっかしくどこか幼い彼らの道行きを彩るのは、抜群の選曲センスが光るプレイリストだ。飛行機に乗ってNYに向かうシーンでのクリス・ノーマン&スージー・クワトロの「Stumblin’ In」、あるいはポール・マッカートニー&ウイングスの「Let Me Roll It」、デイヴィッド・ボウイの「Life on Mars?」など、70年代を中心とした米英の多彩な名曲群(計38曲!)が使用されるのだが、どれもバブルガム・ポップス(ティーン向けの流行歌)のような響きで流れてくる。

本作の物語はあくまでフィクションではあるのだが、映画に登場するキャラクターや場所などは実在のモデルが存在する(日本食レストランの「ミカド」も実際にあったお店)。ゲイリーは、映画&テレビプロデューサーのゲイリー・ゴーツマン(1952年生まれ)がモデル。トム・ハンクスとともにプレイトーンという映画プロダクションを設立した人物で、たくさんの話題作を世に送り出し続けている。アラナはケイ・レンツ(1953年生まれ)がモデル。『アメリカン・グラフィティ』(1973年/監督:ジョージ・ルーカス)や『愛のそよ風』(1973年/監督:クリント・イーストウッド)への出演で知られる女優だ(となると、彼女のキャラクターは随分脚色されていることになる)。

また映画の中盤に登場する、やたらクセの強い大人の男性たち──ショーン・ペン扮する破天荒なベテラン俳優ジャック・ホールデンは、名優ジャック・ホールデンがモデル。トム・ウェイツ扮するレックス・ブラウ監督は、ホールデン主演の戦争アクション映画『トコリの橋』(1954年)を手がけたマーク・ロブソン監督。またブラッドリー・クーパー扮する変人丸出しの映画プロデューサー、ジョン・ピーターズは、バーブラ・ストライサンド主演の『スター誕生』(1976年/監督:フランク・ピアソン)などを手がけた人。ベビー・サフディ扮する政治家ジョエル・ワックスも名前ごと実在の人物で、1973年のカリフォルニア市長選に立候補した。

これらは1970年同地生まれのPTAにとって、まさしく人生最初のまぶたの裏に焼き付いている原風景なのだろう。映画業界周りの出来事を虚実織り交ぜにしてジオラマかテーマパークのように仕上げるスタイルは、1969年のハリウッド群像を再構築したクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)に近いかもしれない。あるいはキャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』(2000年)とも。

そんな中、なんと言っても素晴らしいのはメインキャストの新星ふたりだ。ゲイリー役のクーパー・ホフマン(2003年生まれ)は、2014年に惜しまれつつ亡くなった故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子。PTA監督の盟友であり、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた『ザ・マスター』(2012年)など、鮮烈な名演を刻んだ伝説の俳優の実子。父親ゆずりの個性と独特の感性が確認できる。
ヒロインのアラナ役を演じたのは、三姉妹バンド、HAIM(ハイム)の末っ子であり、やはりサンフェルナンド・バレー出身のアラナ・ハイム(1991年生まれ)。姉妹の母親はPTAが8歳の頃に美術を習っていた先生だという。長年交流があるPTAはハイムのミュージックビデオの監督を続けて担当しており、2022年の新曲「ロスト・トラック」でPTAが手がけたハイムのMVは9本目となる。今回の映画では「メイクなし」というルールに則って、等身大の輝きを見せる。ともににこれが映画デビューとなるふたりが、過去のあらゆるカップル像をフレッシュに更新した。

スタッフも無敵の布陣が揃っている。撮影は照明技師の出身であり、『ファントム・スレッド』(2017年)に続いて二度目のPTA長編監督作への参加となるマイケル・バウマン。音楽はもちろん『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)以来PTA作品の常連であり、レディオヘッドのリードギタリストとしても知られるジョニー・グリーンウッド。
こうした鉄壁のサポートもあり、PTAの極私的にして最高純度と言える究極の一本がここに誕生した。また本作はロバート・ダウニーJr.の父親であり、幻のカルト監督作『パトニー・スウォープ』(1969年)が今年7月22日(金)に日本初公開されるカウンター・カルチャーの異端児、ロバート・ダウニー・シニア(1936年生~2021年没)に捧げられている(彼は『ブギーナイツ』と『マグノリア』に出演している)。

ちなみにタイトルに使われた『リコリス・ピザ』とは、1970年代のカリフォルニアで人気を博していたレコードショップの名前から。ただしこの店は劇中には一切登場しない!

アラナ・ハイムのインタビューはこちら

『リコリス・ピザ』

脚本・監督/ポール・トーマス・アンダーソン
出演/アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
7月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
www.licorice-pizza.jp

© 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給/ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画 

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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