新しい共生の在り方を模索してきた是枝映画の集大成『ベイビー・ブローカー』 | Numero TOKYO
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新しい共生の在り方を模索してきた是枝映画の集大成『ベイビー・ブローカー』

『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルムドールという最高峰の栄誉に輝いた是枝裕和監督が、韓国の国民的俳優ソン・ガンホやカン・ドンウォン、そしてペ・ドゥナらと共に作り上げた最新作『ベイビー・ブローカー』。韓国トップの歌姫として圧倒的人気を誇り、女優としての新境地に挑むイ・ジウン(歌手名IU)や、「梨泰院クラス」で新世代スターの仲間入りを果たしたイ・ジュヨンらも参加。「赤ちゃんポスト」を通じて出会う彼らの特別な旅とは。

祝カンヌ男優賞(ソン・ガンホ)! 
是枝裕和監督と韓国の最強チームが贈る心優しきロードムービー

2013年の『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の審査員賞を受賞。2018年の『万引き家族』では、第71回カンヌ国際映画祭同部門の最高賞に当たるパルムドールを獲得した是枝裕和監督。そんな彼がこの2022年、第72回カンヌ最高賞と第92回アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』(2019年/監督:ポン・ジュノ)で全世界を瞠目させたソン・ガンホと初タッグを組み、韓国映画として作り上げたのが最新作『ベイビー・ブローカー』だ。

本作は今年5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭同部門において、主演のソン・ガンホが最優秀男優賞を受賞。是枝裕和監督作品がカンヌで同賞を獲得するのは、2004年に『誰も知らない』で当時14歳だった柳楽優弥が受賞して以来2度目となる。

さらに『ベイビー・ブローカー』は、同映画際の独立賞「エキュメニカル審査員賞」(キリスト教関連の団体から「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる)をW受賞。これまで青山真治監督『EUREKA』(2000年)、河瀬直美監督『光』(2017年)、濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』(2021年)などがその栄誉に輝いてきた。

カンヌ2冠のうえ、是枝監督の『空気人形』(2009年)に主演してから「また必ず」と誓い合っていたペ・ドゥナ、韓国の国民的俳優カン・ドンウォン、今回新境地に挑む韓国トップの歌姫IUことイ・ジウンや、ドラマシリーズ『梨泰院クラス』(2020年)で新世代スターの仲間入りを果たしたイ・ジュヨンら、韓国を代表する精鋭たちを集めたオールスターキャスト。撮影には『パラサイト 半地下の家族』のほか、『バーニング 劇場版』(2018年/監督:イ・チャンドン)や『流浪の月』(2022年/監督:李相日)などのホン・ギョンピョ。音楽に『パラサイト 半地下の家族』やNetflixドラマシリーズ『イカゲーム』のチョン・ジェイルと、いま最もオファーが殺到する一流スタッフがそろったスーパーバンド的な座組みなど、話題性は充分。ただし作品の内実自体は、わかりやすい派手さとは一切無縁。慎ましいほどのタッチで進む真摯な良作だ。

本作の物語は激しい土砂降りの夜から始まる。『万引き家族』や『パラサイト 半地下の家族』でも印象的だった大雨のシーン。低い土地に水がかなり溜まっていて、上方には教会の十字架が見える。そんな中、若い女性ソヨン(イ・ジウン)が階段や坂をのぼって、「赤ちゃんポスト」と呼ばれるボックスの外側に、産んだばかりの自分の子どもを置いていく。その光景を車の中から見ていた張り込み中の刑事スジン(ペ・ドゥナ)が、「捨てるなら産むなよ」と吐き捨てるようにつぶやく。

この「赤ちゃんポスト」とは、予期せぬ妊娠や貧困など、さまざまな事情で育てることが困難な赤ちゃんを匿名で預け入れることのできる窓口。最初に開設したのはドイツで、主にキリスト教カトリック妊婦支援団体の活動により広まっていった。日本では2007年に熊本市西区の慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」を開設。韓国では2009年からソウル市内の教会で始まり、近年は毎年200名を超える赤ちゃんがポストから保護されている。

ところがソヨンが置いてきた赤ちゃんを、こっそり連れ去ってしまう男2人組がいた。
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われる中年男のサンヒョン(ソン・ガンホ)と、「赤ちゃんポスト」を設置している施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)だ。
彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカー。孤児になってしまった赤ちゃんの養父母を探し、子どもが欲しいと願う夫婦に高額で売りつける。もちろん犯罪だが、この2人組は身寄りのない赤ちゃんに温かな家庭を見つけるための善行だと開き直っている。

しかし、翌日思い直して「赤ちゃんポスト」に戻ってきたソヨンが、警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく自分たちのもくろみを白状する。とはいえソヨンが自分で子どもを育てることの困難に変わりはない。そこで3人は共に車に乗り込んで、なるだけ条件の良い赤ちゃんの養父母捜しの旅に出ることにする。
一方、サンヒョンとドンスを現行犯で検挙するため、ずっと尾行していた刑事スジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、3人の後を車で静かに追っていくのだが……。

「赤ちゃんポスト」を介して出会った面々の不思議な旅。つまりはロードムービー仕立てなのだが、この映画の展開は極めてユニークだ。犯罪絡みで警察に追われている点ではミステリー風の体裁なのに、不穏な緊張感がほとんどなく、旅の行方はユーモアとペーソス(哀愁)、そしてハートウォーミングな詩情で覆われていく。ブローカー2人組もいつしか金儲けのことより、本気の善意が上回る。とりわけ児童養護施設出身のドンスは、捨てられた子どもの悲しみに深く同期しつつ、不本意に我が子を手放せねばならないソヨンの孤独にも寄り添っていくのだ。

インビジブルピープル(見えない人々)とも呼ばれる、光の当たらない場所で必死に生きる民衆たちの姿――。厳しい現実の軋みや歪みを風刺的に捉えながらも、寓話的なニュアンスに満ちた『ベイビー・ブローカー』は、優しい社会派メルヘンとでもいった趣のヒューマンドラマである。どこか『オリバー・ツイスト』や『クリスマス・キャロル』など、弱者の視点で社会のボトムを見つめた英国の作家、チャールズ・ディケンズの小説を思わせる。「生きる」ということについての全的な肯定に向けて、是枝監督と韓国最高峰の才能の出会いが、映画に熱い命を吹き込んでいく。

本作に込められた想いと作品が差し出すメッセージは、シンプルかつ力強いものだ。ここではエキュメニカル審査員賞受賞に当たっての是枝監督のコメントから、その一部を以下に引用させていただきたい。
「映画の冒頭で捨てられた赤ちゃんと捨てた母親が、子どもを売ろうとする男たちと旅に出るという話が、映画の最後間近で、彼ら全員が生まれてきたことを祝福されます」「普段はやらないくらいはっきりとセリフにしました。その祝福の言葉を聞いた後にちょっとだけ人生が上向きになる、上を向いて生きていけるようになるというか、そんな物語にしたいなと思いました」――。

是枝監督は映画監督デビュー以前、テレビのドキュメンタリー番組を手がけていたキャリア初期から「家族」や「子ども」をモチーフとした作品をいくつも生み出してきた。そして『誰も知らない』や『歩いても 歩いても』(2008年)などの傑作を経て、『そして父になる』や『万引き家族』では血縁を超えた共同体の在り方として、「家族」という概念の刷新、ニュースタンダードを模索した。フランスで撮った『真実』(2019年)もまた「家族」の物語だった。国や言語の壁を超え、いまとこれからの世界に必要な共生や融和の在り様を柔らかく提示した『ベイビー・ブローカー』は、まさしく是枝監督のひとつの集大成と言って差し支えないだろう。

『ベイビー・ブローカー』

監督・脚本・編集/是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
6月24日(金) より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
gaga.ne.jp/babybroker/

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配給:ギャガ

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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