話題の若手演出家、加藤拓也が初監督。映画『わたし達はおとな』 | Numero TOKYO
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話題の若手演出家、加藤拓也が初監督。映画『わたし達はおとな』

「劇団た組」を主宰する、脚本家で演出家の加藤拓也が初の長編映画を手がけた。圧倒的なリアリティで、まるで隣の男女の生活を覗き見しているような不思議な映画体験へと観客を誘う映画『わたし達はおとな』。木竜麻生と藤原季節が「そこにいる」若者たちの姿をみずみずしく好演する。

赤裸々でとことんリアル20代の恋の痛み。
演劇やテレビドラマで話題、28歳の新鋭監督・加藤拓也と実力派キャストたちが起こす恋愛映画のニューウェーヴ

20代の赤裸々な恋の次第。幼さを引きずったまま、未成熟な大人として不安定な関係を彷徨う男女の姿を生々しく描く恋愛映画が登場した。その名は『わたし達はおとな』。

監督を務めるのはこれが長編映画デビューとなる加藤拓也。1993年大阪生まれで、現在28歳。17歳からラジオやテレビの構成作家を始め、18歳の時にイタリアへ渡り、映像演出と演劇について学ぶ。日本に帰国後、「劇団た組」を立ち上げて舞台演出を開始。2018年からは『部活、好きじゃなきゃダメですか?』(日本テレビ系)、『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)、『平成物語~なんでもないけれど、かけがえのない瞬間~』(フジテレビ系) などテレビドラマの脚本を数々手がけ、『きれいのくに』(2021年/NHK)では第10回市川森一脚本賞を受賞。本作ではオリジナル脚本による初めての長編映画に挑んだ。まさしく注目の新鋭だ。

映画は、ある大学のキャンパスから始まる。デザイン学科に通う優実(木竜麻生)は体調に異変を感じ、まもなく妊娠が発覚。彼女の恋人は別の大学の演劇サークルで、演出を手がける直哉(藤原季節)だ。しかし優実は彼にこう言い放つ。
「誰が親かわからない。わたしらが別れてる時の人の子かもしれない」――。

そこから時制がシャッフルされ、優実と直哉が出会い、付き合い、半同棲状態へと至る過去の過程と、痛みに満ちた現在の様子が対比的に描かれていく。
ふたりの目線や仕草、交わす言葉。些細な出来事の連鎖で紡がれる、脆く崩れやすい日常。そこで徐々に表出されるのは、複雑な矛盾や葛藤、虚偽と本音、何層にも折り重なった感情のグラデーションだ。われわれ映画を観る側も、最初に感じた優実と直哉の印象は劇展開とともにどんどん変容していくだろう。

ベースになっているのは「リアリズム演劇」と呼ばれる、演技の様式性を限りなく日常的な写実性に近づけ、人生の真実に迫ろうと試みる手法である。その際に観客と舞台をつなげる見えない壁――「第四の壁」の概念をスクリーンに置き換え、男女の生活を観客が実際に覗き見ているような感覚が実現された。
加藤監督は「わたし達の生活を非日常で俯瞰して体験する」ことが本作のテーマだと語っており、まさに「覗き見感覚」に沿って演出プランを組み立てていったらしい。言わば「リアルな物語」を生きる俳優たちを捉えたフィクション・ドキュメンタリーであり、映画でしか可視化できない細やかな芝居の力を堪能させる意味では、『フェイシズ』(1968年)や『こわれゆく女』(1974年)などのジョン・カサヴェテス監督に通じるかもしれない。

キャスト陣には精鋭メンバーと呼ぶべき実力者たちがそろった。主人公の優実を演じるのは木竜麻生。2018年に瀬々敬久監督の『菊とギロチン』で映画初主演を果たし、同年に『鈴木家の嘘』(監督:野尻克己)でもヒロインに抜擢。今回は妊娠発覚後の不安を抱えた様子や、恋人と衝突する激しい感情などで観る者の心を強く揺さぶる。

恋人の直哉を演じるのは、本作が木竜との初共演になった藤原季節。主演を務めた内山拓也監督の『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)や、今泉力哉監督の『his』(2020年)、松居大悟監督の『くれなずめ』(2021年)、𠮷田恵輔監督の『空白』(2021年)など、いまや日本映画に欠かせない存在。今回は一見柔らかな態度ながら、身勝手で無責任な「クズ」の面を残酷に滲ませる青年の役を見事に体現した。加藤監督と同じ1993年生まれでもある藤原は、舞台『まゆをひそめて、僕を笑って』(2017年)、『貴方なら生き残れるわ』(2018年)、『誰にも知られず死ぬ朝』(2020年)、『ぽに』(2021年)でも加藤とタッグを組んだ良き理解者にして盟友。そのほか、菅野莉央、清水くるみ、森田想、桜田通、山崎紘菜ら加藤監督が信頼する若手が集結し、今を生きる若者たちの姿がカメラの前で生起していく。そして片岡礼子、石田ひかり、佐戸井けん太という名うてのベテランが脇で要所をガチッと固める。

また本作は「(NOT) HEROINE MOVIES」という新企画の第一回作品でもある。『勝手にふるえてろ』(2017年/監督:大九明子)、『寝ても覚めても』(2018年/監督:濱口竜介)、『愛がなんだ』(2018年/監督:今泉力哉)、『本気のしるし 劇場版』(2020年/監督:深田晃司)などの傑作を手がけたメ~テレと、制作会社ダブがタッグを組み、等身大の女性のリアルを紡ぐ映画シリーズ。次世代を担う映画監督と俳優たちを組み合わせ、それぞれの感覚と才能を思う存分発揮できる場を生み出すプロジェクトだ。日本映画のニューウェーヴを生み出しそうな動きとして今後の行方に注目していきたい。

『わたし達はおとな』

監督・脚本/加藤拓也
出演/木竜麻生、藤原季節、菅野莉央、清水くるみ、森田想、
桜田通、山崎紘菜、片岡礼子、石田ひかり、佐戸井けん太
6月10日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
notheroinemovies.com/otona/

配給/ラビットハウス
© 2022『わたし達はおとな』製作委員会

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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