鬼才カラックスによる前代未聞のロックオペラ映画『アネット』 | Numero TOKYO
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鬼才カラックスによる前代未聞のロックオペラ映画『アネット』

長編第1作『ボーイ・ミーツ・ガール』で「恐るべき子供」「神童」と騒がれ、続いて『汚れた血』『ポンヌフの恋人』『ポーラX』『ホーリー・モーターズ』といった驚くべき傑作を生み出してきた鬼才レオス・カラックス監督。最新作『アネット』は、前代未聞の"ダークファンタジー・ロック・オペラ”だ。

レオス・カラックス×スパークス×アダム・ドライバー!
日本人キャストの出演も話題。カンヌ映画祭監督賞に輝く、愛と地獄のロックオペラが幕を開ける──

「紳士淑女の皆さま。只今より映画を始めます。歌ったり笑ったり拍手やオナラをしたい時は、どうぞ頭の中で願います」──。

前口上からカマしている。第74回(2021年)カンヌ国際映画祭コンペティション部門のオープニング上映を飾り、監督賞を獲得した『アネット』。この『汚れた血』(1986年)や『ポンヌフの恋人』(1991年)、『ポーラX』(1999年)といった圧巻のマスターピース群で知られるフランスの鬼才監督、レオス・カラックスの最新作は、まるで一匹の獰猛な怪物のごとき破格の傑作に仕上がった。23歳の時に撮った『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984年)で衝撃のデビューを果たしてから、寡作のカラックスにとってようやく長編6作目。初の英語作品。今回はロン&ラッセルのメイル兄弟から成るベテランバンド、スパークスの音楽とオリジナルストーリーを得て、2時間20分のロックミュージカルが怒濤に展開する。いや、ザ・フーの『トミー』(1975年/監督:ケン・ラッセル)やポール・ウィリアムズの『ファントム・オブ・パラダイス』(1974年/監督:ブライアン・デ・パルマ)など偉大な先行作に倣って、カラックス&スパークス流の「ロックオペラ」と呼ぶべきだろう。

冒頭、スタジオのコントロールルームに座っているのは、他ならぬレオス・カラックス本人、そして実娘のナスチャだ。この父娘は前作『ホーリー・モーターズ』(2012年)でも出だしに登場した。いわば映画を率いる座長として、これから自分たちのショーを上演する、といった宣言とも取れるだろう。まもなくスタジオのメインブースにいるスパークスの2人(ちなみにカラックスは『ホーリー・モーターズ』で、スパークスの楽曲「ハウ・アー・ユー・ゲティング・ホーム」を使用している)、さらに豪華キャスト陣――アダム・ドライヴァー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバーグらが合流して、夜の街を歌いながらチームで行進していく。実に印象的なオープニングだ。

今回の大きな注目点のひとつは、主演のアダム・ドライバーが初めてプロデュースも兼ねていること。彼が演じるのは過激な芸風で人気を博すスタンダップコメディアンのヘンリー(この役のイメージソースとなったのは破天荒な伝説的芸人、アンディ・カウフマンだという。1999年の伝記映画『マン・オン・ザ・ムーン』ではジム・キャリーが彼を演じた)。そしてマリン・コティヤールが演じるのは、悲劇的な死のオペラを歌うソプラノ歌手のアン。映画の序盤でふたりは結婚する。

この世間も羨むセレブカップルの不吉な道行きが、台詞のすべてが歌、しかも一般的なプリレコーディング(事前に歌やセリフを録音して、その音に合わせて演技する)ではなく、生歌のライブ録音という難易度の高いスタイルで描かれていく(ベッドシーンも全裸で演じながら歌う!)。パフォーマンス中のヘンリーの語り(MC)、また劇中の観客とのコール・アンド・レスポンスなども、あくまで音楽的に組成されたものだ。

「台詞がすべて歌」というミュージカル形式に関しては、『シェルブールの雨傘』(1964年)や『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)などの監督、ジャック・ドゥミへのオマージュも込めているとのこと。また、ヒロインがオペラ歌手という設定、結婚生活の苦悩や破綻などの主題面は、カラックスが自身のオールタイムベスト映画のうちに挙げているカール・テオドア・ドライヤー監督の遺作『ゲアトルーズ』(1964年)と深く通じ合うものがある。

さて、マスメディアから「美女と野獣」と囃し立てられた話題の新婚カップルの運命はいかに? 幸福な時期、ベリーショートの髪型のアンは、カラックス映画の最初のヒロインである『ボーイ・ミーツ・ガール』のミレーユ・ペリエを連想させる。もちろんそのイメージの原型として『勝手にしやがれ』(1959年/監督:ジャン=リュック・ゴダール)のジーン・セバーグに補助線を引くことは可能だろう。しかし映画の中盤、アンが娘のアネットを出産するシーンでは、なんとホラー映画史におけるベリーショートのアイコニックなヒロイン――『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年/監督:ロマン・ポランスキー)のミア・ファロー(的なるもの)へと「転調」を遂げるのだ!

ちなみに分娩室で、誕生したばかりのアネットを取り上げる産婦人科医を演じるのは、古舘寛治。看護師の中には福島リラもいる。だが、そこで産まれたアネットは、まるでピノキオのような姿。親の支配下にある子供、というメタファーを背負う呪われたマリオネット(操り人形)なのだ。

そこからハリウッドの光と影を描く『スタア誕生』(1937年以降、数度映画化。レディ-・ガガ主演、ブラッドリー・クーパー監督&共演の2018年作『アリー/スター誕生』もこのリメイク)の図式を彷彿させるカップルのすれ違いに伴って、「悪い父親」としてのヘンリー像がせり上がる。子育ての軋みや歪みと連動するように、彼のトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)も告発されていく。#MeToo運動の影響を思わせる、性被害を訴える6人の女性の中のひとりには水原希子が扮している。

本作のメインヴィジュアルにも使用されている、荒れ狂う大嵐の中、船の上でワルツを踊るアダム・ドライバーとマリオン・コティヤールは、明らかに『ポンヌフの恋人』の名シーン──パリのセーヌ川に掛かるポンヌフ橋の上で、盛大に打ち上がる花火をバックに踊るドニ・ラヴァン&ジュリエット・ビノシュの姿の裏返しだ。ミュージカル的な祝祭を試みた大作『ポンヌフの恋人』が「ポジ」なら、地獄のカーニバルが展開する『アネット』は「ネガ」と規定できる関係にある。

果たしてこの地獄めぐり――ルイ=フェルディナン・セリーヌの小説『夜の果てへの旅』ならぬ、悪夢の果てへの旅から登場人物たちはいかに解放されるのか? 驚愕の結末とは? ともあれ従来のアートやエンタテインメントの概念を拡張するような、茫然自失の映画体験が待ち構えていることはお約束したい。

なおスパークスに関しては、『ベイビー・ドライバー』(2017年)や『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)のエドガー・ライト監督による最高密度のドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザーズ』が4月8日(金)から日本公開される。もちろん『アネット』にまつわるエピソードも登場。ぜひ両作併せて、ワンセットでお楽しみいただきたい!

『アネット』

監督/レオス・カラックス
出演/アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバーグ
原案・音楽/スパークス
annette-film.com

© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
配給/ユーロスペース

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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