心の奥底に降り注ぐ歌声。優河のアルバム『言葉のない夜に』 | Numero TOKYO
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心の奥底に降り注ぐ歌声。優河のアルバム『言葉のない夜に』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、優河のアルバム『言葉のない夜に』をレビュー。

揺蕩うサウンドととともに降り注ぐ、夜明けの光のような声

唯一無二の歌声、とも評されるシンガーソングライター、優河。その声は“聴こえる”というよりも、“降ってくる”とか“やってくる”という言葉の方がしっくりくるように感じることがある。気づけば聴き手を包み込んでいて、心に直接語りかけてくるような……いや、もっと言ってしまえば、彼女の声は、まるで聴き手の内側にもともと眠っていた感情そのものであるかのようにさえ錯覚することさえあるのだ。 揺蕩う、という言葉がこの作品を表現するのにぴたりとはまる気がする。優河のライブや楽曲制作をサポートする“魔法バンド”と長い時間をかけて作り上げたというそのサウンドは、バンドで奏でられているというのに、その生っぽさを残しながらも、まるでサンプル・ミュージックのような手触りがあるのが驚異的だ。トレモロをたっぷりとかけ左右のチャンネルからゆらめくように流れ込むエレキ・ギターに、リズムを奏でながら時に作品のテクスチャーをも司るような流動的なベース、ボトムはグッと締まっていながらウワモノが軽やかに予測不能にうごめくドラム、そして、所々にサンプルを交えながら、楽曲にフックを与えているシンセやキーボード。メンバーの一人であり、昨今ではギター・ミュージックを軸にアンビエントへも音楽的探求を深めている岡田拓郎が音響の設計を手がけたのであろう、それぞれの楽器の音は一つひとつ分解され、細かな調整を加えられて、作品の中で構築し直されている。フォーキーな楽曲もあれどそうした聴き慣れたソング・ライティングだって、こうしたサウンド・スケープによって驚くほどダイナミックに新鮮に、私たちに語りかけてくるのだ。

そして、その上でなお印象的に胸を打つのが、優河自身の歌声に他ならない。チャレンジングなサウンドの中にあって決して埋もれることのない彼女の声は、音の中でますますその包容力を増しながら、私たちに“降ってくる”のだ。特に今作で秀逸なのが、その優河自身の声によるコーラスの豊かさ。微妙なゆらぎを持たせて加工された声が一気に楽曲の深みに引き込んでいく 「WATER」、あえて音の凸凹を綺麗に整えていない歌声がいくつも重ねられ、まるで通りぬける風のような質感がもたらされている「ゆらぎ」……。たとえるなら今作は、ブレイク・ミルズやビッグ・シーフのようなダイナミクスを伴った音像のフォーク・ソングにジュリアナ・バーウィックのコーラスが注ぎ込まれたような、とでも言えばいいだろうか。

「夜」というモチーフが多く登場し、別れをテーマにした前作に比べ、「夜明け」という歌詞が多く登場し、明るく開けた印象もある今作。ドラマ「妻、小学生になる。」の主題歌にもなっていた「灯火」は象徴的な1曲だ。ドラマの中でも、登場人物たちが家族の温かさに触れた瞬間にかかっていたこの曲。やはり何度聞いても、彼女の声に導かれて音の中に取り込まれていくうちに、ふっと一筋の光が降ってくるような、そして救われるような想いにさせられてしまう。

繊細かつ立体的に、ゆらめくサウンドと歌。それは言葉で解釈する前の私たちの心の動きそのもの、なのかもしれない。そして優河の声は、そんな私たちの心の奥底に、じんわりと温かく降り注ぐ。

優河『言葉のない夜に』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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