今なお影響を与え続ける映画作家の貴重な特集上映「タル・ベーラ 伝説前夜」 | Numero TOKYO
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今なお影響を与え続ける映画作家の貴重な特集上映「タル・ベーラ 伝説前夜」

『ダムネーション/天罰』1988
『ダムネーション/天罰』1988

ジム・ジャームッシュ、アピチャッポン・ウィーラセタクンといった映画監督たちに大きな影響を与えてきたタル・ベーラ監督。彼がいかにして自らのスタイルを築き上げ、唯一無二の映画作家になったのか。その足跡をたどるべく、『サタンタンゴ』(1994年)以前、伝説前夜の日本初公開3作『ダムネーション/天罰』『ファミリー・ネスト』『アウトサイダー』を4Kデジタル・レストア版で一挙上映する。

『ダムネーション/天罰』 1988
『ダムネーション/天罰』 1988

この人を見よ!──タル・ベーラはいかにして唯一無二の作家になったのか? 伝説の『サタンタンゴ』以前の足跡をたどる日本初公開の初期傑作3作を一挙上映!

現存する映画作家の中で、「生ける伝説」という言葉はこの人に最も似つかわしいかもしれない。その名はハンガリーを代表する鬼才監督、タル・ベーラ(1955年生まれ)。 ワンシーン・ワンカットを基調とした魔術的陶酔をもたらす驚異の長回し、荒涼とした美と詩情が横溢するモノクロームの映像──自ら最後の作品だと表明した黙示録的な大傑作『ニーチェの馬』(2011年)で、第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)と国際批評家連盟賞などを受賞し、56歳にして映画監督から引退。日本でも2012年度キネマ旬報ベストテン外国映画の第一位に選出されるなど評価が広がり、2019年にはガス・ヴァン・サントやアピチャッポン・ウィーラセタクンらが生涯の一本に挙げる『サタンタンゴ』(1994年)が初公開の運びとなる。ルーヴル美術館やニューヨーク近代美術館(MOMA)でも上映されてきた本作は、7時間18分の超長尺ながら全編約150カットという破格のロングテイクが炸裂。唯一無二の特異な作家性が知れ渡ることで、さらなる熱狂的な支持者を多数生み出した。 また監督業を引退後の2012年、サラエボに映画学校「film.factory」を創設し、『象は静かに座っている』のフー・ボー監督や『鉱 ARAGANE』『セノーテ』の小田香監督などを輩出。2016年に学校を閉鎖したあとも、積極的に後進の育成に取り組んでいる。マーティン・スコセッシやジム・ジャームッシュなど、世界の名だたる巨匠もタル・ベーラを敬愛しており、日本の若手異能監督である渡辺紘文(『七日』『叫び声』)までその影響力は甚大。まさしく映画界きっての“クリエイターズ・クリエイター”のひとりだといえるだろう。

『ダムネーション/天罰』 1988
『ダムネーション/天罰』 1988

さて、そんなタル・ベーラはいかにして独自のスタイルを築き上げたのか。その足跡をたどることができる観逃せない特集企画がスタート。『サタンタンゴ』以前の日本初公開となる初期3作を4Kデジタル・レストア版で一挙上映する「タル・ベーラ 伝説前夜」だ。

その中でもまず観ておきたいのは、タル・ベーラのスタイルを確立させた記念碑的作品と呼ばれる『ダムネーション/天罰』(1988年)だろう。
「メランコリックな音楽、儀式とも言えるダンス、冷酷なキャメラの動き――『ダムネーション/天罰』は、まさに『サタンタンゴ』の前哨戦だ」(The New York Times)との評にもあるように、著名な小説家でもあるクラスナホルカイ・ラースローが初めて原作・共同脚本を手掛け、撮影のメドヴィジ・ガーボル、音楽のヴィーグ・ミハーイ、編集のフラニツキー・アーグネシュなど、『サタンタンゴ』と同じメインクルーがそろった一本である。

舞台となるのは荒廃した炭鉱の町。雨が降りしきる中、行きつけの酒場に入り浸るカーレル(セーケイ・B・ミクローシュ)という男がいる。彼には愛人関係にある歌手の女性(ケレケシュ・ヴァリ)がいたが、人妻である彼女はカーレルとの腐れ縁にうんざりしており、その夫(チェルハルミ・ジュルジュ)も「二度と妻に近づくな」とカーレルに詰め寄る。それでも愛人に執着するカーレルは、借金で首が回らない歌手の夫に危ない仕事を持ちかけるのだが……。

ただれきった三角関係の中で破滅していく大人たちの姿――不倫や裏切り、倦怠や虚無に絡め取られた人間の生態を長回しのモノクロームで捉える。そして酒場での音楽とダンス。『サタンタンゴ』から『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(2000年)、『倫敦から来た男』(2007年)などへと連なっていくタル・ベーラの記名性をいくつも見て取ることができる。

『ファミリー・ネスト』 1977
『ファミリー・ネスト』 1977

『アウトサイダー』 1981
『アウトサイダー』 1981

貴重さという点では他の2作品も負けていない。まず住宅難のブダペストで夫の両親と同居する若い夫婦の姿を、16mmフィルムで捉えた22歳のデビュー作『ファミリー・ネスト』(1977年)。当時のハンガリー社会の苛烈さを直視する本作は、「ジョン・カサヴェテスやケン・ローチの作品を想起させるドキュメンタリー・スタイル」(NY Film Society of Lincoln Center)と評されている。そして監督第2作『アウトサイダー』(1981年)は、社会に適合できないヴァイオリン奏者の青年を描いた、タル・ベーラとしては異例のカラー作品。

まだ映画作家の個性が確定する前の段階だからこそ、混沌とした初期衝動のパワーが生っぽく満ちている。そこから稀代の巨大な才能が立ち上がっていく様を目撃できる、映画マニア垂涎&必見の特集上映だ。

タル・ベーラ監督
タル・ベーラ監督

特集上映「タル・ベーラ 伝説前夜」

『ダムネーション/天罰』
『ファミリー・ネスト』
『アウトサイダー』
監督・脚本/タル・ベーラ
1月29日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて一挙公開中
bitters.co.jp/tarrbela/

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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