13万円が510億円に。アート界の闇に迫るドキュメンタリー映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』 | Numero TOKYO
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13万円が510億円に。アート界の闇に迫るドキュメンタリー映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』

2017年、アート界に激震が走った。一枚の絵がオークションに出品され、史上最高額の510億円で落札されたのだ。それは、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の絵画といわれる「サルバトール・ムンディ」=男性版「モナ・リザ」だとされる絵画。誰が購入したのか、そしてその絵は真のダ・ヴィンチ作品なのか……。華やかなオークションの裏で暗躍する者たちと蠢く陰謀に迫るドキュメンタリー映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』が公開中。

小さなカタログに紹介されていた13万円の絵画が、オークションで510億円に爆上げ高騰!?
アート界に巻き起こった最新の珍騒動を検証する、驚愕のミステリー風ドキュメンタリー!

「1000ドルが4億5000万ドルに化けるのは、現代ではアートだけ」――。
そんな発言も飛び出す映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』は、あのイタリア・ルネサンス期を代表する芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年生~1519年没)の“幻の絵画”にまつわる実際の珍騒動を追った驚愕のドキュメンタリーだ。監督はフランス出身、ジャーナリストとしても活躍するアントワーヌ・ヴィトキーヌ。

ダン・ブラウンの原作から始まった『ダ・ヴィンチ・コード』の流行も示すように、この多くの謎に満ちた歴史的なマエストロ(巨匠)の人生や作品はさまざまなミステリーの源泉だ。このドキュメンタリー映画も、さながら数奇な運命が連鎖するミステリーのように、あるいはブラックコメディのように、美術界や美術マーケットに渦巻くカネと欲望、奇妙なポピュリズム、政治的なパワーゲームなど巨大な闇を巻き込んでダイナミックに展開していく。

ちなみに本作は、レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500周年のタイミングで刊行された、ベン・ルイスによるノンフィクション本『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』(訳:上杉隼人/集英社インターナショナル)の映画化といってもいい内容である。よってこの快著を彩るキーパーソンたち――美術商やキュレーター、研究家や記者やオークション関係者たちの「本物」が続々と登場するのも見ものだ。

さて、事の始まりは2005年4月。ニューヨークで美術商を営むロバート・サイモンが、ルイジアナの小さな競売会社のカタログに掲載されていた一枚の絵に目を止めた。これはレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の絵画とされる「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」、通称「男性版『モナ・リザ』」ではないのか?と。
カタログには複製品か、後世に描かれたものとの記載があったらしいが、本物のダ・ヴィンチ作品かもしれない、と踏んだサイモンは、自らの鑑定眼に賭けて1175ドル(約13万円)で購入を決める。

そこから修復家のダイアン・モデスティーニが大幅な修復作業を進めていくうち、なんと模写ではなく原画である可能性が浮上してきた。そして2008年、ダ・ヴィンチ研究の権威者たちがロンドンのナショナル・ギャラリーに集められる。鑑定者の中でダ・ヴィンチの手による作品だとの立場を明確にしたのは同ギャラリーの主任専門家、マーティン・ケンプひとりだけだった。レオナルド工房の製作――つまり弟子の誰かが描いたという説も有力である。こうして実際には真偽が定かではないまま、しかし2011年、ナショナル・ギャラリーは「本物」として一般展示するに至ったのだ!

「レオナルドと、レオナルド工房の間には、天と地ほどの違いがある」と、ニューヨーク・タイムズ紙記者のスコット・レイバーンは語る。「おかしな話だろ? 美術館の責任者がこう言い出したんだ。“皆に決めさせよう”って。本物のダ・ヴィンチかどうかを決めるのは、一般大衆なんだってさ(笑)」

だが、いったん業界的に「お墨付き」が与えられると、もはやアートの問題を離れて、財力や権力に取り憑かれたあらゆる魑魅魍魎が群がってくる。
やがて2017年、激震が走った。『サルバトール・ムンディ』とされるこの一枚の絵がオークションで、美術史上最高額となる4億5030万ドル(約510億円)で落札されたのだ。そのうち手数料は5000万ドル。もちろんこの映画には、オークション現場の映像もばっちり収められている。

13万円の絵画が、510億円の価値に大変身。ただし落札者は発表されなかった。果たして購入者は誰か? 本当に真のダ・ヴィンチ作品だと証明されたのか? 全世界の関心を集め、今なお謎が深まるばかりの名画に関わる秘密を紐解きつつ、知られざるアート界のからくりから闇の金銭取引までをも生々しく曝く。

広告に利用されたハリウッドスター、レオナルド・ディカプリオや、巧妙なプレゼンでオークションを操作するマーケティングマン、国際政治での暗躍が噂されるある国の王子……。ついにはルーブル美術館を巻き込んだ騒動に発展するのだが、最高額で売却されて以来、「誰かの所有物」となった絵画の所在は不明のままである。

とんでもない事態に笑うか、ひたすら呆気に取られるか。思えばここ10年ほど、『皮膚を売った男』(2020年/監督:カウテール・ベン・ハニア)や『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年/監督:リューベン・オストルンド)、バンクシーの『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年)や『バンクシーを盗んだ男』(2018年)など、アートと資本や市場の皮肉な関係を風刺的に描く映画がちらほら目立つ。クリエイションの実質よりもブランドネームに振り回されるこのおかしな世界は、われわれが抱え持つ虚栄の象徴なのかもしれない。

『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』

監督/アントワーヌ・ヴィトキーヌ 
11月26日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
gaga.ne.jp/last-davinci/

© 2021 Zadig Productions © Zadig Productions – FTV

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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