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巨匠フレデリック・ワイズマンの集大成! 映画『ボストン市庁舎』

『パリ・オペラ座のすべて』や『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』で知られるドキュメンタリー界の“生ける伝説”フレデリック・ワイズマンが新作の舞台に選んだのは、アメリカ・マサチューセッツ州のボストン市庁舎。驚きとユーモアと問題提起に満ちた場面の数々から、「人々がともに幸せに暮らしてゆくために、なぜ行政が必要なのか」を伝えてくれる。

巨匠フレデリック・ワイズマン監督が放つ、集大成との呼び声高い最新ドキュメンタリー。
理想のリーダーと、適切なサービスの数々――米国の古都ボストンが誇る公共機関“City Hall”へようこそ!

またしても傑作。長年ドキュメンタリー映画界の頂点に立ち続け、2016年にはアカデミー名誉賞を受賞した巨匠――フレデリック・ワイズマン監督が、なんと90歳を迎えて放つ最新作。本作でワイズマンがカメラを向けたのは、ボストン市庁舎だ。アメリカ有数の大都市における地方自治体の独自の活動。この“ボストン・シティ・ホール”(映画の原題は『City Hall』)の施設内(とその周辺)には、行政とコミュニティの在り方が社会の縮図のように凝縮される。撮影はコロナ禍の前だった2018年秋と2019年冬。完成した映画はフランスの映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』の2020年度TOP10の第1位に選出された。ちなみに米マサチューセッツ州ボストンは、1930年1月1日にワイズマンが生まれた街でもある。

もっとも数多い行政機関の中で、ボストンを選んだのは別に自らの生誕の地だからではない。ワイズマンは撮影する市役所を決めるにあたって、アメリカの名市長についての新聞記事を読んだ。その上で6つの都市にオファーを出し、唯一返事をくれたのが当時在任中だったボストンのマーティン・ウォルシュ市長だったという。

1967年ボストン生まれのマーティン・ウォルシュは、アイリッシュ系の労働者階級の家庭出身。民主党からボストン市長に立候補し、2013年に当選。そして2017年に再選。計8年の任期を務めたあと、2021年3月22日をもって市長を退任し、現在はバイデン政権で労働長官を務めている。いまのボストン市長には、同市史上初となる女性で黒人の市長、キム・ジェイニーが在任中だ。

ワイズマンは州立刑務所マサチューセッツ矯正院の日常を克明に映し出した伝説の監督デビュー作『チチカット・フォーリーズ』(1967年)から近作『インディアナ州モンロヴィア』(2018年)まで、一つの組織や施設、地域に題材を決め、あえてテーマや構成を想定しないままカメラを回し始める。ナレーションや音楽は一切加えず、映像素材に“語らせる”スタイルを貫きながら、何カ月も緻密な編集作業を重ねる。そこから浮かび上がるのは、モザイク模様やタペストリーによく喩えられる、一つの環境の中で多様な生の形がうごめくリアルな人間群像劇だ。

とりわけ今作は、日本でもスマッシュヒットを記録した『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(2017年)と同じく、「現実」から「理想」を切り取る視座と手法が際立っている。ロールモデルとなり得る運営・組織のメカニズムを提示し、われわれが「最良の行政や共同体の在り方とは何か?」を考えるための契機とする。全編274分――約4時間半という上映時間だが、実際に映画を観れば、この尺はまったく適切な長さだと納得するはず。重要な見どころ(さらに通常ならなかなか見られないところまで!)を高密度に圧縮し、建設的な意見が積み重ねられる社会見学ツアーに参加するような体験だ。

映画は、警察や消防、保険衛生のセクションからはじまって、退役軍人や高齢者、ホームレスなどの支援、さまざまな事業の営業許可、出生、結婚、死亡記録の管理まで、多様化を極める地方自治体の業務を紹介していく。予算など具体的な諸条件と格闘しながら、真摯に問題に向き合い、サービスを提供する職員たち。市庁に集う多様な人々の姿を通して、映像は今のアメリカの実像を知らしめるとともに、民主主義の理念に基づいた「市民のための市役所」の可能性を見せていく。同性婚や大麻の合法化という現代的なテーマから、高騰する保険衛生費、銃の乱射や警察と住民との緊張関係、さらに少数派に対する差別やネズミ駆除まで、市庁舎にはあらゆる問題が持ち込まれる。

そんな中、やはり傑出した人物――マーティン・ウォルシュ市長の存在感が強い求心力と吸引力を持つ。これほど特定の人物が映画の中で「主人公」として立ち上がってくるのは、ワイズマン作品では極めて異例といえる。「ボストンを国や世界の手本に」とまっすぐ明瞭に語り、アイリッシュ移民としての誇りも忘れない。アルコール依存で苦しんだ自らの過去までさらけ出す、絶大な市民の人気や信頼を得ているこのカリスマ的リーダーを、ワイズマンはドナルド・トランプが国政に君臨していた時代の「対極にある希望」として讃える。

ボストン交響楽団ホールにて開催された、2019年のウォルシュの演説はとりわけ感動的だ。「市長の仕事とは何か? 市民に扉を開けることです。どんな人種、信条、階級にも。市を変え、国を変えましょう」――。まるでフランク・キャプラ監督、ジェームズ・ステュアート主演の名作『スミス都へ行く』(1939年)のクライマックスのような名シーン。時代の困難に向けて、絵空事ではない「理想」を謳う必見の一本だ。

『ボストン市庁舎』

監督・製作・編集・録音:フレデリック・ワイズマン
11月12日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開
cityhall-movie.com

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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