A24が製作。人間の極限状態を恐ろしくも美しい映像で描くスリラー『ライトハウス』
これはいったいいつの時代に撮られた映画なのか? まるで古典映画、しかもトーキーが始まった頃の初期映画を思わせるルックの異色傑作『ライトハウス』を、『ムーンライト』(2016年)『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)『ミッドサマー』(2019年)など旬の話題作を放ち続ける人気スタジオ「A24」が製作した。
ウィレム・デフォー×ロバート・パティンソンの「狂演」がすごい! 古典映画のようなルックで、絶海の孤島の極限状況を描く異色寓話スリラー
この『ライトハウス』は35mmフィルムで撮られた全編モノクロームの新作(2019年)で、画面はアスペクト比「1.19:1」という正方形に近いサイズ(いわゆるスタンダードサイズは「1.33:1」)。時代設定は19世紀末。ニューイングランド沖の孤島にやってきた、ふたりのウェールズ人の灯台守が主人公。反りが合わずに衝突を繰り返すふたりは、やがて嵐のため島に閉じ込められて、険悪な雰囲気を加速させるように狂気の淵へと導かれていく。イギリス・ウェールズで実際に起きた事件をもとに、ベテランの灯台守を名優ウィレム・デフォーが演じ、新入りの若造役を『トワイライト~初恋~』(2008年)や『TENET テネット』(2020年)、そして新シリーズ『ザ・バットマン』(2022年公開予定)の主演に決定したロバート・パティンソンが熱演する。
孤島の灯台で待ちぼうけを喰らうシチュエーションで、二人芝居が展開する構成は、不条理演劇の代表作として知られるサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を彷彿させるものだ。さらに『シャッターアイランド』(2010年)、あるいは『異端の鳥』(2019年)なども連想させつつ、海洋映画にH.P.ラヴクラフト的な怪奇幻想が取り憑いた趣の、絶海の寓話がスリリングに生成されていく。
ウィレム・デフォー×ロバート・パティンソンの共演は、「狂演」と呼びたくなるほどの凄まじさだ。いつ終わるのかわからない大嵐のせいで迎えの船が来られず、相性の悪いふたりの男は極限的な緊張感を高めていき、だんだん現実と幻覚が混濁する錯乱状態の中で壮絶な争いを繰り広げる。まるで人間が悪魔に変身していくような展開――。
監督はこれが長編2作目となる新進気鋭のロバート・エガース(1983年生まれ、米ニューハンプシャー出身)。彼のデビュー作『ウィッチ』(2015年)は、17世紀のニューイングランドが舞台の魔女伝説をモチーフにしたゴシックホラー。この秀逸な前作では1950年代のユニバーサルの古典ホラー、英国ハマー・スタジオ作品、あるいはローベルト・ヴィーネの『カリガリ博士』(1919年)やF.W.ムルナウ『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)などドイツ表現主義の影響を反映させていた。30代の若い監督なのに相当ハードコアなシネマニアである。
今回の『ライトハウス』でもジャン・エプシュタインの『大地の果て』(1929年)、『三文オペラ』(1931年)などで知られるG.W.パプストの諸作といった、やはり1920年代~30年代の映画が参照された。エンドクレジットには「ハーマン・メルヴィル(『白鯨』)や灯台守の日誌、サラ・オーン・ジュエットの著作などから着想を得た」といった献辞が出る。
これだけ硬質のシネクリチュール(映画書法)を備えた作品が、北米興行ではアートハウス系として異例となる1,000万ドル以上のヒットを記録したというから驚きだ。
素晴らしい映像を手がけたのは、『ウィッチ』でもエガース監督と組んだ注目のカメラマン、ジュリアン・ブラシュケ。第92回(2020年)アカデミー賞では本作で撮影賞にノミネートを果たした。あの『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でオスカーを獲得したギレルモ・デル・トロ監督は「エガース監督の最高傑作。ハーマン・メルヴィルや、H.P.ラヴクラフトやサミュエル・ベケットのような、漠然とした密度と実存主義を感じる」といった熱烈な推薦コメントを寄せている。映画を深く愛する観客には確実に深く刺さる必見の一本だ。
『ライトハウス』
監督/ロバート・エガース
出演/ロバート・パティンソン、ウィレム・デフォー
7月9日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
transformer.co.jp/m/thelighthouse/
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito