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過去があるから今、そして未来は輝く! 映画『ベル・エポックでもう一度』

何もかもがデジタル化された社会の変化についていけず、妻のマリアンヌにも見放されてしまったヴィクトルは、映画製作の技術を応用して客の戻りたい過去を再現する「タイムトラベルサービス」を体験する。生涯忘れられない”あの日”を再体験したヴィクトルが見つけたものとは……。フランスなどで大ヒットした映画『ベル・エポックでもう一度』が日本でも公開される。

あなたならいつを選ぶ? 世界が輝いていた自分のベル・エポック(古き良き時代)に戻ろう。
1970年代のフレンチカルチャーに彩られた「あの頃」をめぐる再生のドラマ

2019年のフランスで興収チャート初登場No.1の大ヒットを記録し、セザール賞では3部門受賞(助演女優賞、オリジナル脚本賞、美術賞)。甘い郷愁と、いまを生きる力が同時に立ち上がる、極上のヒューマンドラマが日本にやってくる。

主演は『八日目』(1996年)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞したダニエル・オートゥイユ。妻役には『隣の女』(1981年)や『8人の女たち』(2002年)などのファニー・アルダン。フランスの国民的俳優のふたりが倦怠期を迎えた夫婦をコミカルに演じ、人生の活性化へとわれわれを誘ってくれる。

「客が望む時代を体験させる。中世、第二次大戦、何でもありだ」――。お話はタイムトラベルサービス会社「時の旅人」(英国の元祖SF作家、H.G.ウェルズが由来とおぼしきネーミング)が提供するユニークなシステムをめぐって展開する。この会社は映画のように広大なセットを使って、お客が注文した「好きな時代」を緻密に再現し、テーマパークのように体験させてくれるのだ。

このサービスを受けることになるのが、かつては売れっ子イラストレーターだった主人公のヴィクトル(ダニエル・オートゥイユ)。インターネットも携帯電話も使えない彼は、デジタル化の波に為す術がなく、いまはまったく仕事がない。対して妻のマリアンヌ(ファニー・アルダン)はテクノロジーに敏感で、颯爽とテスラに乗り、著名な精神科医として最先端を行く女性。かつてはあんなに愛し合ったふたりだが、現在のマリアンヌは、すっかり時代遅れのダサいオヤジになったヴィクトルのことを嫌っている。

とうとうマリアンヌに罵倒されて別れを告げられたヴィクトルは、世界が輝いて見えた「あの頃」に戻ろうと「時の旅人」社を訪れる。
一般にベル・エポックといえば19世紀末から20世紀初頭の多様な文化が花開いたパリの繁栄期を指すことが多い(1900年のパリ万博が象徴的)。しかしヴィクトルが希求するのは、あくまで極私的なベル・エポック(古き良き時代)だ。

ちなみにミッシェル・オスロ監督のアニメーション『ディリリとパリの時間旅行』(2018年)は、まさにベル・エポック期の華やかな文化模様を描く。ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)では「現在」に不満な脚本家のアメリカ人青年が、憧れの1920年代パリ黄金時代のサロン文化へと夢のように誘われ(ちなみに本作にも「ヘミングウェイがいた1932年」という近い注文案件があった)、さらに1890年代のベル・エポックにも足を踏み入れていく。

さて、ヴィクトルが望む「古き良き時代」はピンポイントだ。それは1974年5月16日のリヨン。当時25歳だった彼はその日、「運命の女性」と出会った――。
かくして「時の旅人」社はヴィクトルの証言や綿密な時代考証をもとに、VR(ヴァーチャル・リアリティ)ではなく、徹底したアナログ技法で「オーダーメイドの仮想現実」を構築していく。広いスタジオにメインの俳優やエキストラが集まり、CGなしの完全セット。人力主義による「1974.5.16のテーマパーク」にやってきたヴィクトルはすっかり心が華やぎ、オールドファッションなスーツを着て、髭を剃り、レコードをかけて踊り出す。そして「運命の女性」が待つカフェバーへと出かけていく。

1970年代の前半といえば、例えばベルトラン・ブリエ監督の破天荒なフランス映画『バルスーズ』(1974年)などが示すように、ヒッピーイズムや性革命を引きずったフリーセックスとドラッグの青春像などもイメージされる。本作でもパーティーシーンにその時代色がよく表われているが、しかしヴィクトルが「欲しいもの」はあくまでもシンプルだ。
「運命の女性」とは、容赦なく別れを告げられたばかりの妻のマリアンヌである。失意に苛まれるヴィクトルの目の前で、若き日のマリアンヌをマルゴ(ドリア・ティリエ)という女優が演じる。ヴィクトルの目には彼女と当時のマリアンヌ、さらに今のマリアンヌの顔も重なって見える――。

当然、この仮想の世界には脚本がある。マルゴはイヤホンを装着し、舞台裏に控える社長兼監督のアントワーヌ(ギョーム・カネ)から指令を受ける。その様相はまるでリアリティ番組のようでもある。そして実は、マルゴとアントワーヌも恋人同士であり、やはりお互いを傷つけ合いがちな倦怠期の真っ只中にある……。

この一筋縄ではいかぬ虚実の皮膜から、やがて不思議な「再生」の効力が起こっていく。過去との再会がトリガーとなり、いまを生きる活力との両輪駆動が起こる。純粋な愛妻家であるひとりの恋する男――ヴィクトルの中で「74年」と「現在」が混ざっていくことで、前向きなエネルギーを取り戻していくのだ。

監督・脚本は1980年生まれのニコラ・ブドス。俳優として『タイピスト!』(2012年/監督:レジス・ロワンサル)になどに出演している才人で、今回は音楽も手がけている。ブドス監督が仕掛けたのは、もう一度「過去」を抱きしめ直すことで、「いま」を恋する(=生きる)ためのメタフィクション。ちなみに劇中の半ば頃、ヴィクトルが訪れているマルゴの部屋の壁に、ジョン・カサヴェテス監督の『ラヴ・ストリームス』(1983年)のポスターが貼ってあることにも注目してほしい。

『ベル・エポックでもう一度』

監督・脚本・音楽/ニコラ・ブドス
出演/ダニエル・オートゥイユ、ギョーム・カネ、ドリア・ティリエ、ファニー・アルダン
6月12日(土)より、シネスイッチ銀座ほか公開
www.lbe-movie.jp

配給・宣伝:キノフィルムズ
©2019 – LES FILMS DU KIOSQUE – PATHÉ FILMS – ORANGE STUDIO – FRANCE 2 CINÉMA – HUGAR PROD – FILS – UMEDIA

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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