伝説のステージが映画化! 劇場公開の喜びを味わいたい『アメリカン・ユートピア』
元トーキング・ヘッズのフロントマンで現代音楽家、デイヴィッド・バーンが2018年に発表したソロアルバム『アメリカン・ユートピア』。2019年にはこのアルバムのライブ・パフォーマンスがブロードウェイのショーとなり、大評判に。再演を熱望されながらもコロナ禍のため幻となってしまった伝説のステージを、『ブラック・クランズマン』でオスカーを受賞したスパイク・リーが完全映画化! 喜びと幸福に満ちたステージがいよいよ日本で劇場公開される。
圧巻のパフォーマンスを全身で「体感」しよう!
デイヴィッド・バーン×スパイク・リー。鬼才同士が手を組んだ最高の音楽映画の誕生!
まさしく至福の107分! 映画が開幕すると67歳のデイヴィッド・バーンは、グレーのスーツに裸足というスタイルで、まずは独りで決して広くはないステージに現われる。
即座に想い出すのは、彼がトーキング・ヘッズ在籍時に撮影した音楽ライヴ映画の名作『ストップ・メイキング・センス』(1984年/監督:ジョナサン・デミ)だ。当時31歳の青年だったバーンは、ラジカセを床に置き、ギターの弾き語りで「Psycho Killer」を歌い始めた。そこから36年の歳月が流れ、今回バーンが手にしているのは脳みその模型。テーブルにつき「Here」を歌い出す。そこで示されるのは“人間の知性”への懐疑の視座だ。ただし辛辣になり過ぎず、あくまでユーモラスに。そして楽曲ごとにバンドメンバー(計11人)が加わって、どんどん祝祭の様相が増していく――。
本作『アメリカン・ユートピア』は、デイヴィッド・バーンが2018年に発表したアルバム『アメリカン・ユートピア』をオリジナルコンセプトとし、そこから発展した“音楽とダンスとおしゃべり”のライヴ・パフォーマンを繰り広げるブロードウェイの舞台にカメラを向けたものである。
監督はスパイク・リー。デイヴィッド・バーンとの本格コラボレーションはこれが初となる。年齢は5歳差。バーンは1952年生まれ、リーは1957年生まれ。リベラルな西洋的知性の体現者と、ブラックパワーの旗手――その立場に違いはあれども、ニューヨーク名物の生けるポップ・アイコンと呼ぶべきベテラン・アーティストのふたり。両者ともマイノリティに立脚し、社会の多様性を志向する表現者同士。ともに尖鋭性は衰えず、豊潤な成熟を携え、いま何度目かのキャリアの絶頂期を迎えている。
そんな彼らがついにタッグを組み、最高の「音楽映画」がパッケージングされた。ちなみにリーは、1977年のニューヨークを舞台とした映画『サマー・オブ・サム』(1999年)で、トーキング・ヘッズの「Psycho Killer」を使用している。
パフォーマンスは最高に楽しい。ここでのバーンは、まるでスタンダップコメディアン。曲と曲をベテラン芸人のように味のあるMCでつなぎ、政治・社会・時代への風刺を展開していく。『ストップ・メイキング・センス』でのタイトでスポーティな推進とは異なり、パントマイムのようなダンスを披露する愉快な寸劇の連鎖。全員ワイヤレスの楽器を持ったバンドメンバーとのアンサンブルはとても流麗。それでいて酷使する肉体のエネルギーは相変わらず、いや昔以上だ。
できれば『アメリカン・ユートピア』と併せてチェックしていただきたいのが、演劇の舞台公演にカメラを向けたスパイク・リーの2本の中編だ。
それがNetflix配信の『ロドニー・キング』(2017年)と、Amazon Prime Video配信の『パス・オーバー』(2018年)。どちらも白人警官による(という設定の)銃声が劇中で鳴り響き、人種の分断、共生の難しさを、ストリートの現場から舞台に転写するように伝える。特に1992年のロサンゼルス暴動のきっかけになった事件を題材とし、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)でスマイリー役を演じたロジャー・グーンヴァー・スミスが白熱の一人芝居を繰り広げる『ロドニー・キング』は、BLM運動のスローガンとしても知られる“ I can’t breathe”(息ができない)の台詞に至るクライマックスが圧巻。それは『アメリカン・ユートピア』の後半、権力や暴動に圧殺されたアフリカ系アメリカ人たちの名前を読み上げるジャネール・モネイの「Hell You Talmbout」(2013年のアルバム「ジ・エレクトリック・レイディ」収録曲)のカヴァーパートと強烈に響き合っているように思える。
デイヴィッド・バーンとスパイク・リー。この両者が団結に向かった最大の背景には、皮肉なことにドナルド・トランプ政権下の混乱があることはいうまでもないだろう。時代への、アメリカへの、世界への「待ったなし」の危機意識が、彼らの手をしっかり繋げさせた。
「このバンドは多国籍で、僕も帰化した人間です。移民なしではどうにもならない」と、スコティッシュであるバーン(現在はイギリスとアメリカの二重国籍)は「Everybody’s Coming to My House」の前に語り出す。彼はトーキング・ヘッズの1980年の画期的名盤『リメイン・イン・ライト』辺りから「多国籍化」編成を積極的に推し進めてきた。そんなバーンに紹介される誇り高き11人のメンバー。この困難な時代に対し、シニカルな態度ではなく、大いなる肯定性を目指すのが『アメリカン・ユートピア』の主題の核心といえる。
フィナーレではトーキング・ヘッズの名曲「Road to Nowhere」(1985年のアルバム『リトル・クリーチャーズ』収録曲)が演奏され、バンドが客席の中を行進していく。僕らはどこにあるのでもない楽園に向っている途中なんだ――。ステージを終えて(メンバーたちのスーツに滲んだ汗に感動!)、ノースフェイスの白いダウンジャケットを着込んだデイヴィッド・バーンは、自転車に乗ってニューヨークの街を清々しい笑顔で走っていく。
本作はローリング・ストーン誌で2020年度ベスト映画の第3位に選出されたが、新型コロナウイルス禍の影響で、アメリカ本国では配信公開の運びとなった。しかし『アメリカン・ユートピア』の真価は全身で「体感」してこそだ。日本での劇場公開を心底喜びたい。このチャンスを逃さないで!
『アメリカン・ユートピア』
監督/スパイク・リー
出演ミュージシャン/デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
5月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito