すべての報われなかった努力へ花束を。映画『BLUE/ブルー』 | Numero TOKYO
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すべての報われなかった努力へ花束を。映画『BLUE/ブルー』

リアリティあふれる描写で人間の光と影を描く映画監督、吉田圭輔が「流した汗や涙、すべての報われなかった努力に花束を渡したい気持ちで作った」と語る『BLUE/ブルー』。松山ケンイチが、ボクシングを誰よりも愛しながらも負け続ける主人公、瓜田を演じる。

ボクシング人生30年の鬼才監督・吉田恵輔が描く、 すべての「挑戦者たち」に捧げる美しきエールの物語

これはボクシング映画の画期だ。『ロッキー』(1976年/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)や『レイジング・ブル』(1980年/監督:マーティン・スコセッシ)をはじめ、日本でも『どついたるねん』(1989年/監督:阪本順治)、最近なら『百円の恋』(2014年/監督:武正晴)や『アンダードッグ』(2020年/監督:武正晴)など、数々の名作を生み出してきた人気ジャンル――。その中でも本作『BLUE/ブルー』が“特別”なのは、長年実際にボクサーとして活動してきた男が監督を務めていることだ。 その監督とは吉田恵輔。『さんかく』(2010年)や『ヒメアノ~ル』(2016年)、『愛しのアイリーン』(2018年)など多彩な傑作を放つ俊英だが、彼が「自分の根っ子」だと語るのがボクシング。なんと中学生時代から30年アマチュアボクサーとしてリングに上がり、ジム通いを続けてきた。そして長い構想期間を経て、自分がボクシングをやってきたなかで出会った人たちをモデルにオリジナル脚本を書き上げた。吉田は今回、ボクシングの殺陣指導(つまりアクション演出)まで自ら務めている。

そんな吉田が物語の中心に据えたのは意外な主人公像だ。万年4回戦ボクサー(プロボクサーとしてはいちばん下位のC級ライセンスの選手を指す)で、なかなか試合に勝てないまま年齢を重ねてしまった瓜田(松山ケンイチ)。彼は穏やかな性格で、後輩たちの面倒見が良く、客観的な分析もできて教えるのも巧い。いわばジムの頼れる長兄的存在だが、しかしリングの上では負けっぱなし。心の内に屈託を抱えながら、それでもいたずらにハングリーな闘志を燃やす素振りもなく、ただ飄々としている。

主演の松山ケンイチは脚本に惚れ込み、約2年もの間、ボクシングジムに通って地道な役作りに励んだ。そして瓜田とは対照的にプロとしてのキャリアを駆け上がっていく後輩・小川役には、東出昌大。さらに「モテたい」という不純な動機で始めたボクシングで思わぬ才能を発揮していく新人・楢崎役を、柄本時生が演じる(彼は唯一、この映画のオファー以前にボクシング経験があったらしい)。

この松山・東出・柄本の3人は、将棋の世界を描いた『聖の青春』(2016年/監督:森義隆)で以前共演しており、それぞれ実在の有名棋士をモデルにした役に扮した。才能や実力をシビアに試される場の物語という点で、『BLUE/ブルー』と『聖の青春』は深く通じ合っている。また吉田監督は、若き日の著名マンガ家たちの奮闘の日々を描いた『トキワ荘の青春』(1996年/監督:市川準)のボクサー版をイメージしていた時期もあったという。吉田のフィルモグラフィの中では、脚本家志望の生徒たちが集まるシナリオスクールを舞台にした『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)に構造が近い。

夢や自己実現という美しいテーマの裏にある、才能の残酷。なぜか想定以上に伸びる者、意外なポイントでつまずき脱落していく者。ボクシングという題材を扱いながら、それを完全に超えた普遍性とヒューマニティがこの映画には詰まっている。

挑戦者を象徴する「ブルーコーナー」で戦い続ける者たち。そんな彼らを木村文乃が扮するヒロイン千佳など、心優しき仲間たちがセコンドで見守る。吉田監督は「流した涙や汗、すべての報われなかった努力に花束を渡したい気持ちで作った」と語る。ボクシング人生30年をかけた人間賛歌の傑作誕生だ。

『BLUE/ブルー』

監督:吉田恵輔 
出演:松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大
4月9日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開
phantom-film.com/blue

配給:ファントム・フィルム

©2021『BLUE/ブルー』製作委員会

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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