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アカデミー賞でも受賞なるか。映画祭を席巻中の話題作『ミナリ』

2021年4月25日(現地時間)に開催が予定されている第93回アカデミー賞に向けた賞レースにおいて、目玉の一つとなっている話題作が『ミナリ』である。米国に移住した韓国系一家の絆と試練を描くもので、2020年サンダンス映画祭での審査員&観客賞Wグランプリ受賞を皮切りに、数々の米国映画祭を席巻。本年2月28日に発表された第78回ゴールデン・グローブ賞では外国語映画賞に輝いた(アメリカ映画にもかかわらず「作品賞」対象から外れたのは台詞の半分以上が韓国語のためで、この決定は賛否を呼んだ)。

A24×PLAN B製作、今期賞レースの注目作。
広大な大地に希望を託す韓国系一家のヒューマンドラマ。
1980年代、移民という開拓者の夢――アメリカンドリームをめぐる物語

製作は圧倒的なブランド力を持つ人気スタジオのA24と、ブラッド・ピット率いるPLAN Bの共同。今の米国インディペンデント系を代表する二社のタッグは『ムーンライト』や『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019年/監督:ジョー・タルボット)などに続くものだ。

時代設定は1980年代(劇中、ロナルド・レーガン大統領についての言及がある)。映画の冒頭、米南部アーカンソー州の高原に韓国系移民の一家四人が引っ越してくる。だだっ広い緑の野原で待っていた新しい自宅は「車輪つきの家」――トレーラーハウスだ。

この新天地で自身の「エデンの園」(旧約聖書『創世記』に登場する理想郷)となる農園を作る夢に燃えているジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、「アメリカでいちばん肥えた土だ」と興奮しているのに対し、突然田舎に連れてこられた妻のモニカ(ハン・イェリ)は戸惑いと失望を隠せない。「あきれた。なんて身勝手なの!」。

夫婦にはふたりの小さな子どもがいる。両親と同様に韓国語と英語のバイリンガルであるしっかり者の長女アン(ネイル・ケイト・チョー)と、米国生まれのため韓国を知らない弟デヴィッド(アラン・キム)だ。

幼いデヴィッドは心臓に疾患を抱えており、走ることなど激しい運動を禁じられている。両親が勤め出した孵卵場のえんとつから出る煙を目にして、オスのひよこが廃棄されていると知ったデヴィッドに、父親のジェイコブはこう言う。
「オスは卵も産めないし、役立たずなんだ。……俺たちは役に立たないとダメだ」

だが誰も買わない荒れ地を購入し、無謀としか思えぬ夢を追いかけ始めた夫の行動にモニカの不安は増すばかりで、夫婦喧嘩が絶えない。せめてもの仲直りの手段として、子どもたちの世話をしてもらうという名目で、モニカは韓国から自分の母親スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せることにする。

しかしこの祖母が、なかなかの不良おばあちゃん。料理はできない。英語も単純な単語をいくつか知っているだけ。粗野で毒舌で、孫には花札を教える始末。その破天荒な姿に「おばあちゃんらしくない」とデヴィッドもなつかない。果たしてこの一家の波乱の運命はどうなるのか──!?

これは“アメリカンドリーム”にまつわる物語といえる。「毎年3万人の韓国人がアメリカに移住しているそうだ」とジェイコブの台詞にもあるように、彼とモニカが勤める孵卵場でも韓国系移民が働いている。農業で成功することを夢見るジェイコブには、カリフォルニアやシアトルなどの大都市で過酷な低賃金労働に甘んじた痛みが深く刻まれており、多くのアメリカ人を信用していない。そこで土地を買って韓国野菜を栽培し、同じ移民たちの需要に応える独自のビジネスの開拓に賭けている。

孤軍奮闘状態のジェイコブを手伝うことになるのは、ポール(ウィル・パットン)という年長の白人男性。敬虔なキリスト教の信者で、過度な信仰から村人からは変わり者扱いされている。彼を相棒に、荒れた土地を耕し、悪戦苦闘しながらも少しずつ成果を出していくジェイコブ。ちなみにポールは朝鮮戦争への出兵経験があり、また一家のおばあちゃんは夫を戦争で亡くしている。

監督は1978年生まれの気鋭リー・アイザック・ジョン。コロラド州出身の韓国系移民である彼は、自分の幼少期をデヴィッド役に託して、両親をモデルにした半自伝的なオリジナル脚本を書き上げた。思えば1983年生まれの中国系アメリカ人である『フェアウェル』(2019年/A24配給作)のルル・ワン監督も、故郷の北京から幼少期に家族で米国に移住している。1980年代(前後)は多くのアジア系移民が、経済的な成功と幸福を求めてアメリカを目指しはじめた時代なのだ。

タイトルの『ミナリ』とは、韓国語で香味野菜のセリ(芹)のこと。おばあちゃんはセリが大好きで、自宅のトレーラーハウスからほどなく歩いた水辺にセリを勝手に植えて育て始める。

「セリは最高の食べ物だよ。雑草みたいにどこでも育つから。お金持ちも貧しい人もこれを食べて元気になれる。セリは本当にワンダフルなんだよ!」

まさしくセリのような「どこでも育つ」たくましさこそ、アメリカンドリームに向けた開拓者――移民たちの根幹となる精神だろう。身体の健康にコンプレックスを抱えるデヴィッドは「ストロングボーイ!(強い子だね)」という言葉をおばあちゃんにもらってから、グッと勇気を得て、祖母と孫の関係が変わり出す。

役者陣では何と言っても、トラブルメーカーながら憎めない、チャーミングなおばあちゃん役のユン・ヨジョンが圧巻だが、『バーニング 劇場版』(2018年/監督:イ・チャンドン)やTVシリーズ『ウォーキング・デッド』(2010年~2016年)で知られるジェイコブ役のスティーヴン・ユァンや、もともと伝統舞踊ダンサーであるモニカ役のハン・イェリなど、すべてのメインキャストが素晴らしい。崩れゆく男性優位を体現したすれ違いの夫婦像は、1980年代のお話だが非常に現代的でもある。

フラナリー・オコナーの小説、小津安二郎やスティーヴン・スピルバーグの映画などに影響されたと語るリー・アイザック・ジョン監督は、本作の達成で第一線の注目株へと躍り出た。現在は『君の名は。』(2016年/監督:新海誠)の実写版ハリウッドリメイク『Your name』が控えている!

『ミナリ』

脚本・監督/リー・アイザック・チョン
出演/スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ネイル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン
3月19日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国公開
gaga.ne.jp/minari/

©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
配給:ギャガ

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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