シスターフッドムービーの新境地『あのこは貴族』 | Numero TOKYO
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シスターフッドムービーの新境地『あのこは貴族』

出演に門脇麦、水原希子、監督に岨手由貴子、原作に山内マリコという期待大の旬なメンバーがそろった映画『あのこは貴族』。同じ都会で異なる環境を生きる2人の女性が恋愛や結婚だけではない人生を切り拓く姿を描く。20代後半から30代にかけて息苦しさを抱える女性たちが軽やかに変化していく、最後の青春譚。

同じ空の下、異なる「階層」を生きる者たちのシスターフッドを描く──。
原作:山内マリコ。門脇麦×水原希子による新時代のマスターピース誕生!

まずは断言したい。必見の傑作! だと。山内マリコが2016年に発表した小説『あのこは貴族』(集英社)を、これが長編2作目(PFF2008準グランプリを受賞した自主映画『マイム マイム』を加えると3作目)となる気鋭監督・岨手(そで)由貴子が映画化した。

本作は極めて優れた「日本論」である。主人公は、生まれも育ちも東京の箱入り娘・華子と、地方から上京して都会をサヴァイヴしてきた美紀。同じ東京の下で暮らしながら、まったく異なる環境を生きる同世代の二人の女性。彼女たちの葛藤や苦悩、心の機微を繊細に見つめながら、それそれが大胆に自分の人生を切り拓く様を鮮やかに描く。

山内マリコの小説は『アズミ・ハルコは行方不明』『ここは退屈迎えに来て』に続く3作目の映画化となるが、これは初めて東京を舞台にした作品になる。地方都市との対比に補助線を引きつつ、女性たちの自立物語を織り成す青春群像の中、日本独特の“可視化されにくい階層社会”を浮かび上がらせる。それはわれわれの日常生活の中に潜む、さまざまな権力構造のレイヤーを見据える政治的な視座ともいえるものだ。

物語は2016年の元旦から始まる。東京の開業医である榛原家に生まれた三女・華子(門脇麦)。彼女は結婚を考えていた恋人に振られたばかりで、27歳にして初めて人生の岐路に立たされる。「焦ることないよ」と彼女を励ますのは、ドイツを拠点にヴァイオリニストとして活動する親友の逸子(石橋静河)。大学の初等部から一緒の友だちグループは皆結婚しており、独身なのは華子と逸子の二人だけ。

結婚を焦った華子は彼女なりの婚活を始める。悪戦苦闘の末に出会ったのは、まるで絵に描いたような「理想の結婚相手」――弁護士の青木幸一郎(高良健吾)だ。「港区出身で下から慶應で、東大の大学院行って今弁護士」というまばゆい経歴に、どこまでもスマートな立ち振る舞い。華子は一瞬で彼に心を奪われる。だが順風満帆に思えた日々のある夜、寝室で幸一郎のスマホが振動した時、華子はその光る画面に知らない女性の名前を目にする。それは「時岡美紀」という、幸一郎の大学時代の同級生であり、つかず離れずの関係を秘かに続けている相手だった──。

東京で働きながらも先の見えない人生に行き詰まっている32歳の美紀(水原希子)は、2017年の元旦に地元の富山に帰省する。小さな駅の改札には、ずっと地元で暮らしている弟がド派手な車で迎えに来ていた。寂れたシャッター街や畑に囲まれた道を通り、両親の待つ実家へと車は走る。
まもなく高校の同窓会で、同じ大学に進学した旧友の平田里英(山下リオ)と再会。あっという間に打ち解けた二人は、新たな人生の展開を予感する──。

キャスティングはかなり意表を突いたものだ。生粋のお嬢さま(=「貴族」)の華子役には、門脇麦。田舎町から出てきた上京組の美紀役には、水原希子。いわゆるパブリックイメージとは異なるキャラクターを当てたのが慧眼で、門脇も水原もそれぞれの役柄を生きる中で、華子や美紀が持つ葛藤との本質的なシンクロが起こっていくようだ。

そもそもは生息地域が異なる二人──パラレルな世界に生きている華子と美紀が、不意に軌道を離れて惑星衝突のようにクロスする。奇しくも二人をつなぐことになる弁護士・幸一郎役の高良健吾ほか、石橋静河、山下リオと、素晴らしい役者陣が「大人への過渡期」を演じ、次のステージに向けて軽やかに変化していく姿を瑞々しく紡いでいく。

本作には2003年からの回想パートがある。美紀が大学に入学すると、そこには「内部生」と呼ばれる特権的な“階層”が存在することを知る。「高校から上がってきた人たち。幼稚舎からの人がいちばんエリートで、政治家とか本物の子どもがおるがよ」と方言丸出しで説明しはじめる里英は、地方の高校から受験で入ってきた自分たちは「外部生」だと付け加える。

まさしく日本の階層社会の縮図である、こういった「内部生」「外部生」という“大学のスクールカースト”は貫井徳郎原作の『愚行録』(2017年/監督:石川慶)でも扱われたが、本作『あのこは貴族』では「内部」と「外部」がもっと広義のメタファーへと拡張していく。たとえどんな境遇でも、誰しもが自分のいる世界(内部)のコードにいつしか囚われがちなもの。その窮屈な牢獄の正体を解き明かし、知らず知らずのうちに息苦しさを感じる場所=生き方からの解放こそが目指すべき主題となる。

監督の岨手由貴子は、マンネリに陥ったカップルが妊娠をきっかけに互いの背景や関係を見つめ直す長編作品『グッド・ストライプス』(2015年)で、新藤兼人金賞を受賞。さらに『アンダーウェア・アフェア』(2010年)や『共犯者たち』(2013年)といった短編でも、「結婚」や「自立」といった主題をめぐり、分断ではなく新しい「共生」の可能性を模索してきた。

『あのこは貴族』の達成もその延長にある。特に今回は登場人物たちが実に瑞々しい生命感を獲得しており、例えば美紀と里英が自転車で「ニケツ」して夜の東京の街を走るシーン。華子が美紀の自宅マンションを訪ね、ともに安いアイスを食べながら本音を語り合うシーン。まるで「独立独歩」の世界に踏み出すように、華子が傘を差しながら雨の深夜の東京を(どこか勇ましく)一人で歩くシーン──。こういった映画オリジナルの脚色部分に、とりわけ感動的な映画空間が現出している。

もちろん本作の達成には、時代の成熟も大いに関係しているに違いない。来たるべき多様性のヴィジョンを背景に、棲み分けられた既成の階層を交差させながら「新しい世界」の在り方を探る作品組成は、「日本論」に根差しながらも世界的な共振が見られる。例えば米国だと、グレタ・ガーウィグ監督(1983年生まれ)の諸作――脚本・主演を務めた『フランシス・ハ』(2012年)に加え、監督作『レディ・バード』(2017年)や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)など。韓国ではキム・ボラ監督(1981年生まれ)の『はちどり』(2018年)など。また2019年に映画化されたチョ・ナムジュの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国で刊行されたのも、山内マリコの原作と同じ2016年であり、岨手監督が同様の時代背景を劇中のテロップで明示しているのも興味深い。

純度の高いシスターフッド(女性同士の連帯)の時間を描く点では、真にアップデートされたミレニアル世代の『東京ガールズブラボー』(岡崎京子)という印象もある。同時に、この映画で提示される各々「自分」の道を生きることの爽やかな歓びは、当然性差や社会的立場などを問わず、すべての「個」へと開かれている。先頃、オランダの第50回ロッテルダム国際映画祭ビッグスクリーンコンペティション部門にも出品された。2021年の日本映画、早くも大きな収穫だ。

『あのこは貴族』

監督・脚本/岨手由貴子
出演/門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、銀粉蝶
原作/山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)
2021年2月26日(金)より全国公開
anokohakizoku-movie.com

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
配給/東京テアトル/バンダイナムコアーツ

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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